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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
ライラック(青春の思い出)
34/93

婚約解消の撤回

「私ね、お姉様から綺麗なリボンをいただいたのよ?ほら?黄色って私の髪によく馴染むと思わない?」


アルフェルトは、フローラの言葉に目を丸して手元へ視線を向ける。不適に笑んだフローラのスカートのポケットから覗くのは、グラデーションの黄色いリボンだった。


アルフェルトは、フローラの纏わり付くような手を振り払った。これに小さな悲鳴を上げたフローラがふらつく。手を伸ばしたアルフェルトにフローラも手を伸ばそうとする。しかし、手が繋がれることはなかった。


「返せっ」


「え?」


「それはお前のものじゃないっ」


カッと顔を染めたフローラが拳を握り締める。悔しそうな顔をしたフローラは、駆けるようにしてその場を離れていく。




放課後、アナイスと二年のニクロスの教室を出たアルメリアは、廊下で佇むアルフェルトを見つけて目を丸くした。


「話がある」


視線は確かにアルメリアを捉えている。隣のアナイスへと視線を向けると、彼女は真剣な表情でアルフェルトを見ていた。


「先に馬車に乗っているわね。アルメリアご機嫌よう」


「アナちゃんご機嫌よう」


柔らかな微笑みを向けてくれるアナイスと別れの挨拶を交わしたアルメリアは、アルフェルトへと顔を向けると数歩近付いた。


歩き出したアルフェルトが向かったのは、前世でアナイス・レガー事天音優とお弁当を食べた思い入れのある教室であった。


(あの時は天音秀くんに振られてアスレットに茶化されたのよね)


(あいつデリカシーがないから‥)


目を伏せたアルメリアは、視線を感じて顔を上げた。窓辺で足を止めて向き直っていたアルフェルトは、何処か悲しげな表情で口を開く。


「婚約を白紙に戻そう」


突然の婚約解消の申し出にアルメリアは、目を見張って硬直した。息を忘れてしまう。


「どうしてですか?」




馬車でアルメリアの到着をラムダスと待っていたフローラは、不機嫌そうにして指先に髪を巻き付けていた。


「なんで私だけロッテナなのかしら?」


「ロッテナも立派だろう?」


「やめてよっ本心じゃない癖に‥」


ライラック学園は、生徒数が最大の二年生を除いて全てが四クラス編成で分けられている。

ステファニアの春の女神、二クロス。夏の神、ロッテナ。秋の女神、グリス。冬の神、エデビラ。二年生だけもうひとクラス五穀豊穣の神、ケニファン。

春から冬の流れで位置付けられたクラスは、成績順で振り分けられる仕組みなのだ。


「僕だって来年はロッテナかもしれない。ニクロスは、授業の流れが早くてテストの範囲も広いらしいから進級が難しいって説明を受けたよ」


「あっそ」


肩を落とすラムダスと会話するのも面倒になったフローラは、馬車から降りた。そして、当ても無くぶらぶらと校庭を歩き出す。何気なく二年生の廊下の窓に視線を向けたフローラは、アルフェルト・レガーの姿を捉えて足を向けた。

アルメリアの成人を祝う贈り物のリボンを見た時から嫌な予感はしていた。早朝にリボンを届けにきたアルフェルトは、夜間に馬を走らせ長距離移動したということだ。寒い時期には、余程の理由がないとできない行動だとフローラには思えていた。


廊下を駆けていくと、アルフェルトとアルメリアが無人の教室に入っていくところだった。フローラは、足音を忍ばせて周囲に気を配りながら耳を澄ませる。


「婚約を白紙に戻そう」


そして、聞こえてきたアルフェルトの声に思考が真っ白になる。そして沸々と喜びが湧き上がる。叫び出したい気持ちを抑える為に口を両手で覆ったフローラは、その場をそっと離れた。


(婚約破棄っ婚約破棄っ!これでアルフェルト様は、お姉様のものではなくなったのねっ嬉しい〜っ‼︎)


離れた廊下でスキップを始めたフローラは、馬車で待つラムダスに吉報を告げる為に駆け足で向かう。




「私、嫌われるようなことをしましたか?」


「‥‥信じられないんだ。今世は、ひとりでひっそり生きていくつもりだった。お前が会いに来た時は驚いたよ。いや、怖かった。もう、関わるものかって意地にもなった」


「今世?」


不可解な言葉にアルメリアは小首を傾げる。


「まさかっ!」


ハッとしたアルメリアは、自分以外の転生者の存在を疎かにしていたと自覚する。アルフェルト・レガーは天音秀ではない。けれど、アルフェルトが、別の転生者或いは憑依者なのだとしても不思議ではない。アルメリアが人生をやり直しているのだから。


「そうだよっお前が大っ嫌いなアスレットだよっ!」


(え?)


表情を歪めたアルフェルトは、そのままアルメリアを横切り教室から出て行こうとする。咄嗟に腕を掴んで引き止める。


「待ってっ大っ嫌いってどういうことっ?あんた本当にあのアスレットなのっ?」


混乱することばかりだ。睨み付けるように振り向いたアルフェルトは、憎悪に近い感情を抱えているのだと察した。


「俺は上手くやっていけると思ってた。けど、お前は俺を何年も無視し続けた。何をしてもお前は無表情で‥人形に話し掛けているみたいだったよ。俺がどんな思いだったか考えたことあるかっ?」


「私はっ私はっ」


混乱することばかりだが此処で黙ってしまえば、修復不可能な溝になりアルフェルトは完全に背を向けてしまうだろう。


「あんたをき使ったことはあるけど、しつこく無視したことはないわよっ?一体いつの話をしているのよっ?」


「‥‥扱き使ったことは認めるんだな?」


眉を吊り上げたアルメリアは、口をへの字にしたまま頷いた。素直なアルメリアの反応に呆れたような表情を見せたアルフェルトは、目を逸らして溜息を吐く。


「アルフェルトと第一王子の婚約式を終えてレグザに帰国した。その途中、お前は海に落ちた。それを助けてからずぅーっとだよっ!結婚してからも態度を軟化させることはなかった」


「はぁ?結婚っ?私は海に落ちて溺れたの。そして、女神に転生させられたのよ?結婚なんて無理よっ」


「‥‥」


「‥‥」


無言で見詰め合う。此処で引いてはいけない。


「‥‥」


「‥‥」


「‥‥どうなってるんだよっ俺を殺したのはお前じゃないのかっ?」


先に崩れたのはアルフェルトだった。頭を抱えて顔を顰める姿にアスレットの面影を見たアルメリアは、ふふふと笑ってしまう。


「私があんたを殺す訳ないじゃない。アスレットは、私の大切な子分なんだからっ」


「せめて友達にしろっ」


「はいはい友達ね?」


相槌を返したアルメリアは、人差し指をアルフェルト事アスレットに向けた。


「つまり私たちはレグザに行かなければならないのよっ」


「はぁ?」


「うっかり者ねっアルフェルト様がアスレットの可能性があるでしょうっ?アスレットも体を取り戻したいでしょう?一石二鳥じゃないっ」


アルメリアが手を伸ばすとその手を掴んだアルフェルトが立ち上がる。


「お前のリボン、フローラが持ってたぞ?」


「知ってるわ。でも、今は刺激したくないのよ。実はね」


アルメリアは、屋敷で暴かれた窃盗事件の話をアルフェルト事アスレットに打ち明けた。あのリボンは、成人のお祝いに寒い中馬を走らせて届けてくれた大切なものだ。だから、リボンの贈り主には、家族の醜態を隠すのではなく真実を告げて誠意を示すべきだと思った。


「‥そうか。フローラが、お前を嫌っているのは知ってたけどな。手癖が悪くなるのは心配だな」


「うん。あの子もそのうち反省して返してくれると思うの」


アルメリアは、予予かねがねの疑問を尋ねてみることにした。


「あんたは、フローラが好きなの?」


「はあ?‥‥‥いいやっ」


何処か不機嫌そうに顔を背けたアルフェルトに首を傾げる。アルフェルトは、ずっとフローラの肩を持っていた筈だ。


「でも、あんたは‥」


「許したくても許せない。フローラと似てるって思っていたよ。羨ましいって感情はなかったけどな。でも、理解はできるよ」


「フローラが私を羨ましがってるって言うの?」


予想もしなかった言葉である。


「きょうだいだから張り合うってこともあるんだよ」


歳の近いきょうだいに嫉妬する経験が、アルメリアにはない。一度目の人生は一人っ子だった。二度目の人生でラムダスとフローラを得たアルメリアには、ふたりは小さな人という印象がいつまでも消えないのだ。


「アスレットっ婚約解消は撤回して?」


「なんで?」


「アルフェルト様が自分の体に戻った時に砦がないまま戦うことになるからよっ籠城攻めしたいの。同じ砦の中に居た方がいいでしょう?」


恋愛で粘り勝ちした経験はないが、そもそも成就した恋がないのだ。あの手この手で攻めてみるしかない。


「あぁ〜分かった。でもそれただのいくさだからな?それと‥‥人前でアスレットって呼ぶなよ?」


心配そうに振り向いたアルフェルトにアルメリアは口をへの字にした。


「そこまで迂闊じゃないわよっ」


隣国の王子の名前を呼んでいると知られたら一大事になり兼ねない。内通者と疑われたら追われる立場になってしまう。


「ありがとうねっアッくんとかにする?」


「しない」


迷惑そうな顔をしたアルフェルトは、アルメリアの提案が不服だったと分かる。

アルフェルト事アスレットと並んで馬車まで移動したアルメリアは、手を振って別れた。何故か心が弾む。上機嫌のアルメリアに気不味そうな視線を向けてくるのはラムダスだった。目が合うと慌てて視線を逸らすラムダスにアルメリアは小首を傾げてしまう。鼻歌を口にするフローラは、ずっと目を伏せながら髪をしきりに弄っていた。

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