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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
64/93

幽霊船

「この船は小さいけど速さの出る船らしいよ」


飄々としたエリオットの説明に納得したアルメリアは、揺れる船にられてぐったりしていた。ラブリエ行きの時より海流が早いのだろうか。兎に角、大きく揺れるのだ。


「アスレットは?」


「ああ、彼は横になっているみたいだね。もう少ししたらまた様子を見に行ってみるよ」


「ありがとう、エリオット」


「あんたも休んだら?真っ青よ」


「そ‥そうね。そうさせてもらうわ」


ふらふらと部屋に戻ると、お喋りに夢中な小鳥たちが、元気にピーチクパーチク騒いでいた。しかし、気にしている余裕はない。アルメリアは、うつ伏せのままベットに倒れ込んだ。


「豊城澪香‥」


誰かに呼ばれて目を覚ましたアルメリアは、この日幽霊という者を初めて目撃する。青白い光を放つ人影が、真っ暗な船室の窓辺で佇んでいるのだ。長い髪と華奢な体型を見るに女性だと思う。


「まさか‥お母さん?」


「私は子供を産むような年じゃないの」


「あれ?金縛りは?」


体が動く。


「それをしたら貴女は喋れないでしょう?」


「お望みならしてくれると?」


怖いけれど少し興味がある。上体を起こしベットに座ってから尋ねてみたアルメリアに幽霊は、ゆっくりと首を振った。


「嫌よ、面倒臭いもの」


(成る程‥できることはできるのね?)


「貴女は誰なの?何が望みなの?」


成仏を妨げている何かを解決に導く手助けが必要なのだろう。漫画や小説などでよくある展開だ。心の残り。それが彼女をこの世に縛り付けている。そう信じて疑わなかった。


「私は、アルメリア・プリムス。この世界に聖なる乙女として生を受けた者よ」


「え?‥‥私?」


よーく見れば彼女の顔は、血の気が引いたように青白いがアルメリア・プリムスその人だった。


「貴女は豊城澪香でしょう?」


指摘されて漸く気が付けた。


「あっそうか。私は、アルメリア・プリムスに憑依していたのね。体を返して欲しいの?」


「いいえ、それはもう貴女のものよ」


「恨み言を言いに来たのではないの?」


言われたくはないが、やむを得ない事態だとも言える。憑依だと知らずに好き勝手ばかりしてしまった。彼女の人生は、滅茶苦茶になってしまったのかもしれない。


「いいえ、そもそも私は、アルメリア・プリムスとして生きるつもりはなかったの」


「だから会いに来なかったの?」


「そうよ。貴女に譲ったの」


「何故?」


アルメリア・プリムスは、何かを仕出かす悪役令嬢ではない。何かしらに絶望して人生を諦めるような崖っぷちに直面したなら自暴自棄になるのも理解できるが、生まれたてほやほやの体を差し出す意味が分からない。


「‥‥そうね。強いて言えば、私が神だから。神々が作った箱庭で神々のシナリオを演じることに拒否感があったの。道化と捉えていたのよ」


「つまり、馬鹿馬鹿しいと‥?」


「そうね。でも、淋しかったのだと今なら分かるわ」


「淋しかった?」


「人間が人間達と生きるように神も神々と生きることを望むものよ。神は当然神を生む。あの方の子供に生まれて幸せを知ったの」


「アルメリア・プリムスは転生したってこと?」


「そうよ。私は、完全な転生を迎えるためにアルメリア・プリムスの人生を終える必要があったの」


「もしかして‥アスレットを殺したのは‥」


嫌な予感がする。人生の終焉を願ったアルメリア・プリムス。全てが彼女の思惑通りだとしたら‥。アスレットは身をていして海に沈んだアルメリア・プリムスを助けている。彼女の邪魔をするアスレットを憎んで排除したというのだろうか。


「アスレット・レグザ。彼は熱心に語りかけてくれた人間だったわ」


(あれ?憎んでいるような雰囲気ではないわ)


アルメリア・プリムスの表情は穏やかである。


「アスレットが嫌いだったんじゃないの?」


「何故?綺麗な部屋に美しい花を毎日飾り、私の髪をいてくれた人間は彼だけだったわ」


「沢山のドレスに髪飾り。見晴らしのいい景色。何でも与えようとしてくれた。豊城澪香、貴女にね」


向けられた視線が少し冷たいと感じる。


(これは‥嫉妬ではないかしら?)


「‥‥彼が望むのは貴女の笑顔だった。私にはあげられないものよ」


「なんだか、私の方が泣きたくなってくるわっ」


不器用なアスレットが、懸命になって自分を支えようと頑張ってくれていた。無感情でお礼一つ言わない人形のような相手だ。どんなに愛していても時間は無限ではない。そんな相手の世話を誰かに任せっ切りにしてしまうのが、多忙な王族や貴族の現実だと思う。しかし、アスレットは、王子の義務を熟しながら合間を縫ってそばにいてくれたのだ。優しさが、胸につかえて泣き出したい気持ちになってしまう。


「彼は優しかったわ。でも、私を愛してはくれなかった」


「そりゃ人形のように振る舞っていたからじゃないかしら?可愛い貴女が、にこりと微笑めばアスレットなんてころっと落ちたかもしれないわよ?」


「貴女は鈍感ね」


憐れむような眼差しだ。


「へ?」


「そうなのね。まだ、思い出していないのね。記憶の糸が細すぎるようだから少し手を貸してあげるわ」


手を伸ばしてきたアルメリア・プリムス事幽霊は、豊城澪香事アルメリアの額を掴むようにして手を翳してきた。


「え?きゃあああーっ!」


頭の中をぐるぐると掻き回すような不快感には、痛みも伴う。しかし、振り払う術がない。頭を抱えた豊城澪香事アルメリアは、咄嗟に悲鳴を上げてしまった。


「アルメリアっ!」


船室のドアに鍵など掛かっていないのに押しても開かないようだ。


「どうしたのっ?」


戸惑うようなクレマチスの声も聞こえてくる。


「ドアが動くっ鍵は掛かっていない。誰かが中で邪魔をしているんだっ」


「アルメリアが、寄り掛かっている可能性はないっ?気を失っているんじゃないかしら」


ドアが開かないのは体を預けてもたれ掛かっているからではないかと、心配してくれたクレマチスの声のあとで、ドアから窓へと移動する数人の足音がした。


「なんだ?」


「どうしたの?‥え、女の人?」


恐らく、窓から中を確認したアスレットとクレマチスが、青白く光る幽霊に気が付いたのだろう。


「アルメリア、ドアから離れていてっ?ドアをこじ開けよう」


ドアに体当たりしているのだろう。エリオットの声のあとにドアが大きく揺れた。


朦朧とする意識の中で、豊城澪香事アルメリアは、人形のように無感情な眼差しを向けるアルメリア・プリムスに尋ねてみた。


「もしかして、貴女が転生したのはリラなの?」


「リラ・エステル。私のもう一つの名前よ」


(やっぱり)


「何故、アスレットを巻き込んだの?」


「私はアスレットの願いを叶えただけよ。彼が貴女を求めていたから同じ世界に飛ばしてあげたの」


無感情な眼差しで答えるアルメリア・プリムスは、アスレット・レグザに危害を加えたつもりはないようだった。


「責めて、彼の望みを尋ねてみることはできなかったの?」


「私の未練を断ち切る必要もあったわ。愛しい人の子を愛でている時間は、そう悪いものでもなかったのよ」


(アスレットに向ける感情は、愛というより可愛らしいと愛でる気持ちが強かったのね)


しかし、腑に落ちない。彼女は、アスレットに襲い掛かる時、脅し付けるように叫んでいる。


「でも、お前だって叫んだのよね?」


「‥‥私は、そんなにあの娘が愛しいならお前も送ってあげるわと、言ったのよ?」


当時のアスレットには、珍紛漢紛ちんぷんかんぷんだった筈だ。


アルメリア・プリムスが、不意にドアへと視線を向けた直後、大きな音を立ててドアが開かれた。


「アルメリアから離れろっ」


「久しぶりね、アスレット」


「は?」


船に現れた青白い幽霊と顔見知りだとは思わなかったのだろう。呆けたアスレット事アルフェルトが、次の動作に繋げられないでいる。


「お母様が呼んでいるから私はもう行くわ」


「待ってっもう一つ聞きたいことがあるのっ」


幽霊は天井を見上げた。豊城澪香事アルメリアは、懸命に声を絞り出して彼女を呼び止めた。


「夢を見ればはっきりすると思うわよ」


「あの、時が止まった森を動かす方法を探しているのっあの森は、ステファニアの呪いに関係しているのよねっ?」


「そうよ。私はそれを伝えてにきたのよ。でも、駄目ね、時間がないわ」


そう言うと、彼女は両手を頭上に翳し目を閉じてしまう。途端に赤ん坊の鳴き声が船内に響き回る。とても不気味な現象だ。彼女の体が浮いて光の粒を撒き散らしながら溶けて消えていく。


「リラっ」


必死で手を伸ばす豊城澪香事アルメリアにうっすらと笑う口元だけを確認した。そこでアルメリアの意識は薄れて途切れた。




燃える民家。逃げ惑う多く人々の悲鳴と泣き叫ぶ声。倒壊した家の瓦礫の下に押し潰された男性が、炎に包まれる。




目を覚ましたアルメリアは、恐怖で呼吸が乱れていた。誰かが蝋燭を灯しながら、毛布を肩に掛け背を向けていると知ったアルメリアは、声を掛けてみることにした。


「アスレット?」


「アメリア?」


直ぐに振り向いたアスレットに安堵する。


「何があったんだ?」


「うん、あの幽霊は乙女ゲームの主人公、アルメリア・プリムスだったの。彼女は転生してリラ・エステルとして天音秀くんとユリアスに育てられているわ」


彼女が無感情に振る舞うのは養育者のユリアス・ステファニアの影響を受けているからだろうか。ただ単に赤ん坊である彼女の感情表現が未熟なだけの可能性もある。


「分からないのは神は神を生むってことなんだけど‥」


「本人が神だと名乗ったんだな?」


「そうなの」


黙り込んだアスレットが、窓の外に視線を向けるのでアルメリアも視線で追いかける。真っ暗な海の世界を夜空の星が照らし出し波打つ水面は、キラキラと輝いていた。


「アスレットを強制的に転生させたのは彼女よ。リラは、貴女を好いていたみたいなの」


「確かに痛みはなかったけどな‥」


額に手を添えたアスレットの表情が、苦悩に堪えるように歪む。簡単に納得はできないだろう。しかし、リラの行動はアスレットを想ってのことだった。


「今、女の声がしなかったかっ?」


「また出たのかっ?」


巡回する船員の声だろう。船内に不安の声が上がってることに気が付いたアルメリアは、アスレットに視線を向けてみる。


「兎に角、今は休め‥明るくなるまでそばに付いているから」


また、幽霊が現れる可能性を危惧して寝ずの番をしてくれるつもりだろう。アルメリアの瞼が重くなる。


「私は大丈夫よ、アスレットも休んで?」


それが精一杯の言葉だった。




再度目を開けると、荒れた大地が広がっている。

ぬるっとした感触に自身の両手を確認すると真っ赤に染まっていた。


「ああ‥嫌っ!アズールっしっかりしてお願いっ!」


地面に膝を突き支えている少年は、息も絶え絶えで震えていた。


「目を開けてっねぇっ?」


「リシュリー様‥何か‥歌を歌ってください」


「歌?」


「貴女の声を‥聞いて‥いたいんです」


リシュリーは泣き泣き歌を歌った。戦場には多くの騎士達が倒れている。きっと、負傷したアズールは助からない。それでも誰が気が付いてくれることを願って。


(そうだ。私は‥リシュリー王女に憑依した北郷小春だ)


(小春には好きな人がいた。戦火に巻き込まれて亡くなった新田光一さんの無念を思って、レグザを戦争のない国に導こうとしたんだわ)


(それなのに‥アズールを犠牲にしてしまったんだっ!)




「お姉さん、起きて?」


肩を揺すられて目を開くと、畳の上に正座するもんぺ姿の女性がこちらを見ていた。自分は布団を敷いて眠っていたようだ。


「新田さんに赤札が届いたんですって‥お父さんとお母さんは、新臓さんのもとにお姉さんを嫁に出すって話しているのよ。本当にそれでいいの?」


話題に上がった新蔵照義は、同じお役所仕事をする新蔵寿造の息子である。北郷家に何かと融通を利かせてくれる理由は分かっていた。大人しく美しい北郷家の長女小春は、一見大和撫子のような女の子だったのだ。


「新田さんは、上総さんと仲良くしていらしたから出兵が決まったのよ」


「多恵、大人の話に口を挟まんのっ」


新蔵寿造は、上総徳治かずさとくじと仲が悪い。その息子の上総憲一を前々から狙っている節があったのだが彼は体が弱い。

憲一には、ふたりの兄と北郷多恵に年が近い妹と姉がいた。だから小学生の多恵は、大人の事情を知っていたのだろう。


新蔵照義の好きな女性は、北郷小春であり北郷小春の好きな人は、新田光一なのだ。


戦争中の日本は貧しく出兵祝いとして米が与えられた新田光一は、それをふたりの友人と食べて気を紛らわせようとしていた。それを小春は、知りながら何も言えずにいたのだ。


子供たちは、じゃがいもやさつま芋を食べて空腹を紛らす時代であり、焼けてしまった家も多い。


行きたくないという新田を励ます仲間たちも彼を軍の上層部に勧めた新蔵照義さえも勝利することが難しいと知っていた。


「小春さん、いらっしゃいますか?」


庭から上がり込んでにこにこと話し掛けてくる図々しいこの男が、小春は心底憎くって仕方がない。


「新蔵さんいらっしゃい」


次女の小夜が膝を揃えて挨拶をする。


「私、もう、我慢できない。結婚するっ」


小春の口が動いた。手に握ったり開いたりしてみる。体も自由に動けると知った豊城澪香は、立ち上がった。


「役所に婚姻届けを出しに行こうっ待ってて新田さんっ」


好きな女性の心変わりを望んでいた新蔵照義は、逆に背中を押してしまったのかと後悔していたとは知らずに家を飛び出そうとした。


そんな小春の前に立ち塞がり頬を叩いたのは、父親の北郷武雄だった。


「この親不孝者がっ!お前は新蔵照義と結婚するんだっ」


「この馬鹿親っ!娘の顔を叩くとは何事だっこのたわけがっ躾けだとでも言うつもりっ?あんたなんか熨斗つけて捨ててやるわよ、この脳筋っ!退いてなさいよっ!」


「小春の気が狂った‥」


唖然とする母親の真理恵を横切って小春は、新田の家へと駆け出した。すると、空襲警報が鳴り響き、上空に飛行機が飛んできた。大きな爆発音もする。


頭を抱えながら、逃げ惑う人達を避けて向かった家は、黒い煙を上げて倒壊していた。


「新田さんっ!」


息を切らしながら、新田を探す。


「来るなっ逃げろっ!」


新田光一は、瓦礫を素手で掻き出そうとしていた。隣に駆け寄った小春も折れた木の枝で掘るように瓦礫を退かしいく。


「小春さん逃げるんだっ」


小春の肩を両手で掴んで説得する新田光一に首を振るう。すると、上空に飛行する飛行機の音が大きく近付いてきた。新田光一が小春を庇ってくれたことは理解した。次の瞬間、目を開くと新田光一は、地面に倒れ瓦礫に埋まっていた。



(あのあと、新田さんが負傷し亡くなったと知らせを受けた北郷小春は、心臓麻痺で亡くなったのよ)




「アスレットっ」


もがくように名前を呼んだ。無理矢理覚醒したのでまだ心臓がバクバク音を立てている。


「どうしたんだよ?」


「私の初恋の人は天音秀くんじゃなかったの。新田光一さんだったのよっ」


涙が勝手に溢れてくる。


「新田さんもアズールも不幸にした私が、幸せになってもいいのかな?」


上体を起こし顔を両手で覆い泣き続ける豊城澪香事アルメリアの肩に両手を添えたアスレット事アルフェルトが、言葉に悩んでいるのが伝わってくる。


「‥‥こんな状況じゃお前は慰めと感じるかも知れないが、新田光一もレイノルド・アズール・ピショップも俺だよ」


「へ?」


意外な言葉に涙がぴたりと止まった。


「光一もアズールもお前の枕元に立ったことはないだろう?別に誰も恨んでなんかいなかったんだよ。悪いけどもう寝る。お前もゆっくり休めよ」


「待ってよっ新田さんは天音くんにそっくりだし、アズールはアルフェルト・レガーに瓜二つよ?」


「そうだったか?ただの偶然だろう?」


そんな稚児ややこしい偶然があったら堪らない。間違えてくださいと言っているようなものだ。他人の空似なんて認められない。


「アズールの最後の願いを言ってみてっ?」


「歌を歌え」


「歌を歌ってくださいよっ」


命令された覚えはない。だが、彼の最後の願いを知っている人間は、リシュリー以外存在しない筈だ。しかし、アスレットはピタリと言い当てた。ただ、アズール本人からも前世の記憶の話を聞いたことはない。アズールは日本語を知らず、暗号みたいだと興味を覚えて教えて欲しいと言ったのだ。リシュリー王女の日記帳に挟んだ偽物は、無邪気なアズールが真似て書いた物である。混乱するばかりだ。


「その歌で俺は自分が新田光一だったと思い出したんだよ」


「へ?感動していたの?」


そんなに上手だったのだろうか。少し照れ臭い。


「上がるところで下がって下がるところで上がる。とんでもない音痴だったよな、お前は。お陰で目が覚めたよ」


「人生に絶望していたアズールが、まだやれるって前向きな気持ちになれたからな。新田の人生思えば、捨てるのは惜しい若さだっただろう?」


「‥‥」


「お前に正しい音程を教えられないことが心残りだったよ」


「最後の時に音痴の心配しなくっていいわよっ!」


小春は、心臓の弱い女の子だったのだ。小さな頃から運動も制限されていた小春は、食も細くか弱いイメージを持たれやすかった。そんな小春が、人知れずに練習していた歌唱。それを新田光一に聞かれた時は、火が出るほどに恥ずかしかったのを覚えている。しかし、新田光一は、驚きはしたものの笑いはしなかった。


「新田さんは紳士だっわよっ?」


アスレットなら大爆笑している筈だ。


「そうか?日本人らしく振る舞っていただけだと思うけどな?」


視線を逸らしたアスレットは、過去を振り返っているようだった。


「アズールも優しかったしっ」


元気に尾を振る子犬のように可愛かったアズールが、こうなるだろうか。


「身分があるだろう?悪いけどもう眠い。またあとでな」


(本当にアスレットが、アズールで新田さんだったのっ?)


眠そうに目を閉じて部屋から出て行ったアスレットは、振り向くこともしなかった。


「‥‥」


あまりの展開に放心してしまう。


「チュンチュン」


コツコツと固いもので突く音に窓の方を振り向くと、小鳥達が小首を傾げていることに気が付いた。


(アスレットが外に出したのかしら?)


窓を開けて小鳥達を室内に招くと、ベットへと着地した小鳥達は、思い思いに羽を休める。


「そう言えば‥リラが来た時、あなた達は何処にいたの?」


昨夜の襲撃と言えるリラの行動を止めらる可能性があったのは、この青い小鳥達だけだったように思う。

アルメリアの問い掛けにビクッと体を震わせた小鳥達は、わざとらしくお尻を向けてしまう。尻尾に指先で触れてみる。ちょっかいをかけても体を揺するだけだ。


(リラに弾き出されてしまったのかしら?)


リラに追い出された小鳥達は、今まで外に居たとも考えられる。


「怪我はないわね?」


「ピッ」


「チュンチュン」


こちらに振り返り頷くような返事をした小鳥達に微笑んだアルメリアは、布団に顔を埋めて目を閉じた。そして、ガバッと起き上がる。


「よしっご飯の時間よ?食堂へ行きましょうっ?」


シマエナガ擬きと香色の小鳥を両肩に乗せて両手に藤色と藍色の小鳥を持ったアルメリアは、腹拵はらごしらえのために食堂へと向かった。


(腹が減っては戦はできぬよ。着替えはあとからでもいいわ)


食堂には、クレマチスとエリオットが居た。アルメリアが、ふたりに「おはよう」と、挨拶する前に調理場から姿を現したガタイのいい船員が、両手を握った乙女走りで近付いてきた。


「昨夜は幽霊が出たって知ってますか?」


「ええ」


「この船はおおはらいをするべきだわ。沈没しちまったらどうしよう‥」


深刻そうに頭を抱えてしまった船員にアルメリアは、苦笑いを浮かべてしまう。

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