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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
ライラック(青春の思い出)
52/93

目は口ほどに物を言う

フライパンを叩く音で目を覚ました。大の字になって眠ていたようだ。隣のベットでは、アルフェルト事アスレットが背を向けて眠っていた。狭い部屋に二つのベットが壁端に置かれているこの部屋で寝起きしているのは、アルメリアとアスレットだけになる。ベットと一組になって置かれているベットテーブル代わりの小さな天板付きの収納棚。この部屋にはそれだけしか家具がない。

爆睡していたようだったと悟ったアルメリアは、手を伸ばして頭上の天板の上に置かれているハンカチでよだれを拭う。布団の上を確認すると眠る前は、枕元で丸くなっていた小鳥達が、お腹の上に避難していた。


(大きなシャツを借りられて助かったわ)


布団から足が飛び出している。ネグリジェなどはないのだ。突然、屋敷を飛び出したまま二日も馬を走らせて辿り着いた港町で船に乗ったアルメリアに着替えなどはなく、船員達のご厚意に甘えさせてもらっている。ガタイのいい船員のオーバーシャツは、ウェストのないワンピースのような着心地でリラックスできた。


(暫く借りてて良いわよね)


仕事着も借りている。こちらは、子供の船員の服なのでサイズも選べた。着古されたズボンとシャツは、少しゆとりがある程度である。


チラッとアスレットを窺うが、目を覚ました様子はない。きっと、疲れているのだろう。


(今のうちに着替えちゃおうっ)


前々世では、当たり前だった洋服たちに少しワクワクする。バサバサと音を立ててながらオーバーシャツを脱いでシャツに腕を通す。ボタンを閉じてズボンを履いてからサッシュでウエストを絞めれば完成だ。


「おっお前っ」


「ん?」


振り向くと上体を起こしたアルフェルト事アスレットが、真っ赤な顔して目を見開いていた。


「ああ、おはよう〜」


「布団の中で着替えろよっ俺がいるんだぞっ?」


「寝てたじゃないっどうでもいいけど、挨拶くらいしなさいよね?」


「責めて一声掛けろよっ」


「あら、ごめんなさい」


アルメリアの態度が気に入らなかったのだろう。枕を投げ付けてきた。不意打ちの攻撃に悲鳴をあげて布団に倒れ込む。


「きゃっ?」


背中につかり床に落ちた枕を睨み付けたアルメリアが、枕を拾い上げると口をへの字にしたアスレットは、ふんと顔を背ける。


「まだ、怒ってるの?」


呆れたように首を傾げてから大きな溜息を吐き出す。


「生理的に受け付けないおじ様にキスされるのを想像してみてっ?心身共に耐えられないでしょう?」


「つまり、俺を庇ったんだな?」


「違うわよっ」


咄嗟に声を張る。プライドの高いアスレットは、庇われることが嫌いなのだ。


「じゃあ、この宝石はなんだ?」


アスレットが向けて見せてきたのは、以前アルメリアが預けた青い宝石と台座に赤い宝石が付いたブローチであった。   


「それはお守りでしょう?逆の立場ならあんたは、私に伝えたの?私、不安で夜も眠れないかもしれないわよ?」


「‥‥」


「そんなに繊細かよ」と、ボソリと呟いたアスレットの減らず口にアルメリアが埃を払った枕を振り上げる。


「繊細なのよっ平穏な日々を守る為には、黙っていた方が良いこともあるでしょうっ?秀くんは、何も知らずに悲劇を回避したわよ。話題にしなければイベントは、起こらないかもしれないじゃないっ?」


飛んでくる枕を難なく片手で掴んだアスレットが、こちらに視線を向けた。その視線には苛立ちが顕著だった。


「なんでそこに座ってるんだよっ?」


「ん?」


自分のベットに座っただけだ。アルメリアは目を丸くして首を傾げてみせる。


「出てけよっ」


思わず口を開いて人差し指を向けたアルメリアは、全てを察した。


「あっ!あんた、私を警戒してるのね?身の危険を感じてるんでしょうっ?私は、幼気いたいけな少年をひん剥いたりしないわよっ」


片手を振って揶揄うと、目尻を吊り上げたアスレットが声を張る。


「いいから出てけっ」


「もう、ちょっと揶揄っただけじゃないの」


完全に立場が逆だ。仕方なく割り与えらている船室から出てドアの前に立ち背中を預けたアルメリアは、食堂へ向かう船員達が、通り過ぎていくのを流し見る。声が大きかったのだろうか。通り過ぎる船員が、不思議そうな視線をアルメリアに向けてくる。恥ずかしさに俯いた時、部屋のドアが開いてバランスを崩す。その背をアスレットが片手で支えた。


「ほら、遅れるぞ」


「うん」


ぶっきらぼうだが、安心する。


「リラ達のご飯も貰えるかしら?」


「野菜くずで丁度いいだろう?」


並んで歩き出すと不安も感じない。それほど迄に一緒にいた人なのだ。


この日の朝食は、細長いコッペパンとコップ半分のミルク。小さなサラダボールに申し訳ない程度の温野菜が乗っている。それだけだった。

アルメリア達は、屋敷を出てからまともな食事をしておらず、お腹はぺこぺこだ。しかし、小鳥達は人間よりか弱い。

これから力仕事をしなければならないアスレットも気に掛かる。


「あんた、これ食べなさいよ」


パンを半分に割ってアスレットのトレーに乗せたアルメリアは、問答無用でミルクも継ぎ足した。


「おい」


(もう少し何かを持ってくればよかったのよね)


「いいからっこれから力仕事なのよ?皆さんに叱られないように頑張ってね」


アルメリアは、残り半分だけを食べて部屋に持ち帰ることにした。アルメリアができる仕事は、清掃だけなのだ。それが、情けない。


食堂でアスレットと分かれて部屋に戻ったアルメリアは、サラダボールに乗せた野菜と千切ったパンを小鳥達に差し出す。


「ほら、お食べ?私は大丈夫よ?最近、太ったからダイエットだと思えばなんてことないわ」


アルメリアを見上げて小首を傾げて鳴く小鳥達は、不安そうだ。そんな彼らにアルメリアは、満面に笑んで食事を促す。


「あんた達は真ん丸と肥えなさ〜い」


香色の小鳥が、パンを啄み始めると、他の小鳥達もサラダボールに嘴を寄せて食事を始めた。


「お水は気を付けて飲んでね?」


少し深い容器を借りてきたので窒息しないか心配なのだ。水の入った器を収納棚の天板に置いてから「行ってきます」と元気に挨拶して部屋を出たアルメリアは、掃除用具置き場に移動した。


その際にドアは、しっかり閉じて出たつもりでいた。


モップで甲板かんぱんを拭いてからトイレの汚れを確認をする。汲み取り式なので匂いが気になるが、酷い汚れはなかった。手早く掃除を済ませると、客室へと向かいドアを叩く。


「お困りごとはありませんか?」


「シーツを取り替えて頂戴」


貴族の使用人らしき侍女が、ドアを開けて顔を出すと目を細めて命じた。彼女は、アルメリアの見窄らしい服装を見て軽蔑しているようだった。女性が、男性の服を着て働くなど理解し難いのだろう。


「畏まりましたっ」


気にしては負けだ。大きな声で返事をしたアルメリアに侍女が、目を丸くする。「お邪魔します」と、部屋に入室したアルメリアは、ベットのシーツを見て首を傾げる。


「シーツ、汚れていらっしゃらないようですけど‥?」


「だって、気持ち悪いじゃない」


(この人、陸地にいる気分のままなんだわ)


「お言葉ですが、水は船の上では貴重なのです。海水で洗うことはできませんから、汚れたらお声掛けください」


「まっ⁉︎」と驚いて口を手で覆った侍女に背を向けた。そんなアルメリアを彼女は、声を荒げて呼び止めた。


「ちょっと、待ちなさいよっ高い船賃を支払っているのよっ?」


「では、シーツを整えてさせていただきます」


(サービスは大切よね)


「止めてっ汚らわしいっ」


進行を妨害するように追いかけてくると、ベットとアルメリアの間に立って手を叩き払った侍女は、忌々しげに顔を顰める。


(成る程、私がばっちいと‥。それじゃ仕方ないわね)


「ばっちいわたくしはお暇いたしますっ!」


「私は悪くないわよっ!」


負けじと声を張った侍女の声に反応したように客室のドアが開いた。顔を覗かせたのは先輩船員である。


「どうしたんだ、お嬢ちゃん?」


「お客様は、シーツに触られたくないようです。でもシーツは、取り替えて欲しいとのご要望なのです」


「チグハグしてるな。シーツは、もう汚れいるのか?」


船員の言葉は、「もう」に力が入っている。アルメリアが、首を振るうと侍女は、真っ赤になって俯いた。


「もう、よろしいですか?」


顔を覗き込むようにして尋ねると彼女は小さく頷き返す。


「ご主人様に綺麗なシーツで休んで欲しいと思うことはいけないことじゃないわっ」


わっと泣き出した侍女が、顔を両手で覆ってその場に膝を突く。その様子に頭を掻いた船員が、やれやれという具合で肩を落とし去っていく。


「船が陸地を離れましたから水の補給はできません。体を洗い喉を潤す水が足りないと、生きていけないのです。ご理解ください」


侍女を宥めてから新たな部屋のドアを叩く。貴族絡みの接客業は、正直しんどい。女性というだけで見下されることもしばしばだ。しかし、レグザに辿り着くまで仕事に精を出す必要がある。


「お困りごとはありませんか?」


アルメリアは、声を出し続けた。昼食が迫る頃には、盛大に腹の音が鳴り出す。水を飲んで気を紛らすこともできないアルメリアが、掃除道具を抱えて甲板を歩いていると、大きな喝采が聞こえてきた。


(なに?イルカでもいるの?)


早足に向かうと、多くの人々が手摺りに掴まりながら、海を見ていた。その視線を追いかけてみると、船のそばの水面がキラキラと輝いている。


小魚だ。


青い小鳥達が、水面を羽で叩いて魚を誘っているのだ。大きな魚が時折、水面からジャンプして口を開く。着地するそばには小鳥達がいる。


「食べられちゃうっ!」


掃除道具を投げ捨てて手摺りに駆け寄る。


「リラっピョン吉っ」


藍色の鳥は、水を浴びて幸せそうにはしゃいでいる。実に爽快そうだ。


「‥だ、大丈夫なの?」


戸惑う光景である。そんな時に巨大魚が、水面から顔を出して藤色の小鳥を飲み込んだ。


「きゃあーっ!リラっ!竿っいや、網っ」


「落ち着け。あいつらは分かっててやっているんだよ」


平然と声を掛けてきたのはアスレットである。額に布を巻き、袖捲りをしている姿は、海の男そのものだ。


冷静なアスレットの声に海へと視線を戻すと、近くでシマエナガ擬きも魚の口に入ってしまう。だが、直ぐに開いた口から出てきた。


「また、来るぞっ」


他の船員達は興奮している。何かを待っているようだと気が付いたアルメリアが、水面に視線を向けた直後に船の甲板に大きな魚が飛び込んできた。すると、野次馬達が悲鳴のような喝采を上げる。


「あの子達は何をしているのっ?」


「魚取りじゃないのか?」


ハッと正気付いたアルメリアは、小鳥達の数を数えみる。一羽足りない。血の気が引いていく。


「リラが戻っていないわっ!」


急いでモップを拾い上げると大きな魚目掛けて振り上げる。


「リラを返して頂戴っ」


偶然だろう。魚を小突いた瞬間、水面から顔出して藤色の小鳥を吐き出した。甲板に飛んできた小鳥を急いで拾い上げる。


手のひらの上で目を回していた藤色の小鳥が、首を振ると恥ずかしそうに羽で顔を隠す。


「リラっ無事で良かった」


藤色の小鳥を頬に寄せて頬擦りしたアルメリアは、水面で遊ぶ小鳥達に片手を振って合図を出した。


「ピョン吉、戻っていらっしゃいっ!」


呼び掛けに反応した藍色の小鳥が、こちらへ向かって飛んでくると、香色の小鳥もそれを追いかけるようにして船に戻ってきた。


「あいつは呼び戻さなくっていいのか?」


アスレットの視線を追いかけると、シマエナガ擬きがこちらを見詰めていた。器用に横を向いて飛んでいるのだ。黒い瞳は、瞬きすることもなく、見詰めていると吸い込まれそうである。アルメリアと見詰め合うその間も魚達の攻撃をかわし続けているのだから凄いと思う。


(凄い目力だわ)


硬い表情で小鳥を見詰めるアスレットも同じことを考えていそうだ。


「シマエナガっ戻っておいで?」


呼び掛けると少し嬉しそうに羽ばたいた。こちらに戻るために翼を傾けた瞬間に巨大魚が尾鰭おひれで打った。バランスを崩したシマエナガ擬きを巨大魚が一口で飲み込む。一瞬の出来事だった。


「きゃあーっ!シマエナガっ」


手のひらの上の藤色の小鳥が、ピーッと甲高く鳴くと飛んで行こうとする。慌てて手のひらを閉じて制止する。


「リラっ行っちゃ駄目っあんたにもしものことがあったら私、生きていけないわっ」


アスレットに藤色の小鳥を投げ付けるようにして預けたアルメリアは、モップを掴んで手摺りから身を乗り出す。


「ピョン吉も行っちゃ駄目よっ!」


水面を叩いていると、巨大魚が飛び跳ねた。その瞬間、手摺りから飛び立った香色の小鳥が、魚の目を突く。そんな香色の小鳥を尻尾を振って叩き落とそうとする巨大魚を網で掬ってくれたのは、ベテラン船員だった。


「大漁っ大漁っ」


ご満悦な船員が、甲板に巨大魚を下ろすと、野次馬達の喝采が広がった。慌てて魚の口を両手で開いて中を覗き込む。シマエナガ擬きが、しっかりとこちらを見詰めていた。黒い瞳で瞬きもせずにじーっと見詰めてくる姿に威圧感を覚える。仕方なく魚の口に腕を押し込んで小鳥を救い出す。


「もう、やっちゃ駄目よ?」


軽く叱っても小鳥達は何処吹く風だ。四羽揃うと楽しげに囀り始める。


(船旅の間、この子達からも目を離せないわ)


一息ついてアルメリアは微笑んだ。昼食は、焼き魚が振る舞われた。焼き魚にかぶり付くとホロリと身が解れて旨味が口の中で広がる。香ばしい皮には、塩が振ってあるが身の方は、自然そのままの味だ。


(美味しいっリラ達にも食べさせてあげないと)


直ぐに小鳥達の分を小皿に取り分けたアルメリアは、部屋まで運んであげようとした。


「水、貰っていけよ?」


「水?」


小さく頷いたアスレットの助言に従って少し多めの水を持って部屋に向かうと、小鳥達が頻りに翼を振っていた。


(ああ〜ベタつくのね)


海を知らない小鳥達だ。海水のベタつきは、予想外だったと見える。余程、不快なのだろう。身を解した魚を置いてあげても見向きもしない。


アルメリアはハンカチを水で濡らして小鳥達を一羽一羽拭いてやる。


「これに懲りたら海の水で水浴びしないのよ?」


拭かれて気持ちよかったらしい。小鳥達は、目を閉じて幸せそうに喉を鳴らし鳴いていた。


それから、二、三日小鳥達は、大人しく部屋でお留守番をしていてくれた。しかし、アルメリアがお腹を空かせていると彼らは、魚取りを始めるらしく、船の上は大変盛り上りいつしか退屈を紛らわす催し物のようになっていった。

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