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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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手を繋いで

「漫画を持ってきたか?」


「うん。ルーカスお兄様が、神語を思い出すきっかけになればって預けてくださったんだ」


「でかしたっ」


翌朝、客間のベットで目を覚ましたアルメリアは、窓の外から響いてくる話し声に眠い目を擦って上体を起こした。両手を挙げてうーんっと背伸びをすれば目も覚める。手を突いて体を横に動かしたアルメリアは、そのままベットから降りて窓辺へと移動した。


「お前が好きだった漫画だな。全巻持っていたよな」


「懐かしい〜」と、楽しげにページを捲るリズリーが、何かに気が付いて漫画を天音秀事アスレットに向けた。


「このページ見てみろよっ」


「ん?」


「お前、キスは浜辺がいいって愚図ったよなっ?」


茶化すように歯を見せて笑うリズリーに天音秀事アスレットが頬を染めた。


「やめてよーっ」


ふたりの仲睦まじい光景に二階の窓から顔を出していたアルメリアは、声を掛けてみた。


「イチャつくのやめてくれない?傷口に沁みるのよ」


「傷口?」


不思議そうに見上げてきた與田理人事リズリーと天音秀事アスレットと目が合う。ふたりは鈍感なのかもしれない。アルメリアは、出会ったその日のうちに豊城澪香の気持ちを伝えたつもりだった。不思議そうに顔を見合わせる天音秀事アスレットと與田理人事リズリーは、心が通じ合った仲だ。ふたりの間に入り込む余地がないのは知っている。前世からの恋人であるふたりには、固い絆がある。付け入る隙はないのだ。


「天音秀くん、結婚前提にお付き合いしてください」


窓から水平に片手を前に出して目を閉じ頭を下げてみた。


「ごめんなさい」


「やっぱりね」


思っていたより辛くない。與田理人事リズリーと離れたくないと言っていた天音秀事アスレットの言葉で結果は、予測が付いていた。


「結婚してくださいっ」


「ごめんなさい」


今度は、目を見詰めて告げてみる。すると、天音秀事アスレットは、戸惑った様子で困り顔を浮かべてしまう。


「怯えるからやめてくれる?」


眉を顰めたリズリーが、天音秀事アスレットを庇うようしてアルメリアに注意してくる。


「お爺ちゃんでも良いのに何で私じゃあダメなのよっ⁉︎」


窓枠を掴んで声を張るが、涙は出てこなかった。


「俺も初めからお爺さんだった訳じゃないんだよ」


「着替えて降りてこいよ」と、気軽に声を掛けてきたのは與田理人事リズリーであった。「うん」と返事をしたアルメリアは、大急ぎで着替えを済ませ中庭を目指そうとした。


「おはよう。待ってたの?」


部屋のドアを開くと、壁に背を預けたアスレットと目が合う。


「お前、寝巻きのままで顔を出していたのか?」


少し不機嫌そうなアスレットにアルメリアは、にっこりと笑んで告げる。


「宮殿で借りてる服だもの。大丈夫よ」


部屋のドアを閉じたアルメリアは、アスレットと並んで歩き出す。


「アスレットも漫画が気になるの?」


少し目を丸くしたアスレットは、眉間に皺寄せて溜息を吐く。


「こいつボケちゃって箸食おうとすんの」


「もう〜っやめてよっ」


揶揄うリズリーに真っ赤になった天音秀事アスレットが、些か剥れながら口を挟んだ。それを優しい微笑みで宥める與田理人事リズリーは、慣れたものだった。


「真夜中でも散歩に行きたがるし、大変だったよ」


天音秀が徘徊老人だったとは思わずに目を丸くする。老老介護をした與田理人は、辛かったような素振りを見せることなく爽やかに微笑んだ。


中庭のガーデンテーブルの上には、人数分のティーカップに紅茶が注がれていて小さく切られたパウンドケーキが、細工の綺麗な編み籠の中に用意されていた。無駄のない動きでテーブルを飾った侍女達を下がらせたリズリーは、アルメリアとアスレットにも席を勧めてくれたのだ。


「こいつは寂しがり屋だから誰かにそばにいて欲しいだよ。甘えたがりってやつか?」


「そうかな?理人の方がべったりだったよ」


「お前が淋しそうにするからだろう?」


完全にふたりの世界だ。


「やめてくれない?イチャつくの」


突っ込みを入れながらもアルメリアは、甘みの少ない紅茶のカップを傾けた。自分でも驚くほど静かにふたりを受け入れられている。前世のように泣き出したい気分にはならないのだ。

何も言わずにそばにいてくれるアスレットのお陰かもしれない。


宮殿で朝食を済ませたアルメリアとアスレットは、近くの町の埠頭へと向かった。ステファニアに帰国するためだ。レグザの外交官が、数人加わって賑やか旅になると思っていたアルメリアは、馬車で送り届けてくれたエリオットと見送りに来てくれたリズリー達に別れを告げて船に乗り込んだ。


エリオットが、用意してくれた着替えを詰め込んだ鞄の持ち手を両手で掴んだアルメリアは、周囲を確認する。だが、アスレットの姿が見えない。何となく嫌な胸騒ぎを覚えたアルメリアは、上空の小鳥達に尋ねてみる。


「リラっアスレットを知らないっ?」


此処で漸く藍色の小鳥の姿もないと知ったアルメリアは、鞄を手離し手摺りに飛び付くように掴んで身を乗り出した。見送りに来ていた人達の中にアスレット事アルフェルトを見つけたアルメリアが声を張る。


「アスレットっ!」


渡り板が持ち上げられて汽笛が鳴った。船がゆっくりと動き出す。


「俺はレグザに残って体を取り戻す方法を見つける。お前は気を付けて帰れよっ」


船には乗らない判断をしたというアルフェルト事アスレットの言葉に頭が真っ白になったアルメリアは、咄嗟に海に飛び込んだ。別れを惜しむ人々の声が悲鳴に変わる。海の水は痛いほど冷たかった。


「あんた、私が好きなんでしょうっ?」


水面から顔を出したアルメリアが、開口一番で尋ねた言葉にアスレットは、ふんっと顔を顰めた。


「お前はリナム・フリードが好きなんだろう?大人しく身を引いてやるよ」


「そんなこと‥あ、あの時‥」


転生前に船の上で呟いていた言葉をアスレットが聞いていたとは思わずにいた。周りの騒がしさが声を掻き消していると思っていたのだ。


「あぁ〜二心になっちゃうのっ⁉︎」


絶望的な展開だ。


「二心どころじゃないだろう?お前は、あっちこっち見過ぎなんだよっ」


「‥‥」


返す言葉がない。天音秀事アルフェルト・レガーが駄目ならリナム・フリードを理想的な男性に育て上げようと企んだツケが回ってきたようだ。


海水に鼻を沈めたアルメリアは、ぷくぷくと息を吐き出す。


「今回は水に流してやるよ。どうする?」


駄々を捏ねる小さな子供に尋ねるように首を傾げたアスレットに意地を張っている場合ではない。


「‥‥水に流してくださいっ」


「漸く自分の気持ちに気付いたかっ?」


明るく笑ったアスレットに些かムッとする。


「茶化さないでよっデリカシーがないんだからっ」


振り向き遠ざかる船を見たアルメリアは、不満の声を張る。


「アナちゃんはどうするのよっ?船、行っちゃったじゃないっ」


「国王が手を回してくれた筈だから大丈夫だろう?」


遠くを眺めるアスレットに焦りの色はない。確かにレグザの外交官達は、あの船に乗り込みステファニアに向かって旅立ったのだ。


「引き上げなさいよっ」


「引き上げてくださいっだろうっ?」


腰に片手を当てて呆れたように告げたアスレットにアルメリアは、唸り声で対抗した。


「ガルルルルっ」


「アルメリアっ」


流石にエリオットもアルメリアが海に飛び込むとは、予想してはいなかったらしい。野次馬達を掻き分けて驚きの表情で駆け付けたエリオットが、アルメリアの手を引いて岸へと引き上げてくれた。


こちらを見ていた多くの人々が呆気に取られている。その中には、見送りに来てくれた與田理人事リズリーと天音秀事アスレットの顔もあった。急に恥ずかしくなる。


不満を宿した目でアスレットに睨み付けても視線を逸らすだけだった。その顔が不機嫌そうなのでアルメリアも面白くない。


埠頭でアスレットと喧嘩したまま同じ馬車に乗り込み宮殿に戻ったアルメリアは、客室でリズリーに用意してもらったドレスに着替えながら自論を纏めていた。


(アスレットは元々アルフェルト・レガーだった可能性はないかしら?前世では、この世界に転生した天音秀に弾き出されてしまってアスレット・レグザの体に憑依していたのだとしたら、辻褄が合うわ)


「風邪を引くなよ?」


冷え切ったアルメリアを心配した彼女は、自分の侍女に入浴の準備をさせてくれた。

そのまま着替えを手伝い暖炉に火を入れてくれた侍女が、窓辺で佇むリズリーに頭を下げてから退室していく。


「お風呂と着替えを用意してくださってありがとうございます」


お辞儀をしてお礼を伝えたアルメリアは、暖炉の前に置かれた椅子に座って髪を乾かす。


「あのリズリーさん、恋人と長続きするコツってありますか?」


「ん?」


「私、過去に一度も恋人がいたことがないんです」


「俺もあいつだけだけどな‥」


タオルで髪を挟んで軽く叩きながらアルメリアは考えてみる。アスレットと恋人になった実感が湧いてこない。その理由なら分かる。付き合って直ぐに喧嘩をしてまともに口を利いていないのだ。


「どんな時も寄り添い合うって覚悟してれば、大抵のことは乗り越えられるもんなんじゃないのか?」


優しげに微笑んだリズリーは綺麗だった。


「ふたりの思い出の場所や思い入れのある品物は大切にするといいと思うよ」


多くを語らないが、天音秀を看取った與田理人は、彼との思い出や残された遺品に慰められたのだろう。


「前世であいつを見失った時は、プロポーズした公園のベンチに行くんだよ。すると居るわけ。嬉しそうにニコニコしてさ。公園のベンチに座ってんの。俺だと分かった時の表情が、凄く優しくってさ。こいつしかいないっていつも思うわけ」


「初めてボケたんだって気が付いたときは怖かったよ。あいつが居なくなるみたいでさ。でも、あいつ他人にも親切で優しいんだよな」


「怒りっぽくなったりしなかったの?」


老人の介護を取り上げた日本のテレビやインターネット配信などでは、ボケた老人が怒鳴る場面をちょくちょく見掛けた。


「したよ。けど、キスするぞって叱るとぐすんって泣くんだよ。リヒトって助けを求めるからさ。俺が理人だって何度も説明したよ」


「惚気ないでくれる?傷口が痛いから」


人の惚気を聞いている余裕はまだない。


「ねぇ、何で天音くんにリズと呼んで欲しいって言ったの?貴女には、リリーの方が合いそうなのに」


白い百合の花を持って佇むリズリーは、きっと絵になるだろう。


「リズリーの母親がリシュッメリー。その母親‥つまり母方の祖母がリトリスリメンダー。その先にさかのぼっても愛称は、リリーなんだよ。恐ろしいだろう?俺はその呪縛から解放されたいの。お前もリリーって呼ぶなよな」


凄い名前だ。


「お祖母様、リトマス試験紙みたいな名前なのね」


「そこに着目するなよ。他に言うことがあるだろう?大変ですね、とか」


「そう言えばあいつも笑ってたな。紅茶を三杯飲んだあとで咽せてやんの。テンポがゆっくりなんだよな」


「天音くんと前世でも今世でも結ばれる人に同情なんてしませんよ?」


呆れ顔で眉を顰めたリズリーと目を合わせていると、廊下からドアを叩かれた。ノックの音にふたりでドアに視線を向ける。


「どうぞっ」


リズリーが視線で尋ねるので、アルメリアが返事をした。ドアが開いて姿を見せたのはふたりのアスレットだった。気不味そうに視線を逸らすアスレット事アルフェルトの背を問答無用で押した天音秀事アスレットが、数歩歩いてからドアを閉めた。


足を止めたアスレットは、目を逸らしたままだ。ムッとしたアルメリアは、剥れたまま彼の足元を見た。いつもなら茶化す癖に肝心な時には、屁っ放り腰だ。


「ふっ!ぶえぇっくしょんっ!」


丁度良く鼻の奥でムズッとした。アルメリアは、遠慮なく思いっ切りくしゃみをしてやった。

これにアスレット事アルフェルトが呆れ顔を向けてくる。


「くしゃみは男女平等よっ」


「俺だってそんな豪快なくしゃみは、したことないよ」


漸くまともに話せた。くしゃみと一緒に蟠りも飛んで行ってしまった気がする。ふふふと笑ったアルメリアに釣られてアスレット事アルフェルトの表情も和らいだ。


天音秀事アスレットに告白して敗れたアルメリアは、紆余曲折を経てこの日アスレット事アルフェルトと結ばれたのである。


(なんか変な感じ)


ずっと、気心知れた友人だった人と恋人になる日が来たのだ。


「アスレットっ宝石の国に行きましょうっ?」


「ラブリエ王国に何の用があるんだよ?」


「ステファニア王国に関わりの深い人を連れて行くのよっ」


「アイシャ・サファリアか‥」


「前世ではリゼル・ステファニアの婚約者だったけれど、今世ではユリアス・ステファニアと結ばれる可能性があるわっ」


前世では、王太子妃としてリゼルの隣で微笑んでいたアイシャ・サファリアは、白群色の髪と紫色の瞳の美しい令嬢だった。他国出身の王太子妃として注目を集めたアイシャの生家は、ルビトン家だと聞いている。


ラブリエ王国は、宝石に因んだ姓を高位貴族のファミリーネームにしている。生家のルビトン家も決して公爵家のサファリア家に引けを取らない家門の筈だ。


「ステファニアで聞いた話では、彼女はあまり良い扱いを受けていなかったらしいわ。早急に保護してユリアス王子と引き合わせましょうよっ」


「相変わらずお節介だな。第一王子が誰を王太子妃にしても関係ないだろう?」


「そんなことないわ」


眉を顰めたアスレットにアルメリアは異を唱える。


「リゼル王子の話を忘れたの?彼は、王太子の座を巡って争うつもりがないのよ。でも、ユリアス王子は、青い鳥に好かれているリゼル王子に嫉妬していたわ。ふたりが拗れたら厄介なのよ」


「確かリゼル・ステファニアのストーリーでは、反逆があったな」


「ユリアス・ステファニアのストーリーでも、内戦があったよね?」


皆の視線を集めたアスレット事アルフェルトが、眉を下げてから頷いた。


「分かったよ。今回のアナイスの国外追放もリゼルへの牽制だったなら何となく理解できるからな」


(リゼル王子は、青い鳥に祝福された王子として大切にされている。やられたらやり返すって言葉もあるし、悠長に構えていられないわ)


もし、今回の事件が意図的に仕組まれたものだとしたら、それに気が付いたリゼルが、ただ傍観するとは限らない。アルメリアのイメージでは、リゼル・ステファニアは苛烈な粛清キャラなのだ。嫌な予感がする。


アナイス・レガーが、聖女であるアルメリアの古くからの友人であることは、周知の事実である。ステファニアでは、聖女として名の知られたアルメリアの婚約者は、アナイスの実弟のアルフェルトなのだ。


(何処かでリゼル王子とアナちゃんのことを知ったユリアス王子が、危機感を抱いてしまったとしても不思議ではないわ)


国民の支持は、王太子に選ばれるか否かの大きな決め手になる筈だ。本人達にそのつもりがなくても危機意識を高める材料が揃ってしまっている。


「ユリアス王子にも心を支えてくれる強力な味方が必要よ。今世でもアイシャさんならきっと立派に王太子妃を務められるわ」


「分かった。アイシャ・サファリアを迎えに行こう」


「ラブリエ行きの船は、こちらで手配します。今日は、ゆっくり休んでください」


優しい微笑みと穏やかな口調で話すアスレット・レグザは、アルメリアの知らない人に見えた。


「ありがとうございます」


天音秀事アスレットにお礼を伝えたアルメリアの心は穏やかだった。

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