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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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ハイドアウェイ

「つまり、アナイス・レガーの国外追放を取り消すつもりなのね?」


「そうなの。クレマチス、ルーカス国王陛下に謁見を申し込んでもらえないかしら?」


「それはいいけど‥」


「国王陛下に謁見するには第三王子とも顔を合わせることになるよ?」


「私はふたりが悪い人達だとは思えないけど‥」


迎えに来たエリオットから報告を受けているのだろう。クレマチスの瞳には迷いがある。


「精霊王に合わせて頂戴。私がピッピと話してみるわ」


「それが良さそうだな」


人の心が読める精霊王ピッピならアスレット・レグザとリズリー・アデレードの正体に気が付けている筈である。


(あの子は癖が強いのよね)


精霊王ピッピは、契約者に願い事を使わせようと誘導するが、願い事に関わりのないことには無関心なのだ。善悪で動かない彼は、前世でもあまり助言をしてくれなかった。


「なら、妖精の森に行ってみましょう」


クレマチスの提案に誰も異論はない。馬車は、ゆっくり宿から離れて郊外へと向かって走り出した。



途中、小さなお菓子屋に立ち寄ってからレグザの秘境と呼ばれている妖精の森に向かったアルメリア達は、森の入り口で馬車を降りると、森の奥へと進んで歩いていく。


薄暗い森の奥には、小さな洞窟があり、それが精霊王ピッピの隠れ家なのだ。


洞窟の中腹で、足を止めたアルメリアは、寄り道したお菓子屋で購入した紙袋からアーモンドクッキーを一枚掴んで地面に落とす。


「きゃっ!私の美味しい手作りクッキーがっ!」


クッキーの作り手は違うが、現在の持ち主はアルメリアである。捉え方によっては誤解もあるだろうが、言葉に間違いはない。渾身で叫んだアルメリアの声が洞窟で反響した。


『煩い娘がきたな?』


「精霊王ピッピね?」


頭の中で声が響く。周辺を見渡したアルメリアの足元へピョンチキが駆けてきた。前々世のシマリスリスに似た顔立ちとモモンガより小さな飛膜を持つのが特徴的な小動物だ。


『如何にもっ我が精霊の王である』


後ろ足で立ち上がり胸を張ったピョンチキの鼻先がヒクヒクと忙しなく動く。


『お前はなんだ?珍しい色の霊魂をしているな』


「それ、前世でも言われたわ。それより教えてほしいことがあるの」


二番煎じだと驚きも感動もない。


『無理無理っお前は契約者ではない』


「いいえ、契約者よ。私はまだ三つの願い事を叶えてもらっていないものっ」


一か八かの賭けだ。こちらを見上げるピョンチキが目を閉じて鼻先を忙しなく動かした。


『ふむ‥成る程のう。‥‥因果なものよのう』


考え込むように顔を伏せたピョンチキが、顔を上げ鼻先をピクピクと動かす。


『よかろう。残りの願い事は二つじゃぞ?申してみよ』


「ありがとう、ピッピっ」


精霊王の判断にクレマチスとエリオットが驚き息を飲んだのが分かった。


「前世で命を落としたアスレット・レガーと人形のようになってしまった私の事件の真相が知りたいの。この事件に現在のアスレット・レグザとリズリー・アデレードは関わっているの?」


『ふむ‥複雑すぎて。‥神の領域に踏み込むことになる。否ともそうだとも言える』


「それじゃ分からないから納得しないわよっ?願い事はなしね?」


『お前は昔からそうじゃな。やれやれ。アスレット・レグザが、前世で命を終えたのは、死ではなく転生である。そもそもアスレット・レグザは、存在しなかったのだ』


「また、煙に巻こうとしているでしょう?」


「いいか。アスレットだからアスレットだと思うな。アルフェルト・レガーの中には、誰が居た?今は誰がいる?考えるのだ』


(アスレットがアスレットではない?)


前世のアルフェルト・レガーの中には、天音秀がいた。では、本来のアルフェルト・レガーは、何処に行ったと言うのだろう。


(そう言えば、深く考えて来なかったけど、前世でもゲームのシナリオ通りの人物設定ではなかったわ)


(アナイス・レガーの中には、天音優がいてリゼル・ステファニアは、ゲームには登場しないアイシャ・サファリアと結婚し王太子となった)


大人しくオドオドとしているアナイス・レガーの中には、明るく社交的な天音優がいた。だから、冤罪で国外追放されても無事に戻ってこられた。

一作目の「屍のような心で貴方を愛する」の攻略対象者リゼル・ステファニアには、ハッピーエンドは存在しないのだ。どちらも偶然で片付けるには違いが大きすぎる。


(そもそも、此処は本当に乙女ゲームの世界なの?)


「やっぱり、そいつらが俺達をっ」


悔しそうな声に視線を向けると、顔を顰めたアスレットが拳に握っていた。強く握り締めたその手は痛そうだ。


『せっかちな奴ばかりだな‥そうぐな。我は神の理りを乱すつもりはない。我は仕える立場だからな?』


「言い方を変えるわ。今世のアスレット・レグザとリズリー・アデレードは私たちの味方なの?」


『そうとも否とも言える』


「もうっ!」


「神様が関わっているってことなの?」


驚いたクレマチスには悪いが、当然の結果だとアルメリアは思う。強制的に転生させられたアスレットを思うと不憫だが、彼は何処かで神の怒りに触れたのだ。


「もういいわっ私にも心が読めるようにして頂戴っ」


『三つ目の願い事になるな?』


「ならないわよっ?だって納得できていないものっそれが嫌なら分かるように説明してっ?」


『だから無理なんじゃて‥』


「不可侵略域なのね?」


「クレマチス、物分かりが良くなっては駄目よ。この子は、直ぐに煙に巻こうとするんだからっ」


『ふむ、よかろう。我の負けじゃ。契約者には嘘を見破れる力がなくてはいけない。掟は守るために存在する』


『しかし、この力は万能ではない。我がいてより力を増すのだということをくれぐれも忘れてくれるなよ?』


万能どころではない。通常は、オーラのようなものしか見えず、それで心の機微を判断するしかないのだ。


『嘘つき扱いは嫌じゃからな』


(結構、根に持つタイプよね?)


前世では、思うように力を使い熟せずに精霊王ピッピと喧嘩をしたのだ。本来なら格好良く嘘を看破するところでアルメリアは、見破れなかった。その時、アルメリアは、感情が抑えきれずに嘘つきと叫んでいる。子供だったと思うしかない。


(嘘つきに嘘つきと言っても意味がないのに)


『我は嘘つきではないぞっ?その証拠にクレマチスは上手く使い熟せている。悟りの境地というものがあってだな‥』


ふんっと、顔を背けたアルメリアにピョンチキが項垂れる。


「ピッピも付いてらっしゃいっ緊急事態には願いを叶えてもらうつもりだから、いいわよね?」


『お前は狡いという言葉を知っているか?』


確かに狡いと言われても仕方ない。アルメリアが精霊王ピッピを伴う真の理由は、精霊王がそばにいることで増幅される力を頼りにしているからだ。アルメリアに悟りの境地などはない。


「知ってるけど、私は臨機応変なだけよ?」


貴重な願い事は有効的に使わなくてはいけない。

アスレット・レグザとリズリー・アデレードが詛呪術師であり、例え襲い掛かってきたとしても精霊王には敵わない‥筈である。


「クレマチス、私をアスレット王子とリズリーさんに紹介してほしいの」


頷きで了承したクレマチスからアスレットへと視線を向ける。


「アスレットは、もしもの時に備えて隠れていて?」


「いいや、俺もふたりに話がある。同席させてもらう」


「あんた、ドッペルゲンガーって知ってる?分身の自分よ。前々世では会うと死んでしまうと言われていたわ」


「中身は転生者だろう?」


「でも、アスレットはアスレットよ?引かれ合うように突然、消えてしまったら大変でしょうっ?」


「会うったら会うっ」


頑固な人なのだ。


「分かったわ。ピッピ。アスレットに運んでもらいなさい。アスレットは、ピッピをしっかり握っていてね?絶対逃しては駄目よっ?」


『いいか、前世の乙女よ。我は今世の聖人とも契約を結んでいる。此度こたびは、其方にばかり肩入れすることはできんからな?』


「助けてくれたことなかったじゃないのっ!」


『助け船は、何度も出ておったわいっ』


しゃがみ込んだアルメリアがピョンチキに顔を寄せると、ピョンチキも負けずにずいっと首を伸ばす。そのまま睨み合いに発展したふたりに呆れたような表情をしたアスレットは、そっと吐息を吐いた。

アスレットは知っている。癖のあるピッピの助言を深読みしすぎたアルメリアは、石橋を叩いて渡る。そうこうしている間に時間は進み、救難艇きゅうなんていは出航してしまうのだ。

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