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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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誓いの口付け

レグザ行きの船の前に立つフローラは、アイラ・シャーロットの助言通り化粧を変えていた。今までは桃色を基調に使って幼い雰囲気を作っていたが、瞼に淡い青を乗せて顔全体に影をいれるようにしたらしい。グッと顔が引き締まり知的な雰囲気に仕上がっていた。


「大人っぽくなったわね」


「あの人の言う通りにするのはしゃくだけどね」


「そうね。誰が誰を羨むのかは分からないものだからね」


フローラの憎まれ口にクスリと笑ったアルメリアは、今までのことを思い返していた。羨むという気持ちは、いつの間か心に巣食う。そして、その向けられる感情は、必ずしも予想できるものでない。世の中には何故、どうしてがいっぱいだ。


「自分を大切にしてね、フローラ」


慌ただしく船に乗り込む乗客達が通り過ぎていく。何気なく視線で彼らを追い掛ける。彼らは、レグザ行きの船に乗り込むらしい。ドレスの裾を持ち上げて渡り板を歩く慎重なご婦人の後ろには、順番を待つ人の列ができていた。この様子にレグザの外交官たちが、迷惑しているようだと察せられる。そろそろ名前を呼ばれるかもしれない。


「フローラ、頑張ってね?」


小さく頷いたフローラは、アルフェルト事アスレットに切なげな眼差しを送る。


「今の方が似合うよ」


「初めからこうしていれば良かったわ」


肩を落とし溜息を吐くフローラにアルメリアには苦笑いを浮かべてしまう。


「お祖母様とは、きちんとお別れを済ませた?」


「ええ、大丈夫よ」


レグザへと渡るフローラは、今後二度とステファニアの地を踏むことはない。祖母のフィカスとは今生の別れになるだろう。


「フローラ、持てる荷物は預けたよ?」


囚人のフローラは、持ち込む荷物に制限が科せられているが、大まかには希望通りだとも聞いていた。


「ありがとう、ラムダス」


フローラが、宮殿の生活に馴染むまでラムダスも同行すると願い出たらしい。ステファニアに残るニーナは、当主嫁としてのプリムス家で教育を受けることになる。


「これを返すわね」


フローラが手渡したのは、アスレット事アルフェルトが十五歳の誕生日に贈ってくれた黄色いグラデーションのリボンだった。


「ねえ、お姉様、私を許してくれる?」


多くの問題行動で悩ませたフローラは、アルメリアを殺そうとはしなかった。確かに日頃から楯突くようなフローラを疎んだことはある。でも、アルメリアの大切な妹であることに変わりはない。


別れる間際に尋ねるフローラの心中は分からない。でも、心残りになるのはよくない。アルメリアは、微笑みを添えて頷いた。


「私はね、小春の妹の小夜だったの。小夜は、新蔵照義さんが好きだったのよ。でも、新蔵さんは寧さんを選んだ。小春の死後、私より不細工な寧さんと結ばれたことがどうしても許せなかった。お姉さんと新蔵さんが結婚していればって何度も思ったわ」


憤りを抱えていた小夜は、小春が新蔵照義と結ばれていればと八つ当たりのような考えを持っていたという。何となく嫌な予感がする。


「その後、小夜は結核で亡くなったの。小夜の次は、冴えない呪い師になって、アルテルトを助けたリシュリー王女を恨んだ。もう、分かるでしょう?小夜には、詛呪術師の才能があったのよ」


「つまり私が輪廻転生を繰り返していたのはあんたの所為かっ!こっちを向きなさいフローラっ」


「いやよっ叩かれるでしょうっ?」


「待ちなさいっフローラっ!」


追いかけて騒ぐアルメリアから逃げるように渡り板を駆けて船に乗り込んだフローラは、「もう大丈夫よ」と手を振った。


レグザの使者の一行と同じ船に乗ったフローラとラムダスを埠頭で見送ったアルメリアは、寂しさを感じてしまう。


汽笛を鳴らしどんどん遠ざかる船を見送るニーナは、涙を湛えて何度も大きく手を振っていた。その姿を見ているのも辛い。


目を伏せたアルメリアの頭に手が置かれた。見上げるとアスレット事アルフェルトが慰めるような眼差しを送っている。微笑もうとしたアルメリアを何故か真剣な眼差しで見詰めてくるアスレットは、目を閉じて額に軽く口付けた。この不意打ちにアルメリアは、ハッと息を飲んで手を払う。つもりが頬を叩いてしまった。


「いてぇっ叩くなよっ」


「ごめんっでも、今は駄目なのよっ」


「はあ?‥ああ、あれか。初めては大切とかそういうやつなのか?」


皮肉な物言いだが、当然だと思う。何度も人生を繰り返してようやくと結ばれたのだ。恋人とキスをした経験などないアルメリアには、大切にしたい思い出のひとつでもある。


でも、それだけじゃないのだ。


「あのね」


「はははは。仲がいいな」


「ルーカス国王陛下っ天音くんやリズリーさんまでどうして此処に?」


聞き覚えのある笑い声に振り向けば、ルーカス・レグザと天音秀事アスレットに與田理人事リズリーが温かい眼差しを向けていた。


「ふむ、セイントラル教会の見学をしようと思ってな。こちらのアスレットも変わり種が好きでな。まあ、いずれふたりは、婚約式をしたいというから参考までに人気のある教会を見にきたのだ」


(天音くんは、前世でもセイントラル教会を選んだわ)


「きっと、お気に召すと思います」


何故かアスレット事アルフェルトが小さく笑った。


「あの少年も船に乗り込んだようだな」


実に興味深そうな口振りである。フローラが打ち明けた話では、平民のルカという少年は、詛呪の強い影響を受けているという。通常なら術師が、詛呪を中断すれば、禁断症状が現れた後に徐々に術は薄れて解放へと導かれる。

しかし、詛呪で強い支配下に置かれたルカは、経過の予測がつかないというのだ。その結果、フローラは、彼を同行させてゆっくり術を解いていくことを選び、レグザもそれを受け入れてくれたのだ。


外交官に支えられてながらふらふらと、渡り板を歩く少年の姿を見ている。彼も船に乗り込んだのだろう。アルメリアは、ルーカス国王にお辞儀をした。


「ルカのご両親の説得をしてくださってありがとうございます」


「礼には及ばぬ。レグザでは、ルカという少年も貴重な人材だ。正に詛呪の塊のような存在だからな。彼を調べれば詛呪の根源に辿り着く可能性がある」


ルーカスらしい人助けだと思う。


いずれ我々は呪いに打ち勝つ。その足掛かりだ」


「アルメリアさん、僕たちは二週間後にレグザへと旅立ちます。その間に貴女の青い鳥と合わせてくださいませんか?」


「え?」


言われてようやく気が付いた。天音秀事アスレットに対面している際、青い鳥達は、隠れるように姿を消してしまうのだ。


(リラの時と同じだ)


「勿論です。天音くんには助けられたわ。ピッピを連れてきてくださってありがとうございます。必ず、青い鳥達を皆さんに紹介します」


精霊王が、姿を自在に変えられることは知っていたが、レグザの地を離れられるとは思っていなかった。


「ピッピ様と仲良くなれると思うんです」


『我は動物ではないぞ?』


「でも、ピッピ様も気にしていらしたでしょう?」


『ふむ、それは‥ふむ』


精霊王の反応にふふふと笑った天音秀事アスレットは、肩で寛ぐピョンチキの顎を指先で優しく撫でる。


『其方の手はいけない。眠くなってしまうのだ』


「素直に気持ちいいって言えよな」


目を閉じてうっとりしているピョンチキに腰に手を当てたリズリーが、呆れたように声を掛ける。しかし、その砕けた喋り方は良いのだろうか。


「アマネ、カエサルはどうなったんだ?」


「アズールも気になるよね」


そう言って兄のルーカスに視線を向けた天音秀事アスレットに彼は小さく頷いた。視線をアスレット事アルフェルトに戻した天音秀事アスレットは、城に拘束されているカエサルという詛呪術師について話をしてくれた。


「拘束されて暫くは、恨み言ばかり言っていたのですが‥‥今は丸で別人のように様々なことを尋ねてきます」


「此処は何処なのか?自分は誰なのかさえも分からないという具合にな?」


リズリーの説明に眉を下げたアルメリアの隣でアスレットが溜息を吐き出した。一筋縄では行かない相手だとは思っていた。ただ、カエサルの言葉が嘘か本当かは精霊王の契約者、天音秀事アスレットがいれば分かる筈だ。


「彼は、多重人格者のようなのです」


一人のオーラを見分けるだけでも一苦労なのに、そこに様々な人格のオーラが加わるのだ。判別の難易度は格段に跳ね上がる。アルメリアでは、お手上げ状態だ。


「主人格が、カエサルかなのかどうかは今の段階では、判断できません。でも、カエサルは表に出てくることを拒んでいるようなのです」


「そんなことまで分かるなんて凄いわね」


アルメリアでは、オーラを見ても判断できないだろう。天音秀事アスレットは、心の機微に敏感なのだ。


「レグザの病院や被災地などを慰問した際に得た経験から導き出した答えです。しかし、カエサルを引っ張り出すことはできません。力不足で申し訳ないです」


「仲良くなれた人格に声を掛けてもらうのは、どうかしら?カエサルが無視し続けることができない人格もいるかもしれないわ」


(カエサルが、副人格なら主人格の命令には逆らえないかもしれないわ)


窮地に立たされて自害を選ばないのには、それなりの訳があるものだ。それを暴くことができれば、カエサルは大人しく従うかもしれない。


「そうですね」


「カエサルもステファニアでの調査を終えてからレグザに移送するつもりだ。その際には、俺も根気強く奴と話そうと思う」


ニヤリと笑ったルーカスは、強引であり妥協しない人だ。カエサルが少し気の毒に思えてくる。


教会に向かうルーカス達と別れたアルメリアとアスレットは、プリムス領を目指して馬車に乗り込んだ。


少し不機嫌そうに窓の外へ視線を向けているアスレットをチラチラと確認するアルメリアだって、もう少し恋人らしいことをしてみたい。


でも、今は駄目なのだ。


(聖なる乙女って大変なのね)


み思う。


道中、アスレット事アルフェルトの愛馬を預けていた牧場に立ち寄り馬を引き取って、長い旅が一段落した。


「お祖母様っ!」


「アルメリアっ」


屋敷の庭で腰を曲げて花壇の手入れをしていたフィカスが、馬車の音に振り向いた。馬車を駆け降りたアルメリアは、フィカスのもとまで駆けて行くと、そのまま抱擁した。アルメリアとフィカスは、微笑み合う。


「この子は、心配ばかり掛けて」


「ごめんなさい」


フィカスが、手入れをしていた花壇に視線を向けると、赤いアリストロメリアは、萎れつつも僅かながらの花を咲かせていた。


(呪いの影響ね)


このお屋敷で詛呪が行われていたのだ。抵抗した赤いアリストロメリアの花が、枯れてしまっても不思議ではない。


「もう、元気な赤いアリストロメリアは残っていないのね」


「付いておいで?」


そう言うフィカスが案内してくれたのは、別館の小さな温室だった。古くからある温室ではない。


急拵きゅうごしらえで建てた温室にしては中々使いやすいんですよ」


その視線の先には、真っ赤な花を咲かせるアリストロメリアが満開に咲き誇っていた。


(お祖母様が避難させてくれたんだわ)


「お祖母様、ありがとうございますっ」


「お祖母様、このお花を少し貰っていってもいいですか?」


縋るように尋ねたアルメリアに穏やかな微笑みを浮かべたフィカスは、快く頷いてくれる。


「アスレットっお願い手伝って頂戴っ!」


「俺はこれから会社に行かないといけないから」


真面目な断り方だ。社長が不在のまま営業を続けてくれている副社長のジミーやその娘ジェニーには心底申し訳ない。しかし、今日を逃すつもりはないのだ。


「少しでいいからっお願いっ!」


食い下がるアルメリアに眉を下げたアスレットを急かして、赤いアリストロメリアの株を小分けにして運んだのは、あの時が止まった森である。


「リラ、ピョン吉、案内してくれてありがとうね」


森の中に入った直後からアスレットは、異変を察したようだった。怪しい霧に包まれて引き馬は、怖がり御者は、眠り就くのだ。静かすぎる森の木々を見上げたアスレットは、小さく呟いた。


「これが、呪いの影響‥」


木々に止まったまま動かない青い鳥達は、じっとこちらを見詰めてくる。これはいつ見ても不気味だ。


「アスレット、赤いアリストロメリアを植えましょう?」


毒のある球根に直接触れないように手袋をしたアルメリアとアスレットは、森の中の開けた場所の中央に赤いアリストロメリアの花を植えていく。

木々が円形に避けてられた空から光が降り注ぐ神秘的な場所にアリストロメリアを植えると、そのために空いていた空間にも思える。


「これでよしっ」


最後の株を植えて前髪を手の甲で払ったアルメリアは、立ち上がり上体を起こす。周囲を見渡すアスレットには、特別変わった変化を見つけられないようだと察せられる。手袋を外したアルメリアは、アスレットの胸元を掴んで引き寄せた。


きつく目を閉じて爪先に立ちになり、唇と唇が触れ合う。


「お前っ!」


驚いた様子のアスレットが真っ赤になって後退する。


「あれ、何も変わらない。私、けがれているのかしら?」


森の中を確認したが呪いが解けた様子はない。

思わず顔を両手で覆ったアルメリアに呆れたような溜息を吐いたアスレットが説明を求めてきた。


「はあ〜‥説明しろ」


「うん。リラが教えてくれたの。赤いアリストロメリアを植えてから誓いの口付けをしなさいって。聖なる乙女の汚れないキスが浄化を助けてくれる筈なのに‥私、ばっちいみたいっ」


涙が浮かんでしまう。まさか聖なる乙女の称号を与えられた少女が、汚れているなんて。呪いの浄化を妨げた問題の人物が自分なのだから面目ない事態である。


「つまり、あれは、そういうことなのか‥」


ひとりで何かを納得したアスレットが、正面を向いて背筋を正した。


「アルメリアっ!」


「は、はいっ?」


突然、声を張ったアスレットに困惑する。意味が分からない。


「ずっとお前が好きだった。これからも一緒にいよう。結婚してください」


「う‥はいっ」


涙で視界がぼやけてしまう。肩に手を添えてゆっくり顔を近付けてきたアスレットを拒むことはない。ゆっくりとキスをした時、風の流れを感じた。


キスの余韻に浸る間もなく、木々が揺れるように騒めき出した。強風が吹いて葉擦れの音が怖いくらいに響き出す。木々の枝が折れてしまいそうだ。


「何?何がどうなっているの?」


「ピーッピーッ」


風に飛ばされて地面に藤色の小鳥が転がった。何とか羽ばたく藍色の小鳥が懸命に鳴いた。その次の瞬間。悲鳴のような小鳥たちの囀りが響き出し、一斉に羽ばたいた小鳥たちが木の枝から飛び立ち、何故かこちらに向かって飛んできた。


「きゃあーっ!」


「アメリアっ」


頭から庇うようにアスレットが抱き締めてくれるが、至近距離を高速で降下してくる小鳥たちの翼が頬を掠め、腕や足に当たって怖い。


(私たちを敵だと思っているのかしらっ?)


逃げることもできずに目を閉じて身を固くするしかない。


「ピーッ‼︎」


甲高い小鳥の声が頭上で響いた。


ピタリと止まった小鳥たちの攻撃に目を開けて上空を見上げると、真っ青な小鳥が、懸命に羽ばたいていた。上手く飛べていない。まだ子供のようだ。


「ピーッピーッ」


藍色の小鳥が、不恰好に飛び跳ねる青い小鳥のそばまで飛んでいく。


「ピッピッ」


再会を喜ぶようにくるくると旋回して舞う小鳥たちの姿は愛らしい。それを見守る藤色の小鳥のそばで他の小鳥たちも空を見上げていた。


「誤解が解けたのかしら?」


「多分な」


地面が青い鳥たちで埋め尽されて絨毯みたいに見えてくる。アスレットと微笑み合ったアルメリアは、そのまま馬車でプリムス家の屋敷へと帰宅した。アルメリアの帰りを玄関先で待っていたのは、父のジョナサンと母のアナベルだった。


「お父様っお母様っ」


「アルメリアっ」


「お帰りなさい、アメリア」


「おふたりは元気になったのねっ?」


穏やかな表情を浮かべる両親の視線を追い掛けて振り向くと、森の上空では、青い鳥たちが群れになって飛んでいた。


(呪いが解かれてステファニアに平和が訪れたのね)


「さあ、ふたりとも中にお入り。旅の話を聞かせておくれ?」


優しく微笑んだジョナサンに気不味そうに視線を逸らしたアスレット事アルフェルトは、髪先を指で掻くような仕草をしてから覚悟を決めたようにして従った。


所々気不味い雰囲気になる場面はあったが、大まかには、皆で穏やかな時間を過ごすことができた。

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