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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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【番外編】臆病で無垢な愛(後編)

ルーク・ファンレイは、気絶したエシャリ・ルシーラを抱え上げて救護室へと運んでくれた。付き添ったアリシャーヌとアニーシャは、暫くベットに横たわるエシャリのそばに付いていた。しかし、エシャリが目を覚ます気配はない。午後の授業を知らせる鈴の音が廊下に響いてくると、困り顔で微笑んだ養護教諭が、「予鈴が響いているわ。授業を受けてきなさい」と、救護室からふたりを退室させた。


「私の所為だわ」


「いいえ、カイン・ロックスの所為よ。彼は、天罰を受ける必要があるわ」


いつもは、穏やかで優しいアニーシャが、無感情な表情で告げた。彼女は、怒っているのだ。


「私、お父様に相談するつもりよ。足蹴にされそうになったんだから、黙っているつもりはないわ」


「‥‥」


ごめんなさい。は、違うと思ったが、目を合わせることができない。俯いたアリシャーヌは、自分には何ができるだろうかと、考えては浮かばない答えに苦しめられていた。


午後の授業を終えてもエシャリが、教室に戻ってくることはなかった。彼女の鞄を持って救護室へ迎えに行くと、ドアを開き出迎えた養護教諭が眉を下げた。


「エシャリ・ルシーラは、早退したわ。医者に診せる必要があると学園が判断して、お屋敷まで送り届けたの」


「そうですか」


(お医者様っ?)


「彼女は目を覚ましたのですか?」


「ええ‥でも、ふらつくと言っていたから安静にする必要があったのよ。彼女の鞄は私が預かるわ」


打ち所が悪かったのだろう。鞄を受け取ろうと手を伸ばしてきた養護教諭にアリシャーヌは、首を振るう。


「私が届けます」


「お屋敷に向かっても彼女とは会えないかもしれないわよ?」


「それでも‥。彼女は、私の為に動いて怪我をしたのですから」


「そう。あまり責任を感じ過ぎないでね?」


優しく微笑み背を向けた養護教諭に頭を下げてからアニーシャと並んで歩き出す。


「アリシャーヌさん、カイン・ロックスの被害に遭っている人は、他にもいるんじゃないかしら?」


「え?」


「彼には、ガラの悪いお友達が多いわ。きっと、他にも困っている人はいる筈よ」


例え、陰で泣いている人がいてもアリシャーヌは、自分のことで手がいっぱいだ。とても手助けできる余裕はない。当惑顔を浮かべるアリシャーヌに真剣な表情を向けたアニーシャが、声を抑えて告げる。


「被害者を探して仲間になってもらうのよ」


「‥‥」


考えもしなかったことだ。帰宅する途中、ルシーラ子爵の屋敷に立ち寄って鞄を届けたアリシャーヌは、エシャリと会うことはできなかった。予想していたことだから仕方ない。


帰宅したアリシャーヌは、自室へと直行した。侍女に着替えを手伝ってもらい、机に向かったアリシャーヌは、予習を行う。その途中で、手紙を書いた。宛先は、カーソン子爵の別邸である。


(私は修道女になる。それは、覚悟の上よ。でも、彼女には、幸せになってもらいたいわ)


涙ぐんでしまう。アリシャーヌは、ハンカチで涙を拭うが、便箋に一雫落ちて文字を滲ませた。


(こういうのって想い人に関心を向けさせる手口だと思っていたけど‥覚悟の印でもあるのね)


その日のうちに侍女に言い付けて手紙をカーソン家に届けさせたアリシャーヌは、書斎へ向かい修道院について調べ始めた。


(私は、一生結婚はしないわ。したくってもできないでしょうからね)


それなら、できるだけ環境の良い場所で暮らしたい。自分が生活する場所は、自分で選ぶつもりだ。




翌日は快晴だった。侍女の手を借りて着替えを済ませたアリシャーヌは、化粧台の前で自分と向き合う。鏡に映った自分は、余所行きの薄化粧をした大人しげな令嬢に見える。その頬を両手で数回叩いた。


「今日だけは、ごめんなさいを言わないわ。今日を頑張らないともっと無理な展開が待っているのよっ」


「お嬢様、お客様がお見えになられました」


部屋まで呼びに来た侍女に外方そっぽを向くように視線を移したアリシャーヌの目に映るのは、ベットが寄せられた窓の外に見えている庭園だった。


休日にオーガレット家の邸宅にやってきたのは、ロックス夫妻に息子のカイン。そして、幼馴染のエドモンド・カーソン。その姉のエレノアとカーソン夫妻である。


(‥エレノアも来たのね)


到着早々カインは、婚約者のアリシャーヌを無視してエレノアにちょっかいを出し始めた。でもそれは、彼女だけに限ったことではない。


「エレノア、久しぶりだな」


「‥‥」


(そうかしら?この前もカーソン家で会っていたと思うけど‥)


白々しい言葉に目を伏せたエレノアは、返す言葉に悩んでいるようだった。柔らかな金の髪とルビーのような瞳を持つ彼女は、確かに美しい。けれど、ライラック学園を卒業している彼女には、結婚を控えた婚約者がいる。言い寄られても困るだけだろう。


(カインに言い寄られて嬉しい令嬢がいるのかしら?)


はなはだ疑問である。ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべたカインを黙って見ていたエドモンドは、こちらに視線を向けてきた。こちらが、見ていることに気が付いたのだろう。優しく上品な微笑みを向けてくれるからアリシャーヌの胸は、ドキッと高鳴る。


「こんにちは。アリシャーヌ」


「こんにちは、エドモンド」


昔のように沢山話がしたくても許さない。見守るような両親たちが、監視しているからだ。


(どうしてカインは、よくって私は駄目なんだろう?)


ステファニアに根付く男尊女卑。そもそも何故女性は、決まり事が多いのだろう。慎ましく淑やかに従順であれ。この鎧のような思想を脱ぎ捨てて思うままに振る舞えたなら、どんなに良いか。


「アリシャーヌ、少し話せるかしら?」


「‥‥ええ、庭園に行きましょう?」


エレノアの言葉に頷いたアリシャーヌが、庭園へと向かって歩いて行く。恐らく、彼女の要件は、昨日届けられた手紙のことだろう。


無遠慮にもカインが付いて来ようとするので、アリシャーヌは、背筋を正して顔を顰めた。


「カインは付いて来ないでっ!」


アリシャーヌのはっきりした拒絶は、初めてで皆が驚いたのが伝わってくる。実のところ、アリシャーヌの足は震えていた。今朝、何度も何度も自分を鼓舞してこの場にいるのだ。簡単に引き下げるつもりはない。


(ここで頑張らないと今以上に無理な事態が待っているんだわ)


一度、足を止めたカインがおちゃらけるように肩を竦めるとまた、歩き出した。どうしても無視するつもりのようだ。


「エレノア、悪いけど‥」


そう言ってエレノアを残し踵を返したアリシャーヌが向かって行った先は、ロックス夫妻のもとである。ドレスを掴んで頭を下げたアリシャーヌにロックス夫妻は、目を細める。その目は、冷めたものだった。


「貴女はカインの妻になるのだから、もう少し従順でないと‥」


「謝罪はいい。今のは聞かなかったことにしてやろう」


威圧に呑まれてしまいそうになる。アリシャーヌの両親も素っ気ない表情を向けているだけだ。誰もが、大人しいアリシャーヌの謝罪を信じている。しかし、今日だけは自身に誓ってごめんなさいを封印しているのだ。


「いいえ、例えお耳汚しになっても聞いていただきたいことです。私は、修道女になります。カイン・ロックスとは結婚いたしません」


「何を言っているのっ?」


「アリシャーヌっ」


驚いた両親には悪いが、事前に相談しても無意味だっただろう。女性のアリシャーヌが選べる道は少ない。だから、強い覚悟が必要だ。震える体を心で叱りながら、背筋を正す。


「ほほほ‥冗談が上手ね。でも、あまり面白くはないみたいよ?」


「ロックス夫人。私は本気です」


嫌味ったらしく笑った夫人の目を真っ直ぐに見てアリシャーヌは、口を開いた。


「貴女の息子さんは、私の親友に怪我を負わせました。その際に謝罪もしませんでした。次は我が身だと実感しています。そんな教養のない方と結婚はできません」


「口を慎みなさいっ!」


扇子を開いて怒鳴り出したロックス夫人に思わず目を閉じてしまう。気弱な自分が嫌になる。


「それは本当ですか?」


「彼は、女性に手を出したんですか?」


カーソン夫人が、顔を顰めて真偽を尋ねてくるが、上手く言葉が出てこない。これに強気に口角を上げたロックス夫人が「軽い怪我ですわ」と、軽く遇らおうとする。


「これを見ても軽い怪我だと言えますか?」


誰の声だか直ぐに分かる。しかし、この場合に居るはずのない人の声に驚いて振り向くとエシャリ・ルシーラが、ルシーラ夫妻と共にこちらへ向かって歩いてくるところだった。頭には、包帯を巻いていて痛々しい姿をしているし、松葉杖を片方突いていた。


それを見て開いた扇子で顰めた顔を隠したロックス夫人が、黙り込む。


「お前はっ!おいっ謝罪しろっ」


「謝罪するのは貴方の方でしてよ?診断書もあります。後ほど弁護士を通してこちらの要求を伝えるつもりです」


毅然とした態度のエシャリは、怒鳴り付けるカインに怯える素振りを見せなかった。


(あんなに怖い思いをしたのに‥)


「あー嫌だわ。どうせお金でしょう?」


ロックス夫人の言葉にエシャリたちが、不機嫌な表情をして睨み付ける。反感を買っても所詮は、子爵家と見下しているのだ。穏便に済まれされると彼女は、高を括っているのだろう。


「お金で解決したいのはロックス家の方ですわ」


此処で口を開いたのは、無関係そうなエレノアだった。そして、彼女が振り向いて見詰める先には、ルシーラ家の馬車から降りてきたひとりの少女がいた。何処か暗い表情で俯く彼女は、質素な装いをしている。


カインが眉を顰めて睨み付けるが、静かに歩み寄った彼女は、ルシーラ夫妻に守られるようにして足を止めて顔を上げた。


「姉のお腹の中には、伯爵家の嗣子ししカイン・ロックスの子供がいます」


唖然とする事態だ。


「え?どういうこと?」


アリシャーヌが、名前も知らぬ少女からカインに視線を移すと、彼は間抜けにも口を半開きにして呆気に取られた表情をしていた。


「それは本当ですかっ?」


声を荒げたのはアリシャーヌの父である。小柄でふくよかな父は、見た目に反して厳格な人だ。結婚する前から愛人がいる。しかも、子供まで‥。そんな男に娘を嫁がせる程に馬鹿ではない。


「彼女の子供が何れ、ロックス伯爵となるかもしれませんね」


冷静なエレノアは、全てを知っていたのだろう。アリシャーヌの母がその場に崩れる。失意を味わっているのだろう。


「いい加減なことを言わないでっ!」


見っともなく騒ぎ出したのはロックス夫人である。


「平民の子供が伯爵?笑わせるな」


ふっと挑発的に笑んだロックス伯爵は、少女の言葉を取り合うつもりがないと分かる。


「ロックス伯爵、彼女は平民ではありませんわ。準男爵の娘です。れっきとした貴族なのです」


他国では準男爵は貴族ではない。しかし、ステファニアでは異なる。ステファニアでは準男爵は肩書だけの貴族と呼ばれている最下位の男爵なのだ。姓は与えられるが他の特権はない。平民と同等の立場の貴族たちである。エシャリの言葉にロックス夫妻が、絶望的な表情で準男爵令嬢を見詰める。


「こんなに粗末な子が‥」


「うちにはお金がありません。姉は、必ずロックス様の子供を産むと言い張り、教会で保護されています」


「お、俺は‥知らない。本当に知らないっ」


「教会で保護されているなら、生まれるまで安心ですね。誰も手出しできませんから」


「お前っ!」


蔑むように笑い少し皮肉めいた言葉を発したのは、エドモンドだった。そんなエドモンドの胸ぐらを怒りに任せて掴んだカインを彼は尚をも嘲笑う。


(エドモンドは、カインを憎んでいたんだわ)


少し、ゾッとする展開である。幼馴染のふたりは上手く折り合いをつけていると思っていたが違ったようだ。切迫した様子のカインが、拳を握ったと同時に横から殴り付けたのは、ロックス伯爵だった。


倒れたカインが、父のロックス伯爵を睨み付ける。


「やはりお前は駄目だな。後継者の器ではない。兄のカイリを呼び戻して教育を受けさせる。お前は、出て行け」


「そんなっカイリは私生児ではないですかっ?」


「お前よりはまともだ」


「あなたっカインを後継者にすると約束してくれたではないですかっ?だから、私はカイリを‥あの女を見逃していたのにっ」


「身から出た錆だろう?お前が、まともに育てていれば、後継者はカインだったさ」


「大丈夫っ?」


案じ顔のアリシャーヌが、駆け寄ったのは襟元を整えるエドモンドである。


「そもそも、アリシャーヌは、初めてからお前の身分など、どうでも良かったんだ。身分しか取り柄のないお前がどう出るか見ていたが‥結局、落ち着くところに落ち着いたな」


身分に捉われないアリシャーヌとの婚約は、ロックス伯爵の最後の情けだったのだろうか。ロックス夫人が、声を上げて泣き出す。


「いやあぁぁぁーーーーーっ!」


もし、アリシャーヌがカインと結婚していれば、ロックス夫人のようになっていたかもしれない。


息子と夫人から背を向けてしまったロックス伯爵が、そのままルシーラ夫妻へと歩み寄る。


「できれば穏便に済ませたい。どのような条件だろうか?聞かせてほしい」


「誠意ある謝罪とは申しませんわ。謝罪の言葉。それが一番難しい人種もいますから。カイン・ロックスの廃嫡で全てが終わりましたわ」


怯む様子のないエシャリの言葉にロックス伯爵が、渋い顔をしてからルシーラ夫妻に視線を向けた。


「教会に保護されているのは、エズラ準男爵の長女です。必ずカイン・ロックスに責任を取られせてください。娘の願いはそれだけです」


「分かった。母子共に保護しよう」


そのまま馬車に乗り込んだロックス伯爵を追い掛けるようにロックス夫人も乗車すると、馬車は息子のカインを残して走り出してしまう。


「俺は、知らないと言っているからなっ!」


恨み言を吐き捨てるように宣言したカインもオーガレット家の屋敷を徒歩で出て行った。


「なんてことでしょう‥」


「よくない噂はあったが‥」


「未婚の女性に子供を孕ませるなんて‥っ」


騒然とする親たちを尻目にエレノアとエシャリが、こちらに視線を向けてきた。その表情は、真剣そのものだ。


「エドモンド。正直になるなら今よ?覚悟を見せなさいっ」


いつもは大人しいエレノアが、とても厳しい口調で問い質す。これに向き合ったエドモンドが、アリシャーヌの肩を掴んで真っ直ぐに見詰めてくる。


「アリシャーヌ。僕にチャンスをくれないかな?僕は君だけを愛する。約束するよ」


「‥‥ええ」


「おめでとうっアリシャーヌさんっ」


「ふたりともおめでとう」


はしゃぐようなエシャリと穏やかなエレノアの祝福の声に親たちが、眉を下げて微笑んでいた。




「本当にカインは、女性に手を出していたのかしら?」


庭園の奥へ準男爵令嬢のメルを案内したアリシャーヌが、誰ともなく尋ねると、彼女は困り顔で首を傾げた。


「奔放なお姉様に彼女は、困っていたらしいの。カイン・ロックスがあの日、あの場所にいたのは事実よ。彼女のお姉様の証言もあるし‥。私たちに分かるのはそれだけだわ」


身分に拘りの強い姉を持ったメルは、色仕掛けで男性を翻弄し関係を持ちたがる様子に辟易していたらしい。身籠った姉は、カイン・ロックスの子供だと周囲に言い触らしていたそうだ。


「いい加減‥身を固めてくれれば。私はそれだけでいいです」


「カイン・ロックスの交友関係にも問題がありますわ。彼を擁護する人は誰もいないでしょう」


寂しい友人関係だと思う。エシャリとエレノアは、短い時間で懸命に調べてくれていたのだろう。自分は、とても恵まれているのだ。


「それを調べてくれたのは、アニーシャさんでしてよ?」


「アニーシャさんが?」


エシャリの意外な言葉に目を丸くしてしまう。


「ええ、アニーシャさんは、カイン・ロックスとアリシャーヌさんの婚約解消を穏便に進める方法はないかと、前々から婚約者に相談したみたいなのです」


「先日の学園で起こった事件も詳細に説明したらしいわ」


口を挟んだエレノアとアニーシャは、頻繁に開かれる若い令嬢たちの集まりで顔見知りになっていると予想がつく。アニーシャは、社交界で幅広い人脈作りをしているのだ。女性特有の陰湿な嫌がらせや根拠のない噂話。それらを華麗にかわして華々しい舞台で脚光を浴びる女性は一握りだ。その頂点を目指すアニーシャは、大切な人を支えるために苦難の道を歩いているのだ。


「それを聞いて怒った婚約者が、男性たちから話を聞き出してくれたらしいです」


大切な婚約者のアニーシャにも危害を加えられそうになったのだ。彼の怒りは当然のことだろう。


「身分しか取り柄のない方と、身分にしか興味のない方。正しく、相応しい巡り合わせですわね」


片目を閉じて微笑んだエシャリにアリシャーヌは、眉を下げるしかない。メルの姉は、現状に満足するだろうか。


(身分を失ったカインを受け入れて幸せな家庭を築く努力をする女性だとは、どうしても思えないのよね)


アリシャーヌは、溜息を飲み込んだ。


(カイリが心配ね)


ロックス伯爵家の離れに母親と暮らしていたカイリ・ロックスとは、幼い頃に一緒に過ごした時期がある。ロックス伯爵の愛人だったカイリの母親は、元男爵令嬢だったと聞いている。何かにつけて嫌がらせをするカインとロックス夫人から逃げるように屋敷を出て行ったのだ。


(気の毒な親子だったわ)


婚姻前に身籠った娘をふしだらと追い出し縁を切った実の親を頼れない。そんな彼女は、教会に身を寄せたらしい。恐らく、平民として暮らし女手一つで息子を育てたのだろう。


「何もできなくってごめん」


悲しげに目を伏せたエドモンドに眉を下げたのは、姉のエレノアだった。


「そうね。とても情けないわよ、エドモンド。これからは、しっかりしないと」


「うん」


「アリシャーヌ。誤解しないでね。エドモンドは、私の為に黙って堪えていたの。カインの悪ふざけから守るためだったのよ」


「エレノアさんには、婚約者がいらっしゃるのに愛人にしようとするなんて、何処までも厚かましい人ですわ」


「カインは、僕の気持ちに気が付いていたんだよ」


悲しげに眉を下げたエドモンドは、長い間、明白あからさまな嫌がらせに堪えていたのだろう。


「私もエドモンドを助けられなかったわ」


エドモンドも辛かった筈だ。守られるばかりが女性の役目ではない。支え合えなければ、幸せにはなれないのだ。


「これからは、ふたりで乗り越えて行けばいいのですわっ」


「エドモンドをよろしくね、アリシャーヌ」


「ふたりともありがとうございます」


みんなで微笑み合う。この日、両家公認でアリシャーヌ・オーガレットとエドモンド・カーソンの婚約は成された。アリシャーヌとエドモンドの恋は、これから愛となり深まっていくだろう。

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