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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
ライラック(青春の思い出)
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フローラの渇望

この日の真夜中。プリムス家の屋敷は騒がしかった。屋敷の中は、起き出した使用人達が野次馬のようになって廊下に溢れ出し、慌ただしく動き回り看病する侍女達を見詰めている。しかし、それも医師を呼びに向かった侍従が戻ってくるまでの辛抱だろう。


寝巻きのまま部屋から出てきたアルメリアに青い顔したラムダスが縋るように声を掛けてきた。


「大丈夫だよね?」


「大丈夫よ。直きにお医者がいらっしゃるわ」


「お嬢様っお坊ちゃまっお部屋で待機していてください。うつるかもしれませんっ」


階下まで下りてきていたアルメリアとラムダスに声を掛けたのは、銀のボールを抱えたリリーナである。ボールの中には、氷が見える。


「お医者がお見えになられたらお嬢様達も診察していただくとのことです」


指示を出しているのはエバンスだろう。


ジョナサンは書斎で、アナベルは居間で倒れたらしくエバンスは、ふたりを無理に動かすことをせずに近くのソファーに横たえて様子を見守る選択をしたようだった。


侍従の案内で屋敷の中へやってきたふたりの医者は、こちらに一瞥も向けずに書斎と居間とに別れて入室した。女性のアナベルが倒れたと聞いて機転を利かし、女医を連れてきたというところだろう。


プリムス家で長年世話になっている医者は、プリムス領の町で大きな病院を運営している。勤務医だった彼の祖父が、開業する際に当時のプリムス家当主が、多額の援助金を用立て寄付したことで、今日に続く深い繋がりが生まれたらしい。


暫くして書斎から出てきた医師は、難しい顔で廊下に出てくると、遅れて居間から出てきた女医と声を潜めて何かを話し込んでいた。


「お父様とお母様はっ?」


心配になったアルメリアとラムダスが駆け寄ると、医者は首を振るう。


「原因が分かりませんでした。おふたりの体は健康そのものなのです。しかし、呼吸が弱く‥」


「原因不明ってそんなの困りますっ」


「ラムダスっお医者様は匙を投げた訳じゃないわ」


ステファニアでは女性に継承権がない。当主のジョナサンにもしものことがあれば、嫡男のラムダスに全責任が重くし掛かるのだ。彼が大きな不安を抱えているのは言うまでもない。


「滋養のつく食事を摂り、体力の低下を妨げる必要があります」


「薬はっ?」


医者の治療方針にラムダスが驚いたような声を張る。


「無闇に薬を処方するよりは食事療法がよろしいかと思われます」


「真夜中に来てくださってありがとうございます」


軽く頭を下げたアルメリアがお礼を伝えると、硬い表情を浮かべていた医者が、視線を向けた。その目が優しい。


「患者様が落ち着くまで私か女医のナンシーが、お屋敷で待機いたします。体調が優れない時は、遠慮なくお声掛けください」


「はい。そうさせていただきます」


一度、振り返り書斎と居間を気にしたアルメリアは、医者達にその後を任せて自室へと戻ると、窓を開いて小鳥達を室内に招いた。


(前世ではこんなことなかったわ)


行方不明のアルメリアを探すために両親は、国内を懸命に捜索していた。無事レグザで再会したアルメリア達は、離れていた空白を埋めるように沢山の話をしたが、その途中で倒れたという話を聞いたことはなかった。黙っていただけだろうか。


ベットまでやってきて羽を休めた小鳥達は、思い思いの場所で寛ぐ。


「ふふふ、ピョン吉、あなたのお母様はあなたにべったりね」


香色の小鳥は、藍色の小鳥と身を寄せ合って目を閉じる。アルメリアには、自身の体温で温めているように見えた。その姿が愛らしくって微笑んだアルメリアは、藤色の小鳥を手のひらに乗せて指先で頭を撫でる。


「リラ、お父様とお母様が倒れたの。原因が分からないらしいわ」


不安な気持ちを吐き出すように告げると小鳥達が、心配するように小首を傾げ小さく鳴いた。


「そうよね。私が落ち込んでは駄目よね。ふたりには、苦労を掛けたのだから。今度は私の番よっ」


空元気で立ち上がろうとした時、ズキっとこめかみ辺りが痛んだ。痛むところに手を添えたアルメリアの体が、前屈みに崩れそうになる。


「ぴーっ!」


「ピーピーッ!」


目が閉じられる瞬間に小鳥達が宙を飛び、全身で力強く羽ばたき何かを弾き飛ばした。アルメリアの体を包んだ青白い光が、ガラスのように割れて空中で溶けて消えていく。


「何が起こったの?」


スッと痛みが引いて意識がはっきりとしてくるが、意味が分からない。


「きゃあーっ‼︎」


近くの部屋から女性の悲鳴が上がり、急いで廊下へと出て様子を見に行こうとした。しかし、アルメリアが、ベットから腰を上げた瞬間、小鳥達が激しく鳴いた。振り返り布団の上を確認すると、シマエナガ擬きがぐったりしている。他の小鳥達も疲れてしまったようで、羽を広げて屈んでいる。飛び回ることをしない小鳥を両手で掬うように持ち上げて、状態を確認するが怪我はなさそうだ。


部屋のドアをゆっくり慎重に開いて外の様子を確認すると、廊下を駆けて来る人の姿があった。


「フローラっどうしたんだよっ?大丈夫か?」


迷うことなく閉じられたフローラの部屋のドアを叩いて声を張ったのは、ラムダスだった。瞬時に声を聞き分けられたのは、凄いと言わざるを得ない。


「放って置いてっ!」


怒鳴り付けるような返事をしたフローラは、苛立っているようだった。部屋の中から出てくる気配はない。


「‥‥何かあったら呼べよ?」


フローラが返事をすることはなかった。部屋の前で溜息を吐いたラムダスは、仕方なさそうに踵を返す。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


視線が合ったラムダスに声を掛けられたアルメリアは、何とか挨拶を返したが、頭の中は混乱状態だった。




庭に馬車が止まる音を聞いたフローラは、部屋からそっと顔を出した。懸命に耳をそばだてて話し声を聞き取ろうとしていると、階下にいると思われるラムダスの声が響いてきた。


「原因不明ってそんなの困りますっ」


この声を聞いて確信が持てたフローラは、部屋の中へと引っ込んでドアの鍵を掛ける。


(凄いわっこの人形は私を守ってくれたのねっ)


こっそりとフローラを教会に送ろうとしていた両親に天罰を与えてくれた救世主だと思えて嬉しかった。


「不思議な力は本物だわ」


信じ難い幸運が舞い込んだのだ。


「そうよね。ふたりの命とひとりの命を比べるべきじゃないわ。お母様は、間違っていたのよ。私には、私の気持ちが一番大切だものっ」


机の引き出しから人形を取り出したフローラの頭の中を駆け巡るのは理不尽だと感じていた出来事だった。その中でも一番の不満は、フローラとラムダスの誕生日で明かされた婚約発表だった。アルフェルトに気持ちを寄せているフローラの気持ちが全く考慮されていない無配慮な行動だった。


「お父様は、私を守ってくれなかった。いつもお姉様を庇ってばかりで‥不公平だったのよ」


そう理解したフローラは、裁縫箱のまち針を掴んみ人形に刺した。


「お願い。お姉様を‥」


アルメリアが倒れればいいと念じながら深く針を刺し込む。途端に針の先が、引っ掛かるように重くなって異変を感じたフローラが、針に力を込めて押す。


一瞬の出来事だった。青白い光が目の前で光ってガラスのように降り注ぐ。思わず目を閉じて叫んだ。


「きゃあーっ‼︎」


顔中が痛い。誰かの足音が急速に近づいてくると自室のドアが叩かれる。


「フローラっどうしたんだよっ?大丈夫か?」


ドアを叩く音に振り向くとラムダスの声が響いてくる。苛立たしいだけだ。


(煩いわねっ)


「放って置いてっ!」


顔の痛みが引かないフローラは、化粧台の鏡に自分の顔を映して確認した。顔が赤く腫れている。


「‥‥何かあったら呼べよ?」


疲れたようなラムダスの声がして足音が遠ざかっていく。しかし、言える筈もない。


「何よ‥‥何なのよ‥これはっ」


手のひらで頬に触れると針を刺すように痛んだ。

床に転がった人形を確認すると、青白い光を放ちながら燃えていた。急いでひとり掛けのソファーの上のクッションを掴んで人形にぶつけて火消しを試みるが、炎が消えた時には、大半が燃えてしまったあとだった。



翌日、顔に針で刺されたような痕ができてしまったフローラは、化粧で隠して学園へと向かった。屋敷の中は、相変わらず落ち着きがない状況であったが、気にする余裕もない。

気落ちするフローラは、自席に向かって愕然とする。机の中が、荒らされていたのだ。辺りを見渡しても皆が知らぬ振りをしていて目を合わせる人は誰もいない。悔しい気持ちで机を片付けていると、見知らぬ生徒が近付いてきた。


「プリムスさん、少しよろしいかしら?」


「何よっ見て分からないっ?今忙しいのよっ」


「上級生が貴女を呼んでいるわ」


上級生に呼び出される意味が分からない。仕方なく彼女に付いて行くと、裏庭へと案内された。辺りを見渡しても誰の姿もない。人気のなさに訝しんだフローラは、足を止めて声を掛ける。


「ねぇ?私を呼んだ上級生は‥」


「何処?」と聞く前に空中から降ってきた水を頭から被って、びしょ濡れになってしまう。化粧も落ちてしまっただろう。愕然とするフローラを残して女生徒は走り去っていく。クスクスと笑う声がして校舎を見上げると二階の窓が開いていた。


「セアラ、少しやりすぎじゃない?」


「ルーシー、大丈夫よ。だってこれが私たちの意見なんだから」


(セディアラとルシルなの‥?)


彼女達は、先日の誕生日パーティーにも呼んだ令嬢達である。昨日、彼女達はフローラに不満の声を掛けてきた。その時、フローラは、まともに相手をしなかった。恨みを買ったのだろうか。


(そんな些細なことで?)


二階のドアを閉じる音がして人の気配が消えた。


(こんな姿じゃあ、教室に戻れないわっ)


視界が暈けてしまう。それを払うように手で拭う。フローラが、ひとりで泣いていると、裏庭の奥からアルフェルトと見知らぬ男子生徒が、猫を抱えて歩いてきた。フローラに気が付いたアルフェルトが、駆け寄り案じ顔を向けてくれる。


「どうしたんだよっ?びしょ濡れじゃないか」


「アルフェルトの知り合いか?」


「ああ、アルメリアの妹だよ」


(お姉様‥そうよっお姉様がやらせたんだわっ)


今までの腹癒せにルシル達に命じたのだとフローラの直感が訴える。


「お姉様の友達が教室まで呼びにきたのっそしたら水を掛けられたわっ」


怒りで声を張ったフローラに猫を抱えた男子生徒が、校舎を見上げて首を傾げる。


「あの辺ってトイレがある辺りだよな。掃除の水でも落ちてきたのか?」


「朝に二階のトイレを使う生徒は少ない。此処は、人目の付かない場所だから目撃者はいないかもしれないな」


「だからお姉様がっ!」


「フローラ、アメリアはそんなことはしないよ」


迷いのない瞳を向けるアルフェルトは、確信を抱いているようだった。


「やるならバケツ持ってこの場にいるだろう?そんで自分までびしょ濡れになっていそうだよな」


可笑しそうに男子生徒が笑うとアルフェルトも頷き返した。


「フローラは、俺が救護室まで連れて行く。アルバートン、猫を頼めるか?」


「ああ、大丈夫だ。しかし、ニキビか?頬が赤く腫れてるぞ?」


ヒスイカズラを思わせる瞳で覗き込むように見詰めてきたアルバートは、優し気に微笑む。


「養護教諭に一緒に見てもらえよっ?」


幼い子供に言い聞かせるみたいに声を掛けてきたアルバートンは、膨れっ面で返事もしないフローラを注意することもなく、そのまま背を向けて去っていく。


(どうして誰も信じてくれないのよっ)


懸命に拳を握っても涙が溢れてくる。


「風邪を引く前に救護室へ行くぞ?」


声を掛けてきたアルフェルトに抱き付いて泣き続けた。そんなフローラをアルフェルトは、振り払うことはしなかった。


(やっぱり私の王子様は、アルフェルト様なのよ)


優しくされて益々思う。過去にフローラを助けてくれたのはアルフェルトだ。今、強く運命を感じる。


(この人しかいないっ)


そう強く思ってしまった。何としてアルフェルトが欲しい。フローラの心を占める渇望が暴れるようだった。

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