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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
ライラック(青春の思い出)
45/93

決闘

プリムス家の屋敷に戻ったアルメリアは、客間にアスレットを案内してから午後から開かれるパーティーの支度するために自室へと向かう。


部屋に戻って真っ直ぐ宙を舞うようにベットへ飛び乗ったアルメリアに侍女が驚いて声を張る。


「お嬢様っ?」


(私がアルフェルト様っアルフェルト様って騒いでいた時、アスレットはどんな気持ちでいたのかな‥)


「私って最低ね‥」


告白されていないからまだ答えを先に延ばせると考えてしまう。卑怯な自分に向き合うには、まだ何かが足りないのだ。


(初恋の未練が捨て切れないのよ)


「私、怨霊の塊だわっ」


「お嬢様っ訳の分からないことばかり仰っていないで、ベットから降りてお支度の準備をなさってくださいませっ」


いつもは大人しい侍女に叱られて我に返ったアルメリアは、ベットから降りてドレスのポケットから鍵を取り出す。その小さな真鍮の鍵で宝石箱の中に仕舞われている髪飾りを取り出した。


(アスレットの気持ち)


インペリアルトパーズは、守護石だとレグザにいた頃に習った。皇帝のトパーズという意味があるインペリアルトパーズは、神の知恵が宿る守護石であり、愛と幸せを呼び込む効果があるとも言われているらしい。


(道を踏み外してもアスレットは、ステファニアの国王になる人だから、この誕生石も相応しいと言えるわね)


暫く髪飾りの宝石を手のひらの上に置いて眺めていたアルメリアは、パーティードレスを持ってきた侍女に急かされて着替えを始めた。


落ち着いたオレンジ色のドレスは、スレンダーラインの大人らしい雰囲気で、ベージュの布がスカートから覗く二色使いのデザインも気に入っている。髪を緩く巻いて纏めたハーフアップの髪に髪飾りを付けて化粧を施せば完成である。


多くのお客様を出迎える心の準備はしていたが、まさかのお客様に目を見張ってしまう。


「彼らは?」


父のジョナサンも驚いたようである。


「エドガー伯爵の一人息子だぞっ?」


「邪魔だなっ」


入り口で挨拶を交わしてしたお客様を威圧するように凄んで我が物顔でやって来たのは、一年生の問題児達であった。


「お父様、その。同じニクロスの生徒なんだ。‥‥ごめんなさい」


上手い言い訳ができなかったラムダスが目を伏せて唇を噛み締める。恥じているのだろう。


(脅されたのね)


「なんなの?」


「関わりたくないわ」


戸惑いが混じった不快な声があちこちから囁くように聞こえてくる。


「じゃあ、こっちは侯爵家だな」


揶揄うようにして場を和ませたのはアレン・カーストンだった。カーストン家の登場に意表を突かれた客人達の視線は、一気に集まる。不躾な視線に慣れているようなアレンは、気さくな振る舞いでラムダスへと手を振って微笑み掛ける。背後からは正装に身を包んだエドモン・カーソンとアレン・ウィリアムの姿も確認できた。どう見ても紳士的な一行に女性達の視線は釘付けである。

侯爵家と関わりになりたい家門は幾らでもいる。同伴した保護者達でさえ隙を見計らっているのが伝わってくるようだった。慎重な息遣いや視線が、その場を支配する。その雰囲気が面白くないようでフレデリック達は、忌々しげに舌打ちする。


「アメリア」


呼ばれて振り向くと正装に整えたアルフェルト事アスレットが、屋敷の奥からレガー伯爵と一緒にやってきた。後方には、アナイスとエルマ夫人の姿もある。


(お母様がお呼びしたのね‥‥あれ?)


アナイスの胸元に揺れて煌めくのはアメジストの宝石だった。今は、赤い宝石が流行っているので、若い令嬢達は何かしらの赤い宝石がついた装身具を好んで身に付けている。そんな中で紫色の装身具で纏めたアナイスの姿は目立つのだ。


「流行を知らないのかしらね」


皮肉な言葉を呟いたのはフローラだった。その言葉に反応して意地悪く笑う少女達がちらほらといた。恐らくフローラが招いた同級生だろう。

けれど、アルメリアのリボンを身に付けたフローラが言えた台詞ではない。


(自分は常識を知らないのよね)


「お越しくださってありがとうございます。あら、その宝石は誰かからの贈り物かしら?」


凝った作りをしているペンダントトップの台座についた澄んだアメジストの宝石は高級感があり、一目で特別な品だと分かる。


「ええ」


頬を染めたアナイスが恥じらう。その姿にアルメリアは、ハッと息を飲んだ。髪を何気なく押さえたアナイスの左手の小指には指輪が嵌めてあった。婚約者がいる女性は、何かしらの意思表示をすることがある。ステファニアでは、指輪交換はあまり浸透していないが、とある身分の人だけは伝統的な習慣から贈ることもあるのだ。左手の小指に婚約指輪は嵌められる。決定的だと言えそうだ。紫色に意味があるなら相手は一人だけ。


(アナちゃんが言うまで知らぬ振りをしなくては)


「お相手はセンスがないのねっ」


ムッとしたフローラが負けじと口を挟むが、形勢は不利だと周りが理解したようで「おめでとうございます」と声を掛ける少女達がいた。


隣まで歩いてきたアルフェルト事アスレットが腕を向けてきたので、その腕の内側に手を添えて会場に向かおうと姿勢を正す。


「アルフェルト様っ私のエスコートをしてくださいっ」


引き留めるように背後から声を張ったのはフローラだ。


「フローラ、断った筈だろう?」


不機嫌そうな表情で振り向いたアスレットの言葉にフローラがたじろぐ。


「でもっ私には婚約者がいません。ラムダスには、相手がいるから私の相手はできませんよね?」


「フローラ、私が一緒に出るからせがむのをやめなさい」


「お父様と一緒なんて嫌よっ!まさか、ダンスもお父様と踊らせるつもりっ?私が恥を掻くだけじゃないっ!」


「それで僕に相手を見つけろって騒いでいたのか?」


呆れたようなラムダスの隣にはニーナの姿があった。恐らく、アナベルが屋敷を出る際にニーナに持たせたドレスを纏ってやってきたに違いない。そこにアナベルの装身具を足して仕上げたのだろう。美しい装いをしたニーナは、何処へ出しても恥ずかしくない令嬢の姿であった。


(今更ニーナを帰すことはできないわ)


「フローラっ」


「絶対に嫌っ‼︎」


父のジョナサンが叱るが、フローラは意固地になるばかりである。このままでは、フローラは泣き出して誕生日パーティーを欠席してしまうだろう。そうなれば、集まってくれた招待客に失礼だ。良くない噂にもなってしまう。


「アッくん、最初のダンスだけは踊ってあげて?」


「エスコートはしない。それでいいな?」


「ええ、ありがとう。フローラ、聞き分けて頂戴?」


それだけ言うとアルメリアは、アスレットに視線を向けて歩き出した。返事をしないフローラに、誰も声を掛けることはなかった。


パーティー会場は、アルメリアが十五歳の誕生日より豪華な飾り付けが目立つ。だが、同じ形式を選んだようだ。食事を楽しめる立食用のテーブルから離れた場所にパートナーとダンスを楽しめる空間が確保されていた。


視線に恥じらうようなニーナをエスコートするラムダスの後ろからフローラはひとりで歩いてくる。父ジョナサンがエスコートするのは妻のアナベルであった。


「ねぇ、あの子。エスコートする人はいなかったの?」


アルメリアに近付いて声を掛けてきたのはアイラ・シャーロットであった。


「アイラさん、ご機嫌よう。お相手の方は?」


招待客に挨拶するジョナサンの声を邪魔しないようにアルメリアは、出来る限り声を抑えて話し掛けた。


「ルイードならそこら辺にいるわよ。私に似ていないから一緒にいると恥ずかしいの」


(弟さんを招待したのね。でも、彼には婚約者がいた筈だけど‥)


はてと、考え込んだアルメリアが首を傾げると、アイラがふんっと顔を背ける。


「暇だから私が来たのよ。それにしても貴女達も似てないきょうだいよね」


「そうかしら?」


「貴女の妹は狐みたい。貴女は狸ね」


(なんだか可愛らしいわ)


想像すると笑えてしまう。隣のアスレットも小さく笑んだようだった。


「ふふふ、ありがとうございます」


「褒めてないのよっ?まあ、いいけど」


ジョナサンの挨拶が終わって拍手が鳴り響くと、演奏者が音楽を奏で始める。ダンスフロアの中心でニーナの手を取り踊り始めたラムダスが、視線をこちらに向けてくる。膨れっ面のフローラが、ダンスフロアで佇みドレスを握って俯いていた。


「ごめんね、アッくん」


盛大な溜息を吐いたアルフェルト事アスレットが、ダンスフロアに向かって歩き出す。その横顔は、どう見ても不機嫌そうである。しかし、しつこくされるのを好き人はいないだろう。


「ほらっ」


ぶっきら棒に手を差し伸ばしたアルフェルトを涙目で見上げたフローラが、指先で涙を払う。手を添えて踊り出すふたりを眺めていると不思議な心地になる。


(なんだか胸が騒つく。どうしてだろう?)


「アルフェルト様ってかっこいいわよね」


「え?」


「私も気に入っているのよ。半分こしない?」


「半分こ?」


「貴女が愛人になるの。私は本妻よ?」


「アイラさん、半分こって真っ二つにすることを言うのよっ?」


些か腹を立てたアルメリアが声を張ったと同時に会場が騒めいた。周りの視線を追いかけて正面を向くと、体勢を崩したフローラが見事に転んで床に両手を突いてしまう。丁度、その場面であった。


信じられないのは、パートナーを務めるアルフェルト事アスレットが、フローラを受け止める様子を見せなかったことだ。


普段なら絶対に有り得ない。身体能力の高いアスレットがパートナーなら、足がもつれてバランスを崩しても造作もなく支えてくれる。レグザの王子は伊達ではないのだ。


吹き出すようにして笑い出したのはフレデリック達である。


「見ろよっあんな下手なダンスをよく披露できたな」


座り込んで茫然とするフローラに駆け寄りたい気持ちが足を前に押し出した。それを止めたのはアイラだった。


「あの子、態とよろけたのよ。抱き止めて欲しかったのでしょうね。見え透いていて余計に恥ずかしいわ」


アイラの言葉にフレデリック達が反応して睨み付けてくるが、見ている人には察した者も多かったらしい。こそこそと周りで話し始める様子に眉が下がってしまう。


「拒む権利は誰にでもあるわよっ」


アイラの主張も理解できる。戸惑うアルメリアが視線を向けていると、演奏が次第に小さくなりラムダスとニーナのダンスが終わった。屈んで手を伸ばすアルフェルト事アスレットの手に触れそうな程に伸ばされたフローラの手が下がって床の上で握られた。


「お姉様が美人だからっ?」


「お姉様が聖女だからっ?」


演奏が終わっても拍手を遠慮する雰囲気が会場を包み込み静まり返る。そんな中で、ふたりの声が鮮明に響いてしまう。


「アルメリアがアルメリアだからだ」


「何よそれっだってっアルフェルト様はっ!」


「もう一度信じたいと思う。背中に羽が生えたような奴だからきっと振り回されると思うけど‥俺が家族になりたいのはアルメリアなんだ」


こちらに視線を向けてきたアスレットにアルメリアは動けずに立ち尽くす。


(どうしよう。なんて言えばいいの?)


今、逃げ出せばアスレットを傷付けてしまう。


「婚約者なんだから公開プロポーズしなくってもいいのに‥貴女も何か言ってあげたら?」


「‥私は‥」


呆れたようなアイラに責付かれても相応しい言葉が出てこない。


「此処で皆様にお知らせがあります。今日、この日をもってアルメリア・プリムスとアルフェルト・レガーの仮婚約を改めまして、両家合意の上で正式な婚約に移行することが決まりました」


(えっ?)


ジョナサンの声に思わず振り向くと、こちらに片目を閉じて見せる。アルメリアが恥じらっていると勘違いして気を遣ってくれたのだろう。


「お父様っそんな‥」


愕然としたフローラが、座り込んだままジョナサンに顔を向けている。


「今後とも暖かく見守っていただければ幸いです」


公表したジョナサンの隣には、穏やかな表情を浮かべるアナベルとレガー夫妻の姿も見える。その様子で正式に決められた婚約なのだと、誰もが理解したと察せられた。


(本物のアルフェルト・レガーが出てきても引き返せないわっ)


何故か不安に胸が押し潰されてしまいそうだ。今まで迷いなど抱かなかったアルメリアの心に今更後悔にも似た気持ちが広がっていく。


「いやっ嫌よっ絶対に認めないわっ!」


感情のままに叫び出し会場を走り去るフローラに手を伸ばすが、此処からでは距離がある。届くことはない。


「フローラっ」


仕方なく追いかけようとしたアルメリアの足元が不安定なことに気が付いて視線を下げる。ヒールが高いのだ。走ることに向いていない。ダンスフロアのアスレットに弱り顔で視線を向けるが、首を振るうだけだった。


「フローラっ会場に戻ってっ」


諭すように声を張ったアルメリアが、出来る限りで追いかけてジョナサン達を横切ろうとした際に肩を掴まれた。


「お父様?」


「アルメリア、追いかけなくていいよ。あの子には、少し頭を冷やす時間も必要だろう」


「でも‥」


「話がある。少し会場から離れよう。付いてきなさい」


ジョナサンの言葉に従って会場となる広間から抜け出したアルメリアは、そこで耳を疑う話を聞くことになった。


「フローラを教会に預けるのですか?」


「そうだ。このままでは、婚約者探しは難しいからね。けれど、フローラに自立する考えはないだろう。あの子のために最善だと思う方法が他に浮かばなかったんだ」


「‥‥アルフェルト様にだけは私から伝えてもいいですか?」


「ああ、彼には迷惑を掛けたからね。但し、彼以外には、他言しないでおくれ?フローラが落ち着きを取り戻せば、白紙になる話だからね」


希望は薄いと感じているのだと困り顔で微笑んだジョナサンの表情で理解した。


「分かりました」


何故、こんなに拗れてしまったのか。アルメリアには、フローラのようにアルフェルト事アスレットを全力で追いかけられていない。気持ちに迷いがあるからだ。申し訳ない気持ちになってしまう。


(アスレットの気持ちは固まっているって知っているのに‥私は狡いわ)


どんなに迷い悩んでも答えを出す日は必ず来るのだ。


「お父様、新事業の商品開発にアルフェルト様が協力してくださるそうです」


「ほう。何か案があるんだね」


「ええ、試作品を幾つか作るつもりなのですが、アトリエを紹介していただけますか?」


「ああ、王都のそばにコロンポという宿があるだろう?レガー伯爵が、その近くの工房の出入りを許可してくださると仰っていたよ」


「ジミーという凄腕の職人がいるらしい。彼からも何かアドバイスがもらえるだろう」


会場に戻るためにジョナサンと話しながら廊下を歩いていた。会場で奏でられる音楽が廊下まで響いているので、雑多な音は聞こえ難い。不意に前方の廊下の角から飛び出してきた少年が、キョロキョロと辺りを見回してアルメリアと目が合う。すると、慌てた足取りで駆けてきて手首を掴んで引いた。


「何をするのですかっ?」


咄嗟に父のジョナサンが制止の手を伸ばし声を張る。けれど、真っ青になった少年は、必死にアルメリアの手を引いて駆け出そうとした。


「やめてくださいっ」


今の靴では走れない。力任せに引っ張られたら転んでしまうだろう。


「大変なんだよっお願いだから止めてくれっ」


「失礼ですが、貴方のお名前は?」


「リッキー・ホワイトだっ少し揶揄っただけなのに決闘になってっ」


「決闘っ⁉︎」


「ふざけただけなんだよっそれなのに、アルフェルトの奴、会場で決闘を申し込んできたんだ。それをフレデリックが受けて‥」


(最悪だわ)


大国の王族を守る凄腕の騎士さえも容易く倒してしまうアスレットに決闘を申し込まれたら、命はないと思うしかない。


(決闘を拒むのも貴族では笑い物にされる行為だからフレデリック・エドガーは拒絶できない。身分を笠に着れない決闘へ持ち込んだのならアスレットに断然有利だわ)


「アッくんは武器を使っているの?」


「武器を使っているのはフレデリックの方だけど‥」


(ハンデは与えたのね)


「始まって五分も経っていないわね?」


「ああ、でも直ぐに吹っ飛ばされてフレデリックは人形みたいに滅多打ちにされているんだっ死んじまうよっ!」


「何故、降参しないのっ?」


アスレットは、白旗を上げる相手を深追いするタイプではない。


「多分、意識が曖昧なんだと思う。頼むから助けてれっ」


「アルメリア、急ごうっ」


返事をする前に父のジョナサンがアルメリアを横抱きに抱えて走り出した。


(もう勝負がついているのに何故、アスレットは攻撃の手を緩めないのかしら?)


考え付くのは積み重なる苛立ちの発散であった。溜め込んだ怒りを放出するのに最適な環境だとしたなら、少し厄介である。


(一々突っ掛かてくる連中がいるって嫌気が溜まっているみたいだったわね)


リッキー・ホワイトの案内で屋敷の外に出てみると中庭には野次馬達が集まっていた。ジョナサンに降ろされたアルメリアは、その人混みを掻き分けて決闘の様子を窺う。


地面には長い棒が一本転がっていた。流れるような動きでフレデリックを殴り付けているのはアルフェルト事アスレットである。一見、手のひらで押すような攻撃だが、決して軽い攻撃ではないと知っている。一方的な攻撃に抵抗する様子のないフレデリックは、リッキーが説明した通り意識が曖昧のようであった。白目を剥いてぐったりしていた。


「アッくんっもう、彼は戦えないわっ」


両手で顔を覆っているアナイスの姿に駆け寄ってその肩に手を添えると震えていた。アルフェルト事アスレットの表情を見ると僅かに笑っているように見える。


(楽しんでいるみたいね)


完全に勝敗がついた勝負で遊んでいるのだ。


「もうやめてっ!」


アルメリアの声に反応したアルフェルト事アスレットがフレデリックの髪を掴んで動きを止めた。気絶しているフレデリックは、自ら立ち上がることができない。こちらに視線を向けたアスレットは、まだ苛立ちが解消されていないようで、不機嫌そうな視線を向けてくる。アスレットの不満の矛先はアルメリアだ。アルメリアは、まだ一度もアスレットへ気持ちを伝えていない。


「今の関係が大切なの。もう少し時間を頂戴」


頭を下げたアルメリアにアスレットは溜息を吐くとフレデリックから手を離して近付いてきた。


「‥‥知ってるよ」


小さな声だけど確かにアルメリアの耳には聞こえた。優しい声に視界が暈ける。解放されたフレデリックには意識がない。アスレットに手を離されるとその場に崩れてしまう。その様子に見守っていた仲間達が、案じ顔で一斉に駆け寄っていく。


「次の相手は誰だ?」


そんな小悪党達に向き直り剣呑な声を掛けたアスレットに返事をする者はいない。アスレットの視線から逃げるように伏せられた表情は暗かった。


「俺の周りを彷徨くな。言ったことは覚えているよな?目を覚ましたらそいつにも言っておけ」


「学園に通う権利はある筈だっ」


「一線が置かれている状況なら問題はない。ただ、これ以上俺を不快にさせるなら容赦はしないっ」


「横暴だろうっ?」


「そもそも始めたのはお前達だ」


貴族の決闘は神聖なものだ。時には地位や命を奪い合う。チンピラの喧嘩とは訳が違うのだ。お互いに条件を出し合うことで決闘は意味を持ち、立会人が勝敗の証人となる。交わした約束を守れとアスレットが主張するのは当然の要求なのだ。この権利が守れない決闘は、裁判にまで発展する。


「‥‥分かったよ」


野次馬達の視線を受けて部が悪いと判断した様子のセシル・カーライツが返事をすると、カイン・ロックスとリッキー・ホワイトも黙り込んだ。




「貴女、愛されているのね」


暗くなる時間になってパーティーはお開きになった。帰りの途につくお客様を送り出していたアルメリアに声を掛けてきたのはアイラである。


不思議なお別れの挨拶に戸惑う。そんなアルメリアを揶揄うようにクスッと笑ったアイラが、話し出したのはアスレットが決闘を申し込んだ状況であった。


「貴女が何も言わずに会場を離れたから婚約者のアルフェルト・レガーは小悪党達に揶揄われたのよ。彼は本気で怒っていたわ。それだけ貴女に本気ってことでしょう?」


(私の所為で決闘騒ぎになってしまったのっ⁉︎)


いつもなら王子らしく冷静な対応をするアスレットが、圧倒的な力の差を知っていながら決闘を申し込んだのだ。余程、腹を立てたことは予想していた。その理由は気掛かりだったが、本人に聞くことで蒸し返す事態を避けていたアルメリアは、意外な事実に呆気に取られてしまう。


(このままではいけないわ)


悪戯に答えを先延ばしにすれば、アスレットの負担になると知ったアルメリアは、現状を打開するべく頭をひねった。

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