サザンカ
「アミル、アルメリア様にこれ以上関わらないで頂戴ね?」
「どうしてそんなことを言うのっ?」
「あの方は特別な人なの。貴女は、同じようにはなれないのよ。きっと、近付けば近付こうとするほどに苦しくなるわ」
アルメリア・プリムスの五歳の誕生日パーティーに出席した帰りに母のラミアに言われた言葉だった。何故そんなことを言うのか。納得できないアミルは、唇を尖らせながら馬車の窓から見えるお城を眺めていた。
王宮のお茶会に招待される度にアミルは、着飾って出掛けた。しかし、男爵家のアミルより可愛らしく着飾った令嬢は多い。それを思い知る度に胸がチクチクと痛んだ。
(どうしてわたしは、かわいくないんだろう?)
「ねぇ、プリムスけのせいじょさまをみて?」
「素敵ね。でも、少し気取って見えるわ」
少し年上の令嬢が意地悪く笑うが、アミルには分からなかった。しかし、暫くすると彼女達は、アルメリアのそばで楽しげに笑っていたのだ。
(さっきまでいじわるいっていたのに‥)
そうか。と、アミルはそこで納得した。
「ああいう人を特別と言うんだわ」
明るく元気な彼女は、優しさを分けてくれる人なのだ。だから、物静かなユリアスの視線の先にアルメリアがいても仕方ないと諦めることができていた。
(でも、アナイスさんは‥綺麗なだけじゃないっ彼女は、家柄が良いだけ。ユリアス様には相応しくないっ)
嫉妬に駆られていたアミルは、あの日声を掛けてきたアナイスに怯えた。
「ルイーズさん、お話したいことがありますっ私‥婚約するんです。その相手は‥」
(やめてっ絶対に駄目っ!)
逃げようとして咄嗟に後退する。その場所が階段だと気が付いた時には、もう遅かった。階段を踏み外し足を滑らせたアミルは、そのまま階段から落ちたのだ。
ユリアスには本当のことを言った。けれど、彼は「黙っていてほしい」と告げたのだ。
「私を選んでくださいっ」
アミルが言える精一杯の言葉だった。
「君を選んで僕のなんの利益があるっ?」
理解し難いような表情を向けてきたユリアスは、アミルを愛してはいない。利用価値があったからそばにいただけだ。ただ、余計なことを言わないように監視していたに過ぎない。それはよく理解している。
「利益がなくても私を選んでください。私は全てを知っています」
ずっと見てきた人だ。ユリアスが抱いた恋心に傷付き苦しんできたことを知っている。もしかしたら、ユリアスよりユリアスの感情の機微に敏感かもしれない。
アルメリア・プリムスが、ユリアスを選んでくれたのなら良かった。きっと、彼女なら逆境を覆すと信じられる。手を差し伸べてユリアスを立ち直らせた彼女は、優しい王太子妃として皆に好かれただろう。項垂れていたユリアスも幸せを噛み締めて微笑んでいられるようになれる筈だ。
「思い出になんてしなくてもいいんです。ずっと秘めていらしても私は貴方を受け入れます」
「‥‥」
アミルにできることは、ただ寄り添うことだけである。
ずっと、幸運を運んでくる青い鳥に憧れていた。けれど、野生の動物に好かれるなんて物語りの世界だけのことだと思っていた。そんなユリアスの目の前に突如、現れたアルメリア・プリムス。彼女は、青い鳥達と会話し笑い合う妖精のような女の子だった。彼女は、自慢げにすることもなく、ユリアスにも青い鳥と触れ合う機会を与えてくれた。
泣いているユリアスを笑うこともせずに励ましてくれた。
あの日、王宮に訪れた貴族達が、青い鳥と遊ぶリゼルを見掛けて褒めそやしていた。
「やはり、青い鳥に好かれた王子は違いますな」
「リゼル様は明るくていらっしゃる」
「ユリアス王子より王太子に相応しいのではないのか?」
「ですが、第一王子はユリアス殿下ですから、此処は順当に考えて‥」
「その古臭い考えが迷惑なのですよ。ユリアス王子が第一王子でなければ‥」
事実なだけに苦しくなって、その場から逃げ出した。そして、馬車に乗り込みプリムス家に向かったのだ。
優しいアルメリアは、自分の話を聞いてくれた。王子としての人格を育てろと叱り付ける大人達とは違って、アルメリアの言葉は優しく胸に落ちてきた。
あの時には、アルメリアという少女に惹かれ始めていたのだろう。
けれど、アルメリアが求める人は無愛想なアルフェルト・レガーだった。当たり前のようにアルメリアのそばにいる。そんな彼がずっと、気に食わない。そんな、ユリアスは次第に考えるようになった。
青い鳥という加護を持つ少女を味方に付けるのではなく、伴侶として迎えたのなら、誰もが認める王太子になれるのではないかと。
「王太子妃なんてなれなくてもいい。ユリアス様の一番になれなくてもそれでも私は‥私はユリアス様が大好きです」
優しげに眉を下げて微笑んだアミルの言葉に胸が痛んだ。
「愛し続けられます。エニス様に誓って‥」
直向きに愛してくれるアミルは、手を組んで天に願うように愛の言葉を告げてきた。彼女の愛に応える言葉がないユリアスは、項垂れるようにその場に立ち尽くしていた。
「僕はリゼルが怖かった。ふたりの関係に気が付いた時から引き離すことばかり考えていたんだ」
「兄さん、僕は王太子にはなりたいと思ったことはありません。でも、今回のことで痛感しました。力が無くては守れないものがあると。僕は王太子を目指そうと思います」
リゼルの言葉に嘘はないだろう。今回の出来事で焚き付けられるようにはなったが、目標を見付けられたリゼルの瞳は、澄んでいて凛としている。良い兆しだと思う。手を叩いたのはルーカス国王だった。
「ふむ、ステファニアは、王太子を決めかねるようだな。確かに王子たちは幼い。内面の成長を促す必要がありそうだ」
「お父様、お母様、僕はレグザに留学して学びを受けたいと思います。お許しいただけますか?」
上階を見上げて尋ねるリゼルにエンリック国王が目を閉じて浅く頷いた。切実な思いが届いたのだろう。
「ルーカス国王陛下、お許しいただけますか?」
エンリック国王が尋ねるとルーカス国王は、一度口角を上げてから答えた。
「交換留学というのはどうだろう?うちにはリゼル王子と歳の近い弟王子がいる。話も合うだろう?」
ルーカス国王の提示した条件は、リゼルがレグザで学びを受ける間は、天音秀事アスレットが彼の世話をしてリゼルが帰国する際は、天音秀事アスレットがステファニアへやってきてライラック学園に通うということだ。ふたりは一年ずつ留学を経験をすることになるのだろう。
「それなら安心して送り出すことができます」
肩の荷が下りたのだろう。玉座に腰掛けるエンリック国王が、眉を下げて微笑む隣でアシュタス王妃が、控えめに微笑んだ。
「して、第一王子はどうする?」
目を伏せていたユリアスにルーカス国王が視線を向ける。ルーカス国王に話の矛先を向けられたユリアスが、些か強張った顔を上げて発言した。
「私は罰を受けたあとに王宮を出ようと思います。自分に足りないものを見詰め直すつもりです」
小さく頷いた両陛下を見届けたルーカス国王は、目を細め口角を上げてユリアスとリゼルを見ていた。
山茶花の花言葉は「ひたむきな愛」「困難に打ち勝つ」などです。




