生徒会のお仕事(前編)
裏庭で昼食を食べ終えるまで一緒に行動していたアルメリアは、生徒会室と呼ばれる部屋に向かう途中で職員室を横切る際に教師に呼び止められてひとり離脱した。アスレットひとりなら踵を返したがリゼルも一緒にいる。此処で解散を宣言するのは何となく気が引けた。
「なんで俺が‥」
生徒会と書かれた教室プレートを見上げて早くも後悔していた。
「生徒会室は此処だけど突然尋ねていいものなのかな?」
リゼルが迷いを口にした時、部屋のドアが開いてルーク・ファンレイが顔を見せた。
「興味本位の御訪問はあまり褒められた行いではありませんが、今は猫の手も借りたいくらいですからどうぞお入りください」
「‥‥」
アスレットとリゼルが視線を交わし合うと、一歩後退し進路を譲ったルークは、眼鏡のブリッジを中指で押さえて勧誘を始めた。
「アルメリア・プリムス嬢から話は聞いております。おふたりは、生徒会の仕事に興味がおありだとか。一年生なら書記などは如何でしょうか?」
「見学者か?」
部屋の中から声を掛けてきたのはアルバートン・クライブだった。前世ではあまり交流のなかった生徒になるが、予言の書の関係者だと聞いていたので素性は調べ上げている。素行の悪い生徒。そう調査の結果として出ている。そんな彼が今世では、生徒会の役員になるのは不思議なことだ。つい訝しんでしまう。
「そのようです。彼は、副会長補佐のアルバートン・クライブです。副会長はイベント事にしか興味が向かいようで普段は不在です」
「副会長は誰ですか?」
リゼルの疑問の声にアスレットは生徒会室を見渡す。けれど、ルークとアルバートン以外の役員は不在のようだった。不思議に思い何気なくルークに視線を向けてみると、責めるような視線がアスレットに向けられていた。
「アルメリア・プリムス嬢です」
「こいつはあのアルフェルト・レガーだよな?」
「はい。あのアルメリア・プリムス嬢の婚約者のアルフェルト・レガーだと思われます」
「のこのこ御出でなさったって訳か?お前っ分かってんだろうなっおいっ!」
不機嫌を隠さないアルバートンが声を張る。チンピラに絡まれるような経験はない。自然と視線を集めたアスレットは、背を向ける暇もなく手で指し示すルークに従うようなリゼルと共に生徒会室に一歩足を踏み入れたのだった。
ドサっと紙の束を机の上に置いたアルバートンが忌々しげに舌打ちする。
「ほらキビキビ働けよっ」
(なんで俺が?)
文句を言えば百倍で返ってきそうでアスレットは、黙々とアンケート用紙の仕分けをしていた。
問題を報告してきたアンケート用紙を選り分けて、生徒会で議題に取り上げるものと教師に報告するので仕分けるらしい。希望が書かれているものは実現可能か後日話し合うが、少数意見の内容は一時保留にする決まりだという。
「なんで生徒会に入ったんだ?」
前世ではアルバートン・クライブは勿論の事ルーク・ファンレイも生徒会の役員ではなかった。
「アルフェルト敬語っ」
眉を下げて諭したのはリゼル・ステファニアだ。
「はっ愚問だなっ俺も会長もお前の女に誑かされたんだよっ何が少し手伝ってくださいだよ。仕事丸投げじゃねぇかっ」
「言い方が悪いですよっ問題は運んでくるのですから仕事をしていない訳じゃありません」
「はぁ〜仕事を増やす仕事ってなんだよっ?」
「も、申し訳ありません」
アスレットは前世でも謝罪することは少なかった。その相手は、国王のルーカスが大半であり貴族を相手に謝罪することはなかったのだ。とても複雑な気分になる。
「生徒会に入って良い体験や何か心境の変化はありましたか?」
興味があるのだろう。リゼルがふたりに尋ねるとアルバートンが視線を上げて考え込む。
「そうだな‥」
「アルバートン敬語っ」
叱ったのはルーク・ファンレイだ。
「彼は先輩です。気にしないでください」
両手を壁にして苦笑いしたリゼルは、アルバートンの口調を気にした様子はない。
「俺は家族との会話が増えたことくらいか?」
「私は家族と再会することができました」
疑問符でいっぱいだ。何故、生徒会の活動をすることで家族と会話が増えたり再会する機会を得られたのだろうか。
「同い年の友人もできましたし、生徒会を通して生徒同士の交流も図れました。副会長の方針で放課後の仕事もそれほどありませんから勉強に支障が出ることも少ないです。悪いことばかりではありませんね」
「アルバートンも二年生に進級した際にクラスが上がりました。学力向上に役立つ活動なら学生の本分を全うしていると言えるでしょう」
「成る程」
ルークの質問の答えにリゼルは納得したようだった。
「その分、面倒な雑用も多いけどな。駄目だ、アルフェルト資料室に付き合えっ行くぞ」
億劫そうに机に両手を突いて椅子から腰を上げたアルバートンは行き詰まってしまったようだ。アスレットが、リゼルに視線を向けると彼は頷きで促してきた。仕方なく椅子から腰を上げたアスレットは、場所も分からない資料室へと向かって歩き出した。奥の棚の引き出しから鍵を取り出したアルバートンは慣れた様子である。彼に付いて行けば大丈夫だろう。
一階の職員室に近い資料室は、狭く薄暗い部屋だった。資料室に明かりを取り入れるためにカーテンを開く。壁に寄せられた棚のガラス戸の鍵を解錠して書類の束を取り出すアルバートンは、目的のものを直ぐに探し出せた様子だった。
「あのさ」
「ん?」
「さっき、家族との会話が増えたって言ってたけど」
不可解なことは解消したい。
「あぁ〜俺、養子なんだよ。子供の頃から知ってはいたけど、何となく会話しづらくなっていってさ。少し荒れてた時期にお前の女に声を掛けられたんだよ」
「生徒会に入っても得になることもないし、初めは無視してたんだけど暇だろうってしつこいのなんのって‥‥そんで少しだけのつもりで参加したんだよ」
「それがいつの間にか家族の耳にも入ってさ。両親もきょうだいも安心したって声を掛けてくるようになったんだ」
「生徒会の活動も認められれば卒業後の進路に有利だって知ってさ。俺は養子だから家督を継げないだろう?卒業まで頑張れば推薦してもらえるとか有り難いわけ。公職か学園の教員目指すのも悪くないかなと‥‥今はそんなところだ」
「会長は?」
「あの人は運が良かったんだよ。副会長が思い付きで長期休みを利用した動物の触れ合い体験を実施するとか言い出してさ。まあ、会長は最後まで反対してたんだけど‥‥あの人動物が苦手だから」
「そんで幾つか候補に上がった牧場のひとつが行方不明になっていたお祖母様が経営している牧場だったらしい」
「平民の生徒の参加も考慮したイベントだから参加費も少ない。つまり牧場側のご厚意で成り立つわけだ。会長自らが交渉のために牧場に向かったお陰でお祖母様にも良い意味で不意打ちになって再会ができたそうだよ」
「結構家族で揉めたそうだけど、今は一緒に暮らしているんだとさ」
「ほら持てよっ」
無作為に取り出したような書類の束をアルバートンは、遠慮なく向けてアスレットの腕の上に積み上げる。
(重い‥)
「秋には文化祭なる催し物を開催するんだってさ。その準備で忙しいんだよ。なんせ初の試みだからな。変なことばかり思い付くんだよ副会長様は」
そう言いながらガラス戸を施錠し開いたカーテンを閉じたアルバートンは、廊下へと出ていく。
「他の仕事は?」
一度視線を上げたアルバートンは、資料室の鍵を施錠すると歩き出した。
「生徒会の主な活動は生徒の要望を聞くことだ。その為のアンケートの制作や収集をする他にあるのは備品の整理とかだな」
書類を抱えたアルバートンが歩きながら振り向いた。
「興味あるなら生徒会に入れよ」
(あいつ何事もなく一年が過ぎたとか言ってなかったか?)
活動的なアルメリアの発言には、注意が必要だと知っていたが、現実との認知のズレが大きすぎる。一度アルメリアに生徒会の役員としての自覚を問い質す必要があるだろう。




