商品開発
「これで完成ね?」
「そうだな」
前世の天音優の商品を参考に幾つかの試作品に改良を加え試行錯誤を繰り返し漸く完成へと辿り着いたナプキンと紙オムツは、日本の商品と似た形になっていた。
アルメリアとアスレットの新事業に投資をしてくれたのはジョナサンとレガー伯爵だった。レガー領のジミーという職人は、商品開発に前向きであり、様々なアドバイスをしてくれた。アルメリア達が学業に専念する傍らで彼は、率先して試作品作りを引き受けてくれたのだ。
レガー伯爵の信頼が厚いジミーは、豊富な知識とそれに伴う経験や人脈を活かしてアルメリアが伝えた形の再現を試みてくれる。
彼が熱心に取り組んでくれたお陰で、思い描く商品が形になるのは早かった。
「これは、もしも時に備えてレガー家ともプリムス家とも属さない会社で販売しましょう?」
「新しく会社を立ち上げるのか?」
「そうよ。社長はアッくんよ?」
「でも、それじゃあ不公平だろう?」
案じ顔のアルフェルト事アスレットにアルメリアは首を振るう。もし、アナイス・レガーに国外追放が下されることかあれば、レガー夫妻は全てを失う。アルフェルト事アスレットにも悲劇が襲うのだ。それは避けたい。プライドの高いアスレットに耐えられる仕打ちとは到底思えないから、できる備えをしておきたいのだ。
(恐らく国は、前世同様にレガー家の領地と全財産を没収するでしょうね。それはアスレットも理解している筈だわ)
けれど、国に取り上げられない資金があれば起死回生の糸口になってくれる筈である。国に帰属するのは、レガー伯爵が所有する資産だけだ。その息子のアルフェルトが、社長として起業した会社が共同経営になっていれば、共同経営者に損害を与えることはできないので、国は関与できない。
「ジミーさんには、共同経営者として副社長を務めてもらいましょう?娘のジェニーさんも助けてくれる筈よ」
彼らはレガー夫妻に恩義を感じている。平民のジミーは、爵位が剥奪されても手のひらを返す自分本位な貴族とは違う。力さえ備えていれば、いざという時にレガー夫妻を助けてくれるだろう。
「勿論、投資者には利益が配当されるわ。レガー家もプリムス家も何も言わない筈よ?」
(まだ、起こるかも分からない事件を告げて悪戯に不安を煽る必要はないわよね?)
小首を傾げて尋ねるとアルフェルト事アスレットは、渋い顔のまま頷いた。
今、ジョナサンは、絶対安静を言い渡されて仕事が熟せない状況であり、助言も頼めない。今後は、アスレットに任せた方がレガー伯爵との相談もし易いだろう。
善は急げという。早速、工房で作業するジミーに事情を説明すると、少し驚いた様子の彼は、頭を掻いて困り顔をする。困惑させてしまったようだ。
「いいじゃないっ父さん。ご子息様を助けるのも恩義に報いることよっ」
明るくその背を叩いた娘のジェニーには感謝だ。
「そうか?」
躊躇うジミーの視線はアルメリアに向かう。視線だけで隣を窺うと「お願いします」とアスレットが頭を下げた。
「坊ちゃん困りますっ頭を上げてくださいっ!その‥自分でよろしければ‥」
少し自信のなさそうなジミーの返事にアスレットと微笑み合う。
「会社は、商品を預けている建物を使います。社名登録は、エバンスがしてくれている筈だわ。予定通り明日から品物を販売します。ジミーさんジェニーさん、改めてよろしくお願いします」
アルメリアが頭を下げようとすると、目を丸くしたジェニーが、両手を壁にして止める。
「任せてくださいっかなり多くの方々が声を掛けてくださっているので心配は入りませんよ」
「試供品の配布の試みが功を奏したと言えそうですね」
片手を腰に当てて胸を張ったジェニーの隣でジミーが満足そうに微笑んだ。
「レガー伯爵には俺の方から説明する」
「お願いね?」
工房の馬小屋に預けていた愛馬の背に跨ったアルフェルトと別れたアルメリアは、屋敷に戻ると真っ先にジョナサンとアナベルの様子を窺いに向かう。原因不明の病と戦っている両親は、毎日欠かさずにアリストロメリアの紅茶を飲んでいる。もう少しの辛抱だと信じるしかない。
「お姉様、僕に手伝えることはある?」
「大丈夫よ。エバンスに習って仕事を覚えるのも大変でしょう?無理はしないでね」
ジョナサンとアナベルは次第に回復しているようで、フローラには気掛かりだった。絶え絶えだった呼吸も安定してきている。フローラは、爪を噛むことで焦りを紛らわせた。
(偽善者っ)
優しい振りをしてラムダスに取り入るアルメリアが心底憎らしい。素直に頷き返したラムダスは、心配そうにベットに横たわる両親の顔を見ていた。
「お父様、お母様。少し紅茶を飲んでくださいね」
「済まないね」
「ありがとう、アメリア」
まだ、体に力が入らない両親の体を支えて上体を起こし、吸飲みで冷ました紅茶を飲ませたアルメリアが、布団を整え「ゆっくり休んでくださいね」と声を掛けると、ふたりは微笑むように目を閉じた。アルメリアが、ティーポットなどを乗せたトレーを持ち上げて部屋を出て行くと、ラムダスも書斎に向かおうと歩き出す。そこでフローラは、ラムダスを追いかけて廊下で呼び止めた。
「このまま、お父様とお母様が回復しなければラムダスがプリムス家の当主になるのよ?」
足を止めたラムダスは振り向くことをしなかった。
「ラムダスが当主として統治権を譲り受けたら、お姉様の婚約を白紙に戻して欲しいのっ」
両手を握って懇願する。新当主の意向ならレガー家も拒むことができない。ラムダスがアルメリアを嫁に出さないと宣言すれば全てが丸く収まるのだ。ほとぼりが冷めた頃にラムダスが、フローラをレガー伯爵に勧めてくれれば、アルフェルトと婚約できる筈だ。
「そもそもお姉様は、聖女なのだから教会で暮らせばいいのよっ」
ステファニアでは、聖女や聖人と呼ばれる多くの人が生涯教会で暮らすのだ。アルメリアだけ、特別扱いなのは狡い。
「ねぇ?ラムダス?」
可愛く小首を傾げてお強請りしてみるが、振り向いたラムダスは、この提案を受け入れなかった。首を振ったラムダスは、きっぱりとした口調で告げる。
「若い僕が、後継者としてプリムス領を統治するには、後ろ盾が必要になってくるんだ。お姉様が、アルフェルト様と結婚してくれればレガー伯爵は、援助してくださるだろう?そうなれば暫くは安泰なんだ」
「どうしてそうなるのよっ!」
「フローラ、僕たちだけではお父様が残してくださった財産を食い潰すことしかできないんだっいい加減分かってくれよっ!」
突っ撥ねようとするラムダスにフローラの苛立ちが増す。
(こいつも邪魔だわ)
「もういいわよっ!」
頭の固いラムダスを横切ってフローラは、自室へと向かい歩き出した。
(私が統治権を持てば面倒は減らせるのよっ)
他国では女性当主が存在する。ステファニアの考えが遅れているのだ。
身勝手な考えに支配されたフローラは、その日のうちに教会に手紙を書いた。自分を擁護して欲しいと懇願し、アルメリアを聖女として教会に迎え入れるようにと書き綴った手紙を自分の手で教会へと届けたのだ。




