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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
ライラック(青春の思い出)
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ローレンティア

休み時間に救護室を利用する生徒は少なくない。この日もそうだった。ひとりの女生徒が友人に付き添われながら救護室のドアを叩いた。


「手を怪我しました。手当をしてくださいませんか?」


泣いているらしい声に目を開いたアルメリアは、ベットの中にいた。


「どうしたの?」


「転んで手を擦り剥いてしました」


「違うわっ押されたのよっサリファーナはケビンが好きだからっ態と転ばせたのよっ!どうしよう。ケビンに傷がある令嬢は嫌だと言われたらっ」


「ほらほら、こんなかすり傷痕にも残りませんよ。さあ、手を出して?」


暫くベットで息を潜めていたアルメリアは、生徒達が救護室を出ていく頃合いで体を起こした。これに養護教諭は、気が付いて仕切りのカーテンを開き、ベットから降りようとしていたアルメリアがふらついたのを支えてくれる。


「おっとっ体調はどう?運んできた生徒さんの話では、お弁当に見覚えのない野菜が紛れ込んでいたというの。間違いないかしら?」


「はい。水菜はサラダに加えていませんでした」


「あれはミズナではなくオルギル草というのよ。睡眠導入剤に使われる薬草なの。聞いたことはないかしら?」


「オルギル草‥‥ですか?山中の川辺に生えている薬草ですよね」


(何故、お弁当の中に?)


オルギル草は前々世のローレンティアに似た花を咲かせる。花言葉も猛毒なのだが、今世では失明するような毒性はなく睡眠導入剤として活用されている薬草に分類される花なのだ。


「小さく切ってしまうとミズナに酷似してしまうのよね。巧妙な手口だと思うわ。帰宅したらご両親に相談してみさないね?婚約者は無事だったみたいだけど、無理していた可能性もあるわよ?」


「はい。ありがとうございます」


「具合が悪いならもう一時間休んでもいいのよ?」


「いいえ、大丈夫です」


そんな会話をしていると廊下で予鈴の鈴の音が響いてきた。アルメリアは、養護教諭にお礼を伝えると壁に手を当てながら廊下を歩いて教室へと駆け込んだ。


この日の最後の授業を受け終えたアルメリアは、教室を飛び出す。お礼を言わずに今日アスレットと別れるのは忍びないからだ。


廊下を歩いていると聞き覚えのある声が廊下から聞こえてきた。通りすがりの生徒達の視線が不自然だと気が付いたアルメリアが、足を止めて耳を澄ます。すると、嬉々としてはしゃぐような声が先日の婚約解消の話を広めているようだと悟る。


教室に残って噂を広めているフローラの声は、放課後の廊下に響いていた。思わず足を止めてしまったアルメリアは、そこへ乗り込んできたアルフェルト事アスレットが釘を刺す声に驚いてしまう。その声があまりに真剣味を帯びていたからだ。


「アルフェルト様っ私ね、思うの。昔からアルフェルト様に相応しいのは私の方だってっアルフェルト様も私のこと好きでしょう?」


期待するようなフローラの声が甘く響く。


「俺がずっと好きなのはアルメリアだ。確かに鈍臭くって猪突猛進で目に余ることは多々あるよ。でも、それも含めて目で追ってしまう憎めない奴なんだよ」


「お前じゃあ駄目なんだよ、フローラ」


こんなところでアスレットの本音を聞いてしまうとは思っていなかった。


グズっと泣いたフローラが、声を張り上げて泣き出した。


「わぁぁぁぁ〜んっ!」


その幼い声が廊下にまで響いてしまう。慰めてあげたいがその相手にアルメリアは相応しくない。今出て行けば、フローラを余計に惨めな気持ちにさせてしまうだろう。


今世では救護室と呼ばれている保健室から戻ってきて直ぐにお礼を伝えそびれていることに気が付いた。しかし、五時間目の休み時間に手を怪我した生徒とそれを手当する養護教諭の話し声で目を覚ましたアルメリアは、ベットから立ち上がるとふらついた。


そのあとで養護教諭からお弁当のサラダに含まれていた野菜の正体を知らされたアルメリアは、最後の授業が始まる間際に教室へ駆け込んだ。だから、放課後になってから慌てて一年生のニクロスの教室へと向うことになった。


そんなアルメリアの頭の中にはお礼と謝罪しかなく、アスレットの秘めた気持ちに気を向けることができなかった。恋心などに全くの予想外であるから只々、驚いてしまう。


(‥‥友達だと思ってた。アスレットは違ったの?)


前世で国王のルーカスの命令に従うようにアスレットに助言していたのはアルメリアだ。だから、ルーカスの命令に従って結婚したとしても不思議に思わずにいた。

放心状態で立ち止まっていたアルメリアの肩に手を置く人を振り返り確認するとアナイス・レガーが目を丸くしていた。


「どうしたの?アルフェルトに用事があったのではなかったの?」


「ええ‥」


「行きましょう?」


優しいアナイスに促されてアルメリアは、躊躇う足を前に押し出した。


「アルフェルト‥?」


丁度、ロッテナの教室から出てくる頃合いでアナイスが声を掛けたので廊下でアルフェルトは足を止めて振り返る。


チラリとロッテナの教室を窺えばラムダスが、涙を流すフローラを慰めるようにして背中を撫でていた。その周りに生徒は誰もいない。

何となく会話していた同級生がフローラの友達だと思っていたのだが違ったようだ。


(あの子、友達いるのかしら?)


場違いな心配が過る。アルメリアは、アルフェルト事アスレットへ視線を上げてから頭を下げて御礼と謝罪を伝えた。


「救護室に運んでくださってありがとうございました。ごめんなさいっ明日は美味しいお弁当を作ってくるわ」


ぎこちないが何とか笑顔を作ることができたアルメリアは、隣のアナイスにも挨拶をしてから背を向けて廊下を早足で歩いて行く。


「アナちゃんご機嫌よう。また明日ね?」


心臓がバクバク音を立ててアルメリアを急かすから、とても目と目を合わせて会話などできない。逃げるように去って行くアルメリアを引き止めるようにアルフェルト事アスレットが何かを言い掛けるのをアナイスが制した。


「アルメリアご機嫌よう。アルフェルト、話があるわ」




帰りの馬車の中でアナイスと向かい合うように座ったアルフェルト事アスレットは、張り詰めた空気を感じていた。


「何故、婚約破棄の話が広がってしまったの?」


叱るように尋ねてきたアナイスにアルフェルト事アスレットは、逃げるように視線を窓へと逸らした。

窓の外にはプリムス家の馬車があり、何故かアルメリアが御者台に座っていた。つい首を傾げそうになる。


「先日からフローラの様子はおかしかったわ。ラムダスに報告する際にもこちらに聞こえるように態とらしく騒いでいたし。何か思い当たる節があるの?」


「‥‥した」


「え?」


「喧嘩した‥だけだよ」


「喧嘩ですって?」


呆けたような顔をしたアナイスは、苦々しく表情を歪めてから肩を落とし溜息を吐いた。


「アルフェルト、フローラが正しくない振る舞いをするのは貴方に隙があったからなの。いい?私の義理の妹はアルメリア・プリムスだけよ」


普段大人しいアナイスの忠告には、威圧的ではなくとも頷かせたくなる不思議な力があった。女性の圧力に押される事態に少し戸惑う。第三王子のアスレットには今まで経験がないことでもある。




御者台の横に乗って帰宅したアルメリアは、アルプに事情を説明してお弁当の残りを調べてもらうことにした。

調理場でお弁当を広げたアルプは、サラダに眠り草が入り込んでいることに気が付くと、叱責を覚悟するように謝罪した。


「私のミスです。こんなことあってはならないことですっお詫びのしようもございませんっ」


深く頭を下げたアルプを厳しく咎めるつもりはない。


「アルプが入れたとは思っていないわ。でも、お弁当から目を離した隙があったはずよ?覚えていないかしら?」


「‥‥アルプ、しっかり考えるんだっ」


心配なのだろう。夫のダンテが顔を顰めて諭す。


「えぇ‥そういえばマリアに呼ばれて少し目を離したわ。でも、調理場にはジェシカが残っていたはずよ」


(マリアとジェシカはフローラの侍女よね)


フローラの専属の侍女はリリーナひとりだけだが、幼い頃から何かと世話を焼いていた侍女がいるのだ。マリアとジェシカは年が近くフローラを妹のように可愛がっているのだと思っていた。


「旦那様にご報告します」


執事のエバンスの判断に逆らうつもりはない。

帰宅してからずっと話を聞いていたエバンスは、直ぐに父のジョナサンの書斎へ向かった。だから、アルメリアは間を置かずに呼ばれることになった。


「つまり誰かがオルギル草を混入させたというのだね」


「はい。アルプが目を離したのは声を掛けられた一瞬だけで、その相手は日頃からフローラの世話をしている侍女のようです。アルプの証言では、調理場には別の侍女もいたそうです。やはり彼女もフローラと親しい侍女のひとりでした」


「恐らく意図的なものでしょう。衝動的にか計画的にかは分かりませんが、処罰しなくてはならない事案かと思われます」


「そうだな。問題の侍女を呼んでくれ」


帰宅して真っ直ぐに自室に向かったフローラは、問題が起こっていることを知らずに泣いているようだった。

フローラの部屋のドアを叩いたエバンスが、問題の侍女ふたりを連れ出すと、取り乱すような声が聞こえてくる。恐らくマリアとジェシカは、部屋でフローラを慰めていたのだろう。そんなふたりが厳しい表情をしたエバンスに連れ出されたのだ。おかしな雲行きを感じても不思議ではない。


「待ってっ何故ふたりを連れて行くのっ⁉︎」


「旦那様のご命令です」


「お父様っ!ジェシカとマリアが何をしたというのっ?」


真っ赤な目をしたフローラが書斎へと駆け込んでくる。しかし、ふたりの侍女は深刻そうな表情で俯くだけだった。


「オルギル草を誰が入れたのかと騒ぎになっています。アルプの証言もあります。ふたりは正直に話しなさい」


「オルギル草って何よっお父様っ!」


「フローラは下がっていなさいっ」


「フローラ、オルギル草は眠り草と呼ばれる薬草よ。マリア、貴女の指示でジェシカが入れたのよね?」


アルメリアが落ち着いた口調で尋ねると彼女達は小さく頷いた。


「私たちが勝手にしたことです。お嬢様があまりに可哀想で‥」


「見ていられなかったのです」


フローラが不憫だと涙ぐむ彼女達に反省の色は窺えない。


「お父様っマリアとジェシカは優しくって真面目に仕事を熟す人たちよっ今回は少し間違えてしまったけど、お姉様もアルフェルト様も元気じゃないっお願いだから許してっ!」


仲裁に入ろうとするフローラが声を張るが、ジョナサンは静かに首を振るう。


「本日付けで解雇します。ふたりは荷物を纏めてから執務室へ来てください」


「あぁ〜っいやよっマリアっジェシカっ」


涙ながらに二人に縋り付いたフローラに彼女達は視線を伏せて黙ったままあやすように優しく肩を撫でていた。


「お父様は酷いわっ!貴女達は悪くないのにっ」


謝罪ひとつしないマリアとジェシカを見送ってからアルメリアは、自室へと向かうために背を向けた。そんなアルメリアにフローラは声を張った。


「全部お姉様の所為よっ!」


涙ながらの別れをふたりの侍女としたフローラがアルメリアに憎しみを増したのが伝わってきた。


(何だか妙だわ。オルギル草を混入させたら問題になることは分かっているはずなのに。ふたりは逃げも隠れてもしなかった。お父様が家族を害した使用人を解雇するのは分かり切っているし、他家の令息まで巻き込む必要があったのかしら?)


他家の令息に甚大な被害が出てしまえば、解雇だけでは済まされない。下手をすれば処刑されてしまうのだ。プリムス家やレガー家に強い恨みがあったのなら両家に亀裂を作るための犯行だったと理解できるが、同情で犯した罪だとふたりは告白した。不可解な事件だと言わざるを得ない。


(ローレンティアはイソトマとも言われていてその花言葉には、『嬉しい知らせ』『神聖なる思い出』『心を開く』『強烈な誘惑』もあると聞くけど‥)


「オルギル草には何かの暗号が含まれているのかしら?」


アルメリアは首を傾げつつ窓の外に視線を向けた。自室の窓からは、マリアとジェシカが鞄をひとつ持って小道を歩いて行く姿が見えた。

彼女達は、この世界が花言葉と密接な関係にあると知っていたのだろうか。謎は深まるばかりである。




「マリアもジェシカも悪くないわ。ふたりとも私に優しかったもの。リリーナにリボンを取ってくるように言ってくれたのもあのふたりだったわ」


階段を駆け上がり部屋に戻ったフローラは、後ろ手でドアを閉じ足早に窓辺へと向かった。窓の外には、屋敷の裏口から出て行ったふたりが辻馬車に乗るために小道を歩いて行くのが見えた。木々の葉に邪魔をされ視界から消えるまでフローラはふたりを見詰めていた。


「いつもふたりが私の味方だったからお姉様は気に入らなかったのよっそうでしょうっリリーナっ?」


爪を噛んで苛立ちを紛らわせるフローラに目を伏せたリリーナは、疲れ切った表情をしていた。


「‥‥はい。お嬢様の仰る通りです」


暗い表情を隠すようにリリーナは、頭を下げつつ返事をしていた。マリアとジェシカの思い付きを実行していたのはリリーナだった。あの時もふたりの言葉を名案だと信じたフローラに指示されてリリーナは、アルメリアの部屋に忍び込みリボンを盗み出していた。リリーナの主人はフローラだ。しかし、嘗てはアルメリアの侍女だった。幼い日々を共に過ごしたアルメリアを裏切る悪事を働くことはリリーナの本意ではない。しかし、寄ってたかって悪事を押し付ける相手に良心などはなく、身勝手な言い分を正論だと開き直る。そんな劣悪な環境で味方は誰もいない。無力なリリーナには、逆らうことが容易ではなかったのだ。


「優しい味方を意地悪なお姉様に奪われたのよっお姉様にはアルフェルト様もいるのにっ私も欲しかったのにっ!」


怒りで地団駄を踏むフローラは間もなく成人するが、令嬢としてのマナーが身に付いていなかった。教養が足りなかったというよりそばに仕えるマリアとジェシカが甘やかし続けたことが原因であろう。


「お父様もお母様もお祖母様もっ‥何でも私から奪わなくってはいられないのよっ私って本当に可哀想っ!」


感情のままに振る舞うフローラは、ベットに突っ伏して泣き出した。今までフローラを可哀想だと思うことがなかった訳じゃない。けれど、今回のことは自業自得だと知っている。フローラは、マリアとジェシカがお弁当に細工したことを知っていたのだ。


「きっと‥アルフェルト様もあのお弁当を食べればアルメリア様を見る目が変わります」


「きっといいことがありますよ」


「お弁当?なんのことなの?」


これが今朝の出掛け際に交わされた会話だった。だから、フローラはお弁当とオルギル草の混入を咄嗟に関連付けられていたのだ。お弁当とは誰一人説明しない中でフローラは突き止めてしまっている。その不自然さを執事のエバンスや当主のジョナサンが気が付いていない訳は無い。


(私もきっと出て行くんだ)


それを知っているリリーナも同罪である。ぼんやりした思考の中でリリーナは涙を浮かべていた。いつか悪事は裁かれるものだから。

読んでくださってありがとうございます。可愛い花を咲かせるローレンティア(イソトマ)には毒性があります。病害虫に強く育てやすいお花です。お手入れの際には手袋を使用してくださいね。

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