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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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古い日記

破れた日記帳には、その日の境遇が赤裸々に綴られていた。リシュリーの幼少期は過酷なものだったのだ。和平の為、他国から嫁いできた側室のひとりであったリシュリーの母親は、虚弱体質であり彼女を産んで三年もせずに亡くなった。乳母として充てがわれた世話役の侍女から執拗な嫌がらせを受けて育ったリシュリーは、痩せて見窄らしい身なりをした貧相な王女だった。彼女の父であり国王のハワードは、侍女から偏食だと報告を受けていたので「女の癖に贅沢なことばかりしている」と、言って見向きもしなかったという。着丈の合わないボロボロの服を見兼ねた臣下が、幾ら注告しても「直ぐに汚してしまうから」と、世話役の侍女の告げ口を鵜呑みにする国王は、陸に調べもしなかった。

女というだけで迫害されてしまうリシュリーは、兄達が捨てた教科書の挿絵で勉強を続けていたところ、とある貴族の少年に声を掛けられる。

その少年が、後に女王の黄金の盾と呼ばれる騎士になるのだが、当時のふたりはそれを知る由もない。


「歴史のお勉強中ですか?」


「あんた誰?」


ゴミ捨て場で座り込んだリシュリーに少年は、右手を胸に当てて礼を尽くす。


「大国の小さな月、リシュリー王女にご挨拶いたします。伯爵家のレイノルド・アズール・ピショップです。以後お見知りください」


「外国の人なの?」


「はい。両親が本国で他界しまして、レグザの叔父夫婦に引き取られられました」


白とも金とも言えそうな髪をした少年は、屈託なく微笑んだ。リシュリーには、美しいと感じたという。


【私の白髪のような粗末な髪とは大違いだわ。アズールは男だけど私を馬鹿にしなかった。彼に文字を教わろうと思う】


そのアズールと名乗った少年から文字を教わり始めたリシュリーは、国の文化や歴史を勉強していった。


そして、隣国の名もない国のことを知り心を痛めた彼女は、当時活躍の片鱗を見せていた平民の少年アルテルトを支えようと心に決めた。リシュリーは、自分の誕生日の祝いの品を全て売却しステファニアに医療を届けたのだ。


その際に一悶着あった。腹に据えかねたリシュリーは、長年自分のものを横取りしていた世話役の侍女を手厳しく処罰したのだ。そんなリシュリーは、国王に咎められる。しかし、逆に咎め返すのだ。


「こんなボロボロの身なりをした王女が何処にいますか?お父様には考える頭がないのよ。貴女の娘は、いつも腹ペコで床に落ちたパンさえ拾って食べているわっ」


着丈の合わない染みの付いたドレスを纏うリシュリーは、多くの臣下の前で萎縮することなく堂々と発言したという。彼女の発言は的を得ていた。思わぬ反撃に吹き出す臣下もいたらしい。

恐らく、国王は、恥を掻いたことを恨んだのだろう。幼い彼女に辺境地の制圧の任務を与えたのだ。国王の思惑に反してリシュリーは、知略を活かして征圧に成功した。


この戦いで片腕を負傷したアズールと共に生還したリシュリーは、偉業を成し遂げた王女として多くの国王に支持された。


「リシュリー王女を後継者になさると国王陛下が自ら宣言されるべきですっ」


「リシュリー王女と和解をっ」


「国民は、リシュリー王女をこの国に平和をもたらした英雄と讃えておりますっ学びを受けさせ、王女として威厳ある暮らしを整えなければ、何れ大きな暴動へと発展しますっ」


国民から注目を浴びるリシュリー王女の待遇を見直すように進言する臣下達の声を無視し続けることはできずに国王は、重い腰を上げざるを得なかった。辺境の地の平定後、リシュリーを王位継承者候補のひとりとして認めたのだ。その後、隣国の干戈かんかを収め建国へと導く助力をした彼女は、レグザの女王として即位し、子供を儲けず独り身を貫き政務に心血を注いだという。

それは彼女が、転生者であったことも大きな理由だったのではないかと予想する。前世でも好きな人と結ばれなかった本郷小春事リシュリーは、その時代でも好きな人と結ばれなかったのだ。


小春として書かれているページには、戦争の生々しい描写も綴られていた。それを與田理人事リズリーは、問題視しているようだった。


「爆撃機とか、空襲とか。穏やかではないものね」


日記帳を閉じたアルメリアは、ベットに横になると目を閉じた。昨晩、徹夜したので今夜は、ぐっすり眠れそうだ。もう瞼は重い。


(セロハンテープ、セロハンテープが欲しいっ)


懸命に祈りながら夢の中で目を覚ますと、見慣れた病室が視界に広がっていく。




アルメリアが目を閉じて数分後、彼女の体が金色に輝いた。いつ見ても驚いてしまう。

激しさを増す光は、細めた目を手で覆いたくなる程だ。それも徐々に薄れていく。横たわるアルメリアの手に抱えられていたのは、数冊の本と箱ティシュだ。口にも何か咥えている。この姿に思わず笑ってしまった。


前触れもなくカッと目を見開いたアルメリアが、自分の手元を確認してからこちらに視線を寄越す。何となく口に咥えられた輪っかを預かった。


「アスレットっ急いで破れた紙を補修しましょう?」


それからアスレットは、客室の机の上に日記帳を広げてセロハンテープで、破かれたページを補修していった。


「お前っ何でそんなところに貼るんだよっ?」


机に向かい椅子に座ったアルメリアが、伸ばしたテープを貼り付けた場所は、破れていない。


「えっ?テープが長かったから‥」


この調子では貴重なセロハンテープが足りなく無くなってしまう。


「お前は押さえてろ」


仕方なくアルメリアを退けて代わりに椅子に座ったアスレットが、余分なテープを鋏で切り、次の破かれたページに貼り付けた。貼り付けるページに隙間ができないように気をつけなくてはいけない。


「あんた器用ね」


「お前が不器用すぎるんだよ」


長年の一緒にいるから分かる。アルメリアは、不器用というより大雑把なのだ。その日の夕方には日記帳の補修が終わった。




「さあっこの漫画とティシュを献上するわよっ」


クレマチスに声を掛けて直ぐに謁見の申請をしたアルメリアとアスレットは、ルーカスにこれを届けた。

クレマチスと通された謁見の間には、階下に佇む第三王子の天音秀事アスレットを宰相のシリウス・レイスターが守るように隣に並び、上階の玉座に腰掛けた国王のルーカスと、その隣に第二王子のソーマが佇んでいる。


「日記の解読はできなかったけど、地球の品物ならあるわ」


数冊の漫画の上に箱ティシュ。その上に使い残りのセロハンテープを乗せて両手で支えたアルメリアは、上階のルーカスに見えるように差し出した。


「漫画に箱ティシュと使い残りのセロハンテープ。間違いなく地球の品物です」


アルメリアの差し出した品物を直接受け取った天音秀事アスレットが、ひとつひとつ確認してから階段を上がり玉座のルーカスに差し出した。


「ふむ」


「地球の品を献上する見返りとしてアナイス・レガーの国外追放取り下げにご助力くださいっ」


暫く少女漫画を開いて絵を眺めていたルーカスが、目を止めたのは恐らく街並みが描かれた背景だろう。前世でも彼は、漫画の背景に注目している。


「ははははっよかろう。これは預かるぞ?」


愉快そうに笑ったあとでルーカスは、アルメリアの要求に同意してくれた。アルメリアは、ホッと胸を撫で下ろす。


「アスレット、お前達の世界は、レグザとは異なった文化が発展していたのだな」


目を輝かせたルーカスが、興味深そうに隣に佇む天音秀事アスレットに話し掛けた。


「はい。その通りです。ですが、便利になる一方で環境が破壊されて温暖化が進みました」


「お前は、レグザの方が素晴らしいと言うのだろう?」


「はい」


天音秀事アスレットの瞳に迷いはない。


「ふむ」


天音秀事アスレットは、地球から失われた自然が尊いことを知っている。王子として生まれた彼は、レグザを豊かにしつつも自然を守ろうと努力してきたのだろう。玉座に背中を預けて穏やかな表情を浮かべたルーカスが、アスレット事アルフェルトに視線を向けた。


其方そなたと二人きりで話がしたい。良いな?」


長年の付き合いだ。無感情そうな顔したアスレット事アルフェルトが、緊張しているのは分かっていた。

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