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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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愛の宣言

「私は認めないわよっ!」


両親の寝室で叫んだのは、フローラだ。ベットで上体を起こした父のジョナサンは、叱る気力もない程に弱っている。

それでも優しげな微笑みを浮かべてくれた。


「ラムダス、婚約を認めるよ」


「おめでとう、ラムダス、ニーナ。幸せになるのよ?」


ベットに横たわったままで微笑んだアナベルの手をニーナは自身の手で優しく包み込む。


「はい。奥様」


涙目で頷くニーナが誓うように返事をした。


「エバンス、手続きをしてやってくれ」


「畏まりました、旦那様」


「絶対に嫌よっ!平民の女が、当主の嫁になるなんてプリムス家はお終いだわっ」


涙を流して声を張り上げるフローラを構う者は誰もいない。


「旦那様っ奥様っ大変ですっ王宮の騎士様がっ」


寝室に駆け込んできたリリーナが全てを言い終える前に追いかけるように駆け付けた騎士達が、フローラを包囲した。

抜剣する騎士を見て咄嗟に両親を守るように身を盾にしたエバンスとニーナとは異なりラムダスは、突然の事態に身動きひとつ取れずに立ち尽くす。何故、フローラが騎士達に囲まれているのか理解が追いつかない。


「屋敷の中を調べさせていただきます」


「これは何事ですか?」


力なく尋ねたジョナサンに騎士のひとりが、書状を開いて読み上げる。


「教会への情報提供者フローラ・プリムスを国王の意志に反する反逆者と見做みなす。直ちに連行せよとのご命令です」


「どういうことですかっ?」


ラムダスは半ば混乱して声を張る。


「教会にアルメリア・プリムスを迎え入れるようにプリムス家から手紙が届いたというのです。教会側の主張は一貫しております。取り調べに応じた関係者が、プリムス家の次女フローラによって手紙は届けられたと証言しました」


「アルメリア・プリムスは、ステファニアの国王陛下と王妃殿下によって守られたステファニアの聖女です。これは如何なる場合であっても覆りません。両陛下の意志に反した人間は、反逆者として処罰されなければならないのですっ」


アルメリアを保護しようと画策した教会側の主張は、プリムス家から密告らしきものがあったからだという。自分達の行動の正当性を主張したい教会側は、非難される事態を避けて罪の矛先を逸らそうとしたらしい。見苦しいまでに手前勝手な主張を押し通そうとするのは、その行為が国王の意志に反する反逆行為だからだ。その反逆者として名が挙がったのがフローラだという。


つい、馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。


誰が何と言おうと行動に移したのは自分達であり、言い逃れられると思う方がおかしい。


「何も知らないわよっ」と、騒ぐフローラを王宮の騎士達が問答無用で連行して行く。それを黙って見ていることしかできなかった。


この時、ラムダスは直ぐにフローラは釈放されるだろうと考えていた。教会側に虚偽の情報を流したフローラは、たっぷりお灸を据えられるだろうが、案じる必要はない。心配なのは行方の分からないアルメリアだ。


「お姉様は教会に捕まっていたのっ?」


考えもしなかったことだ。


「アルメリアお嬢様は、まだ逃げ続けていらっしゃるのではありませんか?」


ニーナの危惧する言葉は否定できない。教会が差し向けた追っ手からアルフェルト・レガーと逃げ続けているのなら、アルメリアがプリムス家に連絡を寄越さなかった理由も想像が付く。プリムス家の周囲にも教会側の人間が目を光らせていたとしたら、足が付くことを警戒して寄り付かないだろう。


「ラムダスっ直ぐにアルメリアを探すんだっ」


危機感を煽られた様子のジョナサンの指示を受けて寝室を飛び出した。


「はいっお父様っ」


何も知らなかったとは言え、逃げ惑うアルメリアを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


(お姉様っ無事でいてくださいっ)


寝室から廊下に出て玄関を目指す。プリムス領の騎士に召集命令を掛ける必要がある。手っ取り早いのは、修練場に赴き直接命令を下すことだ。そんなラムダスの手を掴み引き止めた騎士がいた。面識はない。見知らぬ騎士だ。


「これを‥」


そう言って預けられたのは一枚の手紙だった。

他の騎士達は、屋敷の中を引っ掻き回すようにして、フローラの悪事の証拠を見つけ出そうと躍起になっている。この手紙も見つかれば取り上げられてしまうだろう。ラムダスは寝室に引き返して、手紙を広げてみた。


「お姉様は隣国のレグザに向かったようです。これはリゼル王子殿下の手紙です」


「何故、レグザに?」


「お姉様とアルフェルト様は、ルーカス国王陛下に謁見を申し出てアナイス・レガーの国外追放の取り下げと再調査を国に要請してもらおうとしたみたいです」


「あの子は無茶ばかりするんだから」


涙を浮かべたアナベルをジョナサンが抱き締める。


「何だこれはっ!」


咒咀じゅそではありませんか?」


二階が騒がしいと気が付いたラムダスが、廊下に出て上階を見上げてみると、針の刺さった禍々しい人形を手にした騎士の姿を見た。彼の顔は強張っている。よくない展開だと悟ったラムダスは、自身に言い聞かせるように呟いた。


「大丈夫。呪いなんて迷信なんだから」


しかし、ラムダスの願い虚しく調査の結果、詛呪の痕跡ありと国に報告されてしまったのだ。個人が憂さ晴らしで行う呪いとは異なり、詛呪に関わることは禁忌とされている。


「フローラは、どうなるんだろう?」


「通常でしたら処刑されてしまいます。しかし、アルメリアお嬢様がお戻りになれば、或いは‥」


エバンスの言葉を希望にするしかない。ラムダスは、縋るような思いで手を組んだ。


「お姉様っ助けてくださいっ」


この三日後、城から無情な知らせが届く。それは、詛呪術師フローラ・プリムスを火刑に処すとの書状であった。震えながら何度も文言を読み返すが間違いはない。ラムダスは、起き上がれない両親を残してニーナと城へ向かうしかなかった。


処刑されるフローラは、これから更に厳しい取り調べを受ける必要があり、首都から離れた山奥の監獄に移送されるのだ。




遠巻きに眺める野次馬を掻き分けるようにして、ラムダスとニーナは、フローラの元へ近付こうとした。板の手枷を嵌められたフローラは、粗末なワンピースを纏い虚な目をしていた。


野次馬の中に誰かを見つけた様子のフローラが、悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。


「いやぁぁぁーっ!嫌よっ私っ死にたくないっ監獄になんて入りたくないっお姉様よっ全部お姉様がやったのよっお姉様が悪いのよっ!」


フローラが視線を向けた方向には、同級生の女生徒の姿があった。厳しい表情をした彼女達の中には、醜悪に嘲笑う人もいる。


「なんて無様なの」


「いやぁっ!カエサルっお願いよっ契約なんてやめて私を助けてっ!お願いだから意地悪しないでっ」


誰かに縋るように泣き出したフローラに手を差し出す人間はいない。それどころか、フローラが見詰めた視線の先には誰もいないのだ。


「フローラっお願いだから呪いを解いてくれっ」


「君の所為なんだろうっ?僕は君じゃなくハミングが好きなんだっなのに君のことばかり考えてしまうっ苦しいんだっ解放してくれっ」


「僕の好きな人はララエだけだっそれなのに婚約破棄なんて到底、受け入れられないっ!」


頭を抱えて苦悩するような表情を向けた男性達がフローラに向けて悲痛な声を張る。


「やめてっやめてよぉ〜私は何も知らない。知らないのよっ!」


「立てっ!」


取り乱すフローラに看守の男性が厳しい声で命じる。彼の苛立つような声には、明らかな憎悪を感じることができた。強く握られた警棒が、もしフローラに向けて振り下ろされたなら、痛みに悲鳴を上げてしまうだろう。


「誰でもいいっ誰か助けてよぉ〜っ」


「立てと言っているだろうっ?」


警棒を振り上げた看守が遠慮なく叩きつける。その瞬間、野次馬の中から飛び出したのは、小柄な少年だった。その少年の背中に警棒が当たりその場に崩れる。


「なんだ貴様はっ!」


「急ぎ、囚人を連れて行けっ!」


「フローラ、一緒に逃げよう?」


虚な目をした少年がフローラに手を伸ばす。


「ルカ‥あんた」


放心した様子のフローラが、少年の名前を呼んだ。




「やめてくださいっ!」


遠くの野次馬を掻き分けて姿を見せたのは、アルメリア・プリムスとアルフェルト・レガーにクレマチスそして叔父のエリオットだった。


「クレマチスっ」


ニーナが叫ぶとこちらに視線を向けたクレマチスが、優しげに微笑む。


「アルフェルト様っ!」


看守達の隙を見て駆け出したフローラからアルメリアを守るようにアルフェルトが抱き締めた。


「来るなっフローラ、お前‥何をしたんだ?」


全身で警戒するようなアルフェルトは、慎重な声でフローラに尋ねる。戸惑うアルメリアは、彼の腕に守られながら見上げていた。


「口付けをして頂戴っそしたら何もかもどうでも良くなるわっ」


「それが呪いなんだな?」


「幸せになれるのっその為に頑張ってきたのよっ?」


訴えるようなフローラに険しい表情で目をすがめたアルフェルトは、何かを強く握っているようだった。


「アルメリアの身代わりにでもなりたかったのか?違うだろう?」


「身代わりなんてっ酷いわっ!」


「俺が愛しているのはアルメリア・プリムスだ。何があってもフローラを愛することはない。もし、詛呪に操られてアルメリアを得られず、誰かを身代わりしてもそこに愛はないんだよ、フローラ。俺は義理のきょうだいであり続ける方がお前に優しくできる」


「フローラお嬢様っ目を覚ましてくださいっ」


案じ顔のニーナが懸命に声を掛けるがフローラは、怒りの形相で睨み付けた。


「ニーナっ全部あんたの所為よっ」


怒りの矛先をすり替えられたニーナが、身を固くして目を丸くする。


「ニーナがラムダスに擦り寄ったのは、プリムス家の財産に目が眩んだからに決まっているじゃないのっそうでなければラムダスになんて関わる筈ないものっ」


「違うよお姉様っ僕の方からニーナに近付いたんだっ」


「ニーナ、ラムダスが言ったことは本当なの?」


「‥いいえ」


気弱な声に隣を確認するとニーナは、暗い表情で俯いていた。そんなニーナにフローラが勝ち誇ったように歪んだ笑みを向ける。


「ほらねっやっぱりそうなのよ。私は、自分の家を守っただけよっ!」


「困っていた私にラムダス様が声を掛けてくださったのです」


ニーナは、まだラムダスの恋心を疑っているのだろう。同情と混同していると不安を抱くのも理解できる状況だったし、嘗て彼女を姉のように慕っていた事実も消えはしない。だから、はっきり宣言する必要があると感じた。今はひとりの女性としてニーナを求めているのだから。


「僕はニーナを愛していますっ」


胸を張って宣言すると、ニーナは頬を染めてしまう。恥じらうニーナが、可愛くってその肩に手を置いて引き寄せるとか弱い彼女は、見上げてくる。優しく微笑み掛けるラムダスに彼女は、嬉しそうに目を細めて小さく頷いてくれた。


「ラムダスっ」


苛立つようなフローラに視線を向けたラムダスは、複雑な気持ちでいた。


「昔のフローラは、大らかで優しかったのに‥あの頃に比べるとまるで別人みたいだ」


双子であるフローラとは、時間を共有することも多かった。泣き虫だが、優しい双子の妹。いつから変わってしまったのだろうか。昔のフローラだったなら姉のように慕うニーナとの結婚を喜んでくれた筈だ。

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