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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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カルンディラの採掘場

「此処が、カルンディラの採掘場か」


両親の勧めでアルメリアとアスレットは、婚約旅行に行くことになった。その目的は、カルンディラの採掘場である。


領地境のルデラからカルンディラ領に入り、隣接するルデンの町で宿泊することにしたアルメリアとアスレットは、予約した宿に荷物を預けて馬車で採掘場へと向かった。ルデンの採掘場は、二ヶ所ある。


(アルフェルト・レガーが乗る戦車は、どっちの採掘場にあるのかしら?)


松明を持って進んでいく。ルデンの採掘場は、近々閉山される予定で、記念として観光に訪れる人々も少なくないと聞いていた。しかし、人の気配はない。


(入り口に誰か立っていても良さそうなのに)


観光客を持て成すサービス精神が欠けていると感じる。残念だ。


「アスレット、離れないでよね?」


「ああ、凄いな」


全く話を聞いていない。松明で岩肌を照らすアスレットは、しきりに感心しているようである。


「氷柱みたいに見えるな」


(私は刺さりそうで怖いけど)


天井から垂れ下がって伸びた鍾乳石に向ける感想は様々だろう。


「ねぇ、もしかして‥こっちって例の祭壇がある方の洞窟じゃないかしら?」


「かもな」


目的の採掘場より先に進んでしまったのかもしれない。現地の人に馬車で案内を頼んだからこそ行き違い気が付かなかったようだ。


「引き返しましょう?」


「もう少し進んでみようぜ?」


意見が分かれた。


「叱られるかもしれないわよ?」


「もう調査は、終わっているだろう?近々この祭壇も取り壊すんだからどっちの洞穴でも一緒だろう?」


(考え方が極端なんだから)


仕方なくアスレットの背中を追いかけて洞窟の中を進んでみる。


洞窟を抜けた場所は、行き止まりだった。周囲をごつごつした岩場が囲っている。洞窟の中に視線を戻し、壇上のような盛り上がった石の上に進んだアスレットが、辺りを捜索し始めた。


「何もなさそうだな」


不意に視界に映ったのは白い紙である。石造りの棺のような小さな箱が少し開いていて、そこから紙が風に靡いて踊っているのだ。


ゆっくり近付いたアルメリアは、目を見開く。


「これ、リシュリー王女の日記じゃないかしら?」


「え?」


「カルンディラでリシュリー王女の日記の一部が見つかったって本当だったのね」


「なんて書いてある?」


「あの、あなた達はどなたですか?」


砂を踏む音と共に背後から声を掛けられてアスレットと揃って振り返る。


「あ、貴女は?」


「私はクロエと言いませす。ルデンの町で暮らしています。あなた達は貴族ですか?この辺は、治安が悪いので、護衛の方と一緒に来ることをお勧めしますよ?」


質素な萌葱色のワンピースを纏う少女は、平民の女の子のようだった。薄い茶色の髪をふたつに編んだ彼女は、同質の瞳を丸くして不思議そうに小首を傾げている。


「ありがとう、クロエさん。洞窟の入り口に御者さんがいたと思うのだけど‥」


「え?誰もいませんでしたが?」


野花を抱えたクロエは、祭壇に花を捧げに来たようだった。


「アスレットっ!」


「やられた可能性があるなっ」


慌てて洞窟を走り抜けて来た道を引き返すが、入り口に馬車の姿はなかった。


「グルだったのかしら?」


「巻き込まれた可能性も否めないが‥」


「どうやって帰る?」


「あの‥道案内しましょうか?」


洞窟の入り口で途方に暮れるアルメリアとアスレットに声を掛けてくれたのはクロエだった。土地勘のある現地の人が一緒なら宿まで帰れそうだ。


「よくあることなのか?」


「そうですね」


「貴女は、どうして危ないと知りながら洞窟に通っているの?」


「此処からは、多くの人の亡骸が発見されたらしいです。私は、少しでも供養になればいいと思って‥」


(優しい人なのね)


クロエの説明では、近くに民家はないが、通り抜ける辻馬車があるようだった。手を振れば止まってくれるかもしれない。荒れた土の上を目印もなく進んで行くと、遠くに人影が見えた。それに気が付いたクロエが大きく手を振る。


「ジャックっ!迎えに来てくれたのねっ」


「クロエっ無事だったか。もう、祭壇に向かうのはやめてくれないか?」


恋人だと思われる男性に駆け寄ったクロエは、幸せそうだった。


(クロエさんの恋人は、ジャックと言うのね)


「はっ!ジャックっ」


「はあ?」


苛立たしげに視線を向けたジャックとは初対面だ。思わず口を手で覆う。突然、呼び捨てにされては不機嫌にもなる。


「あっごめんなさい。貴女がクロエさんだったのね?」


「え?」


「私は貴女を探していたの」


「私を?」


「どうてあんたみたいなお嬢様がクロエを探しているんだよ?」


棘のある言い方だが仕方ない。ジャックは、貴族が嫌いなのだろう。


「私たちは、ルデンの採掘場に向かうつもりで此処に連れて来られたの。クロエさん、貴女の持っている水晶玉を私の持っている宝石と取り換えてくれないかしら?」


「水晶玉?」


「えぇと」


まさか此処で話が通じないとは思わずにいたアルメリアは、言葉を探して考え込んだ。


「ガラス玉を採掘場で拾ったことがあるだろう?まだ、持っているんじゃないのか?」


代わりに交渉を引き受けてくれたアスレットのお陰でクロエは、アルメリアが求める物の正体に気が付いたようだった。


「ええ、持っているわ。でも、何故それを知っているの?」


「私は聖女なの。アルメリア・プリムスよ。貴女の水晶玉は、呪いの込められた危険なもの。どうしても嫌なら浄化させてくれないかしら?」


「本当に宝石と交換してくれるの?」


「嘘に決まってるだろうっ?偽物を掴ませられるだけだ」


「でも、どうせ拾ったものよ?」


「でも、水晶玉なんだろう?売れば幾らかになる筈だ」


「いいわ、取り換えましょう?」


「クロエっ」


「売るのは嫌なのっ結婚したら指輪を作るつもりで大切に取っておいたのよっ?」


硝子玉だと思い込んでいた水晶玉を大切に保管していた理由がいじらしい。彼女ならお気に入りの宝石を渡しても大切にしてくれるだろう。


「分かったわ。一緒に宿に戻りましょう?そこで宝石を確認していただけるかしら?気に入ったものがないなら、屋敷まで取りに来てもらっても構わないわ」


納得した様子で小さく頷いたクロエと一緒に宿へと戻ろうとした時、ジャックが自身の腰に手を伸ばし、ナイフを振り上げて襲ってきた。咄嗟に目を閉じたアルメリアを庇うように背中に隠したアスレットが、ジャックのナイフを容易く払いと落とし、ねじるように彼の肩と腕を掴んで押さえ付ける。


「何のつもりだっ?」


「くそっ」


「ジャックっ‥どうして?」


呆気に取られるクロエは、突如ジャックが襲い掛かってきた理由が分からないようだった。


「貴方、まさか。馬車を盗んだ窃盗犯の仲間なの?」


「近くの町で治安部隊に引き渡す。ついて来い」


(何故、笑っているの?)


アスレットの言葉を聞いてもジャックは、怯えることをせずに不適に笑んでいた。


「ジャックはどうなるの?」


戸惑うクロエに冷静な口調のアスレットが、考える結末を口にする。


「聖女を襲ったんだ。王都に連行されて処刑されるだろうな」


「なっ!ふざけるなっ」


「ふざけてない。真面目な話だ」


「治安部隊にジャックの仲間がいても王都に連行されるのは避けようがないの。多分、口封じのために始末されると思うわ」


ジャックが、組織に必要な人間だったとしても今回の騒動の巻き添えを食うより消す方を選ぶだろう。それは、表情が硬くなったジャックも理解しているようだった。


「手を上げろっジャックを離せっ!」


声の方を振り向けば、怪しげな布袋を被った男達が、ナイフを振り上げようとしていた。ジャックの腹を蹴り上げたアスレットが、駆け出す。


「馬鹿だなっまとだよっ」


ジャックが落としたナイフを掴んだアスレットは、飛んでくるナイフを容易く払い落とすと、布袋を被った男たちを撃退し始めた。


アルメリアは、立ち竦むクロエの肩を掴んで守るようにして見守るしかない。


「クロエ、逃げろ」


腹を抱えて蹲るジャックの言葉に戸惑っていたクロエが、目を閉じて首を振った。


「俺は死んでも構わない。でも、お前はっ」


「アルメリア様っ宝石なんて要りません。水晶玉は、お渡しします。今回だけは、見逃してくださいませんかっ?」


膝を揃えて跪いたクロエが、地面に髪がつくほどに頭を下げた。


「俺はどっちでもいいぜ?」


盗賊のひとりを片足で踏んでいるアスレットは、何でもない顔で判断を委ねてくる。アスレットに怪我はないようだ。退治された盗賊たちには、逃げ出す余裕もないようで皆が地面に倒れ込んでいる。


「ジャック、あの御者も仲間なのよね?」


「‥そうだ」


悔しそうに白状したジャックが、嘘をついているようには見えない。


「クロエさん、ジャックが改心しない場合は、彼と別れてください。それが貴女の為です」


クロエの手を握り懸命に諭すと彼女は、泣き出しそうな顔で頷いた。それを見届けていたジャックは、地面に顔を伏せて泣き出した。

片足を突っ込むどころでなく泥濘ぬかるみに嵌っている状態なら簡単に解放されるとは思えない。組織の内情にもある程度詳しいのなら、抜け出すことは死と隣り合わせだ。そんなジャックのそばにいれば女性のクロエが、どんな扱いを受けるか。考えるだけでも恐ろしい。きっと、優しいクロエなら周りの人間にも降り懸かるだろう危険は避けると信じるしかない。


「この町にいるのは危険だな」


「戦車のある採掘場に行きたかったんだけど」


「私がご案内します」


名乗り出てくれたクロエの案内で辻馬車に乗り、ルデンの採掘場へと向かったアルメリアとアスレットは、戦車が保管されている採掘場の最奥までやってきた。


採掘場では、多くの人が出入りをしていた。入り口に町の住人らしき男性たちの姿があり、入場料を支払う仕組みになっているようだった。小さな子供と手を繋いで見学する人たちの服装も多岐に渡る。この採掘場は、身分を超えて多くの関心を集めているようだ。


(遊園地のアトラクションみたい)


アスレットと並んで戦車を眺めていたアルメリアは、不意に紙が落ちていることに気が付いた。戦車の車輪に挟まれているような紙を誰も気に留める素振りがない。


アルメリアは、観光人の生垣からしゃがみ込んで手を伸ばし、紙を回収してみた。


ゴミだとしても紙は貴重だ。回収した紙を広げてみると、リシュリー王女の日記の一部であった。


(どうなってるの?)


まるで拾えと言うように行く先々でリシュリー王女の日記が落ちているのだ。


採掘場を出ると入り口には、数人の女性たちがたむろしていて、その中にクロエの姿もあった。彼女の手には、ハンカチに包まれた水晶玉が握られている。それを渡し終えると彼女は、深くお辞儀をした。その表情が険しい。恋人の代わりに謝罪する意図があったのだろう。付き添いで来ていた友人たちと町へ戻って行くクロエを見送ってからアルメリアとアスレットは、予定通り宿に戻る選択をした。


クロエから水晶玉を受け取ったアルメリアとアスレットは、安全の為にその日のうちに王都へと引き返す。ジャックが、改心したとしてもその仲間たちは、復讐のために宿を襲撃するかもしれない。そこに変更の余地はなかった。


プリムス家の馬車の中で、アルメリアとアスレットは、拾った日記の一部を読んでみることにした。


日記には、アズールを戦場で失ったあとのことが書かれていた。窮地をアルテルト達に助けられたリシュリーは、戦場から生還し女王として即位した。


「リシュリー王女は、帰国後精霊王ピッピと契約したのね」


リシュリーが、精霊王に願った三つの願い事は、以下の通りだ。即位後の蔓延した疫病えきびょうの鎮静化。王位継承者の選定への協力。


「なになに。最後の三つ目は‥レグザの聖女は、生涯にわたり国に汚れのない身を捧げる。その代わりにレグザの新たな聖女に平和が引き継がれていくように‥願ったですってっ?」


「ふーん。レグザの聖女は、生涯独身を貫くって誓いだな。なんだ。つまり、前世のお前は、誰とも結ばれない運命だったわけだな」


「なんだ」では済まない。


「いやあーっ呪いじゃないっ?」


自分の首を自分で絞めていたのだ。アルメリアの最後の願い事が決まった瞬間だった。


「おかしいと思っていたのよ。乙女は愛を嘆くって言葉の辺りから‥。王宮に向かうわよ?ピッピに願い事を変更してもらうわ」


「平和は受け継がれた方がいいだろう?」


「そうね。でも、誰かの犠牲の上に真の平和は訪れないものよ。天音くんやクレマチスとも相談して身を捧げなくってもいい方法を見つけてみせるわ」


最後の文章に目を通すと、孤独に負けずに国を纏め上げた彼女は、次の人生も彼と巡り会いたいとの願いで日記を締め括っていた。


「私、子供が生まれたらピジョップって名付けたいわ」


「子供っ?」


アスレットが目を丸くしてしまう。


「そうよ。鳩は、平和の象徴だから」


ドーブでも良さそうだ。白い鳩は、平和の象徴だから。


「女が生まれることは考えてないのか?」


「その時はピジョコにするわよ」


日本では、女の子に子を名前に付けるのは高貴な意味があると聞いたことがある。悪くはないだろう。


「‥‥。男で生まれることを願うばかりだな」


相変わらずのアスレットの憎まれ口にふふふと軽く笑ったアルメリアは、翌日呪われた水晶玉を持って王宮へと向かったのである。

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