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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
エーデルワイス(大切な思い出・勇気・忍耐)
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お嬢様の侍女

親愛なるエルマへ


プリムス家は賑やかよ。双子の姉になったアルメリアは、少し大人びた子なのは以前話したわね。

それで提案なのだけれど、貴女の娘さんと私の娘を引き合わせるのはどうかしら?

仲良くなれるかは分からないけれど、いい経験になるはずよ?




数週間前に出した手紙の返事がレガー家から届いたアナベルは、その日の夕飯の席で家族に話して聞かせた。その話を聞いて興味を抱いた様子のアルメリアが「レガー家へ行きたい」と駄々を捏ねてきたのだ。


可愛い駄々っ子である。娘に甘い夫のジョナサンは「翌週に日時を調整できるよ?」とアナベルに声を掛けてくる。その提案に頷いたアナベルが、もう一度エルマ・レガーに手紙を出して都合を尋ねてみることにしたのである。






診察を終えた医者と何やら話し込んでいたアナベルと執事のエバンスが、退室するのを廊下で待っていたアルメリアは、チラリと部屋のドアから顔を覗かせてみた。


祖母フィカスの検診の結果はあまり良いものではなかったようで多くの薬を処方されたらしい。


表情の暗いフィカスのそばには女医と同行している看護師が、優しい口調で薬の説明をしているようである。


直ぐに手術というのではなさそうだが、気掛かりが見つかったのだろう。机の上の小瓶に視線を向けてからアルメリアは、入室せずにドアを閉めて祈るような気持ちで呟いた。


「おばしゃまげんきだしてね」


(病気に打ち勝ち元気になってください)


少し気落ちした様子の祖母を残して別館から帰宅したアルメリアを待っていたのはジョナサンで、リリーナの代わりの侍女としてクレマチスという少女を紹介してくれたのだ。


「お帰りアルメリア。新しい侍女のクレマチスだ。仲良くするんだよ?」


リリーナより大きなクレマチスは、真紅の瞳と淡い桃色の髪をした少女であり、隣国レグザの密偵なのだ。淑女の礼でクレマチスを迎えたアルメリアにジョナサンは「いつの間に習ったんだい?」と首を傾げて不思議がる。


「おばしゃまにならったのよ?」


此処でクレマチスを要らないと突っ撥ねても別の少女が連れて来られるだけだ。自室へ連れて行ったアルメリアは、クレマチスに人差し指を向けて厳しい表情で声を張る。


「あなたにはちゅーせーをちかちゅってもらうわっ」


この言葉にクレマチスは一度目を丸くしたあとで無表情に戻ってしまう。


「あなた、れぐじゃのしゅぱいでちょう?」


「違います」


「うしょをついてもむだよっ?あなたのごりょうちんもちゅぱいだったのでちょ?ステファニアのないじょうをちらべにきたのでちょっ?」


「‥‥もし、私が密偵だったとしてお嬢様にどんな不都合があるのでしょうか?」


普通のご令嬢なら大した問題ではない。けれど、アルメリアは転生者である。それに勘付いたクレマチスに前世では拉致されてしまったのだ。標的にされる前に手懐ける必要がある。


「いい?あたちはあなたをしゅぱいとしておとしゃまにほうこくしゅることもできるの」


「証拠もないのに?」


クスッと笑ったクレマチスにアルメリアは眉を吊り上げる。アルメリアには、待ちに待ったクレマチスの登場である。この日のためにこちらは入念な下調べをしているのだ。


「あなたのおとしゃまとおかしゃまのなまえをほうこくしゅるわっエバしゅがもうしらべているのよっ?だいちっぱいねっ」


この言葉に漸く恐れを感じた様子のクレマチスは、ゆっくり後退して部屋のドアへと近付いていく。


「にげてもむだよ?あなたのちっぱいはくちゅがえらないわ」


書類の偽装までしたことが明るみに出るのだから、レグザの面目は丸潰れである。


「‥‥」


「いまからでもあたちにちゆーせーをちかいなちゃいっそしたらだまっててあげゆ」


「私に何をさせようというの?」


「れぐじゃにかえってわたちのしじどーりうごいてもらうわ。それまでにあなたには、しゅくじよのおべんきょーをちてもらうわっ」


「私が淑女っ?」


「そうよ?あなたがれぐじゃのせいじょになるのよっ」


(私の手足という名の聖なる乙女にねっ)


クレマチスの所為でアルメリアは、聖なる乙女という駒にされたのだから次の駒にされるのは運命である。彼女に似合いの宿命であろうと微笑んだアルメリアの表情は悪役そのものだった。


祖母に強請って家庭教師とマナーの先生を付けたアルメリアは授業をサボり続けた。その穴を埋めたのはクレマチスである。初歩の勉強はする必要がないが、彼女の学力を試すために夜には習ったことを発表させている。


決して復讐ではなく復習として繰り返すアルメリアにクレマチスは、不満を見せないが悔しいのは丸分かりである。


「ちがうわっもっとゆーがにひざをおるのよっここもねんごぅがちがう」


「何故、授業に出ていない人に分かるよのっ」


「わたちは、てんしゃいなのよっ」


何度も言っているのに彼女は理解力がない。


「世界史なんて詳しくなくってもいいのよ、別に」


「おーぞくこばかにしゃれながらいきていくの?」


彼女は書類上は移民となっている。隣国が流暢りゅうちょうなのが決め手になったのだ。もう、偽るつもりがない様子のクレマチスに呆れたような視線を向けた。これに顰めっ面を返したクレマチスは、アルメリアが身分の差を理解していないと思い込んでいる。


「私みたいな下っ端は王族になんて会えないのよ?何度も言わせないで。天才なんでしょう?」


何処か小馬鹿にしたような台詞である。


「なんどもいうわよ。あなたはいじゅれせーなるおとめになゆの。いやでもいつもおーぞくとかおをあわせゆのよっそーゆーう・ん・め・いなのよっ!」


ふたりで盛大な溜息を吐いてしまう。


「分かったわよ。丁寧に教えるわ。貴女は甘やかされているみたいだし‥」


「んっ」


あかぎれた手を見せてやる。草木に気触かぶれることもあるし、毛虫の毛が飛んでくることもある。けれど、質の良い素材を採取することを他人任せにする筈はない。弟子なら尚の事だ。


「何故、貴女のお婆様は何も言わないのよ‥」


呆れた様子のクレマチスにアルメリアは目を細める。祖母のフィカスは、アルメリアがライラック学園の上位クラス、ニクロスに入れる学力があることを知っている。

今更、勉強しろという筈はないし、教師には面子がある。幾ら教子が駄々を捏ねても教鞭を振るうことを止めてしまうことはできない。貴族令嬢が相手なのだから下手を反感を買えば教職を辞める事態に発展するのだ。


(まだまだ子供ね)


前世では、何を考えているのか計り知れない彼女が大人に見えていた。しかし、一回り以上の経験があるから分かる。まだまだ彼女は青いと‥。


「あなたはいわれたとおりちゅキンケアちてねなしゃい。いまはそれでいいのよ」


「毎日毎日お風呂に入る意味が分からないわっおやすみなさいませ、お嬢様っ」


ドアを叩き締めるようにして出て行ったクレマチスにムッとしたアルメリアは、日記帳に書き込んでいく。クレマチスに何れ渡すことになるスケジュール帳を完成させる必要があるのだ。




「どうしてよっ⁉︎」


「あちゃまのわるいせーじょはひつようないのよ?」


唖然とするクレマチスを残して笑顔で手を振ったアルメリアは、両親ときょうだいの乗った馬車に乗り込んでいく。


クレマチスの背後にはマナーの先生と家庭教師が佇んでいた。


「私は養女じゃないのよーっ⁉︎」


腕に抱えた紙袋にはレガー家に渡すお土産の茶葉とムンカの粉が入っている。

にこにことしているアルメリアに両親も穏やかな表情を向けていた。何も知らない両親はただアルメリアに甘いだけだが、クレマチスから習っていると信じているので厳しく叱咤することはない。


「いい気分転換になるよ?」


「そうね。ずっとお屋敷に閉じ籠もっているものね。貴女は思いっ切り遊ぶことも必要だわ」


「わたちとおなじくらいのおんなのこがいゆのよね?なかよくなりちゃいわ」


「アルメリアなら大丈夫。直ぐに仲良くなれるよ」


ジョナサンの言葉に小さな子供の世話を手伝うために同行していたリリーナが苦笑いを浮かべている。睨み付けるとリリーナは視線を足元へ落としてしまう。強かなリリーナが他の侍女とアルメリアを「呑気なお嬢様」と呼んでいるのは知っている。何れ一泡吹かせてやるつもりなのだ。


(エバンスも躾が甘いんだからっ)


足りない躾は主人の勤めだ。馬車の中でもじっとしていられない双子は、父ジョナサンに似ている。


「ラムダス、フローラ座っていて頂戴?」


よちよち歩きを始めた双子は椅子の上に立ち上がったり、通路を行ったり来たりしながらヨロヨロ、コロコロ動き回る。


ラムダスと名付けたのは父ジョナサン。フローラと名付けたのは母アナベル。結婚した日に男の子は父親が、女の子は母親が、名付けると決めていたらしい。


(健やかにもちもちしてるわね)


注意深くぷっくりしたほっぺや小さな紅葉の手を見詰めながら、アルメリアは時折後頭部をぶつけそうになる双子を代わる代わる支えてやる。

この馬車は全面に絨毯が敷かれているので、入り口で靴を脱いで座るのだ。なので、ドレスが泥だらけということはないが、何処でも寝そべってしまう幼児からは目が離せない。


「リリーナ、おもちゃはないの?」


「あっございます。すっすみません」


まだ何も言ってないのに謝るからこちらが悪者みたいだ。


双子におもちゃを渡すと直ぐに夢中になって遊び出す。


「アルメリアは茶葉を持ってきたのね?」


「えぇ、おかしゃま。おばしゃまといっしょにつくったちゃばよ」


本当はアルメリアだけで調合した茶葉を祖母に試飲してもらって合格をもらったものだが、そこまで説明する必要はない。


「お母様を納得させられるなんて凄いわ」


優しく撫でてくれるアナベルにアルメリアは微笑んだ。


「とりしゃんのおかげよ?」


「青い鳥に好かれている令嬢だと王宮でも噂になっているよ。両陛下からリゼル王子のお茶会にアルメリアを同席して欲しいと言われている。アナベル、どうかな?」


(えぇっ⁉︎)


リゼル王子のお茶会とは五歳のお誕生日のことだ。まだ一年程先の話だが、そのお茶会には是非参加したい。


「その頃ならアルメリアも落ち着いているかもしれないわね」


「当日はレガー家にも招待状が届く筈だから、アナイス嬢と仲良く参加できるよ?」


前世のアナイス事天音優は王宮のお茶会を徹底的に拒んでいたらしいが、今世ではどうだろう。天音優に貴女の運命の相手はユリアス・ステファニアではないと教えてあげれば、一緒にリゼルの事件を未然に防ぐ手立てを考えてくれるかもしれない。

今回、アナイス・レガーを悪役令嬢にさせるつもりはない。性格の悪いメインヒーローのユリアス・ステファニアの婚約者もさる事ながら冤罪の国外追放なんて論外だ。親友は必ず守るつもりでいる。にっこりと笑んだアルメリアに両親も穏やかに微笑んでいた。

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