生徒会のお仕事(後編)
「生徒会の活動?‥‥そうね。部活動や委員会もないからそんなに仕事がないのよね。生徒会の役員は推薦で決まるから選挙もないし」
先日の生徒会の集まりの感想を求める前にアルメリアは、アスレットから質問を受けた。今日のお弁当は、とんかつとポテトサラダに小さなグラタンである。ホークでポテトサラダを口に運びつつアルメリアは答えを纏める。生徒総会のような活動がないライラック学園の生徒会の活動は、書記も会計も日々の細々とした仕事しかない。会議の司会を務める副会長も然りである。
ライラック学園では、風紀を取り締まる風紀委員も生徒会と併合されているが、主に教師が目を光らせているので出番は少ない。
「主な活動はイベントの発案とかかしら?」
人差し指を立てて微笑んだアルメリアにアルフェルト事アスレットが顰めっ面をする。
校内新聞を制作するのは書記の務めだし、予算案の提出は会計の仕事だ。生徒会の関係者で手を貸し合うが、それぞれの管轄を尊重して役割りを大切にしている。
だから、副会長の仕事とは言えないと思うのだ。
「‥‥」
何が不満なのかアルメリアには、見当が付かずに首を傾げた。
「副会長補佐に副会長を渡せよ」
「えぇ〜好きな役員になれるって言うから参加したのに」
会長は責任ある仕事だ。アルメリアには難しい。だから、ある程度の権限があり、自由な立場の副会長を狙ったのだ。
「そもそも顧問の先生に仕事は少ないから手を貸してと言われて参加したのよ?」
それなのに生徒会は、卒業を控えた三年生ばかりが数名であり、初日から窮地を悟ったアルメリアは、役員集めから奮闘することになったのだ。
「他の役員は何処にいるんだ?」
「ああ〜それ気になるよね。仕方ない。みんなに声を掛けてくるから先に生徒会室に向かって?」
先に食事を食べ終えたアルメリアが、お弁当を包んで巾着袋に戻すと立ち上がる。王族の作法が身に付いたアスレットは、のんびり食べる人なのでお弁当箱は放課後回収するつもりだ。
アスレットが頷くのを確認したアルメリアは、校舎へと慌ただしく駆けていく。
静かな生徒会室へ賑やかな声がどんどん近付いていく。きっと今頃、生徒会室で作業をしている会長のルーク・ファンレイが「今日は賑やかになりそうですね」と呟いていそうだ。そう思うと自然と口角が上がる。
「お待たせっ」
元気いっぱいに生徒会室のドアを開いたアルメリアに視線が集中する。大きな机に向かい合い座っているのは、会長のルークと副会長補佐のアルバートン。そして見学者兼お手伝い要員のアルフェルト事アスレットであった。
生徒会室には、大きな作業台のような机が四台寄せ合わせて置かれていて黒板を背に会長が座りその左右に会議に参加するメンバーが座れるように椅子が置かれている。
「連れてきたわよっ名前を借りているアネッサさんとルティアナさんにアナちゃん。本日初参加のアニーシャさんとアリシャーヌさんにエシャリさんよ」
「アンジェリカとリサは意見箱の回収に向かったぞ」
アルバートンが紹介してくれたアンジェリカ・キャンベルは、貴族の令嬢だがリサは、平民の生徒になる。このふたりには、常に一緒に行動してもらっているのだ。
「名前を借りてる?」
訝しむアスレットにアルメリアは小さく頷いた。
「うん。そうなの」
「時々お手伝いをさせていただいておりますわ」
ルティアナ達は、正式な生徒会の役員ではない。アルメリアが、一年生の頃の生徒会は、男子生徒ばかりだった。女子生徒が、ひとり加わるのは外聞が悪いと言われて、女子生徒の勧誘に勤しんだのだが、首を縦に振ってくれる生徒はいなかった。困っているアルメリアを見兼ねて声を掛けてくれたのがルティアナ達であり、彼女達の名前が生徒会に連なったことでアンジェリカとリサが役員に加わってくれたのだ。ルティアナ達は、今も臨時の助っ人として参加してくれている。少ない女子生徒の役員には、一緒に行動してもらうことで周囲の偏見や誤解を抱かれないようにしている。窮屈だが秩序を守るには必要なことだった。
「女性が生徒会に参加するのはまだ勇気が必要なのよ」
男尊女卑のステファニアでは女性が表立って活躍する場所が少ない。
「わたくし達は、放課後にも活動があると聞いて役員は難しいと判断いたしました」
「帰りが遅くなってしまうものね」
「そうですね。女生徒の負担にならない活動方法も検討しないといけませんね」
ルティアナとアネッサの会話を聞いてルークが、眼鏡のブリッジに中指を当てて考え込む。
「私たちは何をすればいいですか?」
参加を楽しみにしていたのだろう。わくわくとした様子のエシャリが積極的に尋ねた。
「回収したアンケート用紙の集計を頼みたい。お困りごとは別の紙に書いて纏めてもらう」
「どんなことが書かれているのか楽しみねっ?」
エシャリが視線を向けたのはアリシャーヌとアニーシャである。ふたりは揃って頷いた。
「女子会じゃないぞ?協力はいいが無駄話はするなよ」
「副会長補佐のアルバートンさんって方がアンジェリカさんの恋人なんですよね?」
「そう聞いたけど‥」
そわそわした様子のエシャリが、生徒会の役員に視線を向けたあとで声を潜めて尋ねる。その質問に答えたのはアリシャーヌだ。
「素敵ねぇ〜」
アルバートンとアンジェリカは、青春を謳歌していると言えるだろう。しみじみと噛み締めたアニーシャの声に彼女達の視線が、アルバートンへと向かう。自己紹介はせずとも消去法で考えれば該当者はひとりしかいないのだ。
「女子会じゃないっ私語を慎めっ」
真っ赤になって怒鳴っても効果はない。
「すみませんっ遅くなりましたっ」
慌てた足取りでやってきたのはリゼルである。
「食事の時間はゆっくり取ってください。無理をせずに参加していただければ十分です」
ルークは、生徒会に入ってから落ち着きが出てきたと思う。元々、周囲に気を配り指示を出すことに長けているのだ。
(ルーク・ファンレイは宰相になる人だからね)
「アルフェルトは、生徒会役員になるつもりがあるんだろう?」
「ああ」
アルバートンの問い掛けに相槌のような返事をしたアスレットには迷いがなく少し驚いてしまう。
嫌々生徒会に入るより進んで参加する方が絶対にいい。しかし、アスレットの性格を思えば正式な役員に立候補するのは渋るだろうと考えていた。だから無理矢理参加させたのだ。
(だから副会長補佐のアルバートンを副会長にしたいのね。確かに私より仕事しているものね。でも‥)
無駄が嫌いなアスレットは、今後の円滑な活動を妨げないように変化を促したのだろう。だから、視線を向けてくるアスレットがアルメリアに求めている行動は理解している。
「リゼル様は如何ですか?」
「僕は‥僕は入っていいのかな。ライラック学園は独立した機関として守られている。王族の僕が加わることで国の関与と考える批判的な立場の人達が出てくるかもしれない」
自信なさげに目を伏せたリゼルは、何処か淋しそうだった。
「リゼル様もライラック学園の生徒のひとりです。リゼル様の意見も大切な声だと思います」
「はい。その通りだと思います。王族を爪弾きにするのは学園の理念に反すると考えます」
会長のルークが諭すと迷子のように眉を下げていたリゼルが、黒板の上の壁に掛けられた額縁へと視線を向けた。学園の教育方針が幾つか箇条書きされているのだ。
身分に捉われずに自由に学び社会に貢献する人材を育てるとの学園の理念は生徒手帳にも記載されている。
「自由に学べる機会を奪われるのはよくありませんね」
アネッサのやんわりとした口調に皆が頷く。
「分かりました。副会長としてアルフェルト・レガーとリゼル・ステファニア様を推薦します」
「会長としてふたりの役員を認めます。これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
嬉しそうに表情を緩めたリゼルに続いてアルフェルト事アスレットも「お願いします」と挨拶をした。
「そこで提案があります。副会長を一年生に譲りたいと考えています。如何でしょうか?」
挙手して提案したアルメリアの考えに会長のルークが顎に手を添えて考える素振りを見せた。話の矛先が向いた一年生のアルフェルト事アスレットとリゼルが目を丸くする。
「いいんじゃないか?俺たちが三年に進級すれば生徒会の引き継ぎが主な仕事になる。一年のどちらかが副会長を務めて仕事に慣れていれば来年楽だろう?残った方が新入生の教育係になればいい」
「僕は教育係に立候補します」
アルバートンの言葉に賛同した様子のリゼルが挙手をして意見を述べる。残念だが、王族のリゼルが会長を務めるのは物議を醸す恐れもある。
皆の視線は自然とアルフェルト事アスレットに向かう。
「分かりました。早く慣れるように活動にも積極的に参加します。ご指導よろしくお願いします」
「では、アルバートン・クライブに一年生の教育係を兼任してもらいます」
「はい。引き受けます」
背筋を正しはっきりとした口調で了承したアルバートンにアルメリアは拍手を送る。彼は生徒会に入って頭角を現したと言える。今では後輩に頼られる立派な先輩だろう。
「なんか凄い現場に居合わせてしまった気分だわ」
ホッと一息ついたアニーシャが肩の力を抜いて微笑むと、エシャリやアリシャーヌも小さく頷いた。
「アルバートン様、頑張ってくださいね」
廊下で話を聞いていたのだろう。柔らかな口調で微笑んだのは、レッドブラウンの長い髪とトルコ石のような青い瞳を持つアンジェリカ・キャンベルだった。幼い頃は、そばかすに悩まされていたと聞いたが、今はその面影もなく白い肌の美しい令嬢だ。その隣には、肩まで伸びたダークブラウンの髪と同色の瞳を持つリサの姿も見える。ふたりとも出入り口のドアの前で紙の束を抱えながら佇んでいた。回収したアンケート用紙だろう。かなりの量だ。
アンジェリカの微笑みに頬を染めたアルバートンは、咳払いをして誤魔化す。
「んっ俺は意地が悪いからな。逃げ出すなよ一年?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべたアルバートンにアンジェリカがクスクスと笑う。当初は、突っ慳貪な態度が多かったアルバートンも生徒会に関わるうちに面倒見が良くなっていった。つまりは冗談だ。
「後ほど職員室で新しい役員の加入報告をいたします。では、それぞれ作業に移ってください」
『はい』
皆の声が揃った。それぞれに好きな席に座ってアンケート用紙の確認をしていく。
「あっまた牧場で触れ合い体験がしたいってありますわ」
「好評なら再度検討してもよろしいのではありませんか?」
エシャリが、興味深そうに読み上げた言葉に即座に反応したのはアンジェリカである。
「では、後ほど議題に取り上げて検討いたしましょう」
会長のルークが纏めるとまた別の声が上がる。
「ゴミ問題もありますわ。購買を利用する生徒さんがゴミの処理を疎かにしているようです」
景観が損なわれるのはよろしくない。
「ゴミ箱の設置を検討しては如何でしょうか?」
アニーシャの声に反応したのはリサである。しかし、生徒会でゴミの収集をすることはできない。ゴミ箱の維持には、職員の手を借りる必要があるのだ。
「回収する手間があります。一度先生方の意見も伺いましょう?」
慎重な意見になってしまって申し訳ないが、アルメリアは挙手をして答えた。
「生徒同士の声掛けなら直ぐに実施できるんじゃないのか?」
「声掛けですか?」
アスレットの意見にリサが不思議そうに尋ね返す。
「紙に書いて促すでもいい」
「警告文ですね。散漫になった意識改革には目からの情報も刺激になるかもしれませんね」
「予算を検討する必要もありません。行動に移す価値はあると思います」
ルークの言葉にアルバートンも頷いて補足する。
「掲示物の許可を学園に申し入れておきます」
「あの‥学園に住み着いた子猫の保護を求める声があるみたいです。今は一部の生徒が餌を与えているようですが、アレルギー問題もあるため速やかな対策をお願いしますとあります」
おずおずと挙手をしてアンケートを読み上げたのはアリシャーヌである。
「そちらも掲示板に張り出して飼い主を探すのは如何でしょうか?」
リゼルの提案にアルバートン達が頷く。
「意義なし。一度、猫の健康状態の確認が必要だな。俺が行ってくる」
「では、よろしくお願いします。本日はここまでとします。皆さんありがとうございました。アンケート用紙を回収します」
副会長の最後の仕事としてアルメリアは、ルークと元に職員室へと向かった。直きに五時間目が始まるのでのんびりしている余裕はない。
「新しい役員ですか?生徒会に活気があるのはいいことです。アルフェルト・レガーとリゼル・ステファニア様は、一年のニクロスで模範となる生徒ですから問題ありませんよ」
「やっぱり男子生徒だな。女子生徒はやる気が足りない」
「そんなことはっ」
(私もいるんだけどな‥)
無神経な男性教師の発言に不満を感じながらもアルメリアは、黙ってやり過ごした。今回の生徒会には女子生徒が多く関わっているので、否定的な教師もいるようなのだ。特に古参の先生には、顕著な言動が見られる。
「掲示物についても問題ありません。問題解決後は速やかな撤去をお願いします」
生徒会の顧問の女性教師は、まだ若く柔軟な思考をしている。彼女は男女の偏りなく能力で評価する人であり、入学試験の成績が良かったアルメリアに役員に興味はないかと声を掛けてきたのだ。
「はい。ありがとうございます。失礼します」
頭を下げて挨拶したルークの隣でアルメリアも頭を下げて挨拶した。
「失礼します」
職員室を退室して二年のニクロスの教室に向かって廊下を歩いていると、ルークが声を掛けてきた。
「貴女が副会長を退くと生徒会は寂しくなりそうですね」
目を伏せたルークに先を行くアルメリアは足を止めて満面に笑んで見せた。
「大丈夫です。私、応援部長になりますからっ」
「応援部長ですか?どのような役職でしょうか?」
眼鏡のブリッジを中指で押し上げたルークの眼鏡のレンズが光る。
「様々な着想を提供して生徒会を盛り上げる仕事を主にしますっ」
「今までと変わりないようで安心しました。では、今後ともよろしくお願いします」
眉を下げて笑んだルークは安心したと分かる。今の生徒会は、奇抜な発想が多いと生徒達に喜ばれている。
校内のゴミ拾い大会に始まり牧場での動物の触れ合い体験。秋には文化祭も開催される。どれも初の試みだった。読書感想文での大会や詩の朗読会も検討中であり、アルメリアはバレンタインデーやホワイトデーの取り組みも考えている。
(チョコレートや飴とか食べ物を持ち込むのは難しいけれど、リボンやハンカチに花なら問題ないわよね)
やりたいことが沢山あるのだ。そんなアルメリアをルーク達は支えてくれている。アスレットは、甘いと指摘するかもしれないが、古臭い伝統ばかりでは学園生活を謳歌できないと思うのだ。時には思い切った改革も必要である。




