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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
ライラック(青春の思い出)
33/93

波乱

「お姉様が次席っ⁉︎嘘よっ」


祖母フィカスを招いた夕飯の席でアルメリアは、受験結果を報告した。それを聞いていたフローラがテーブルに両手を突いて勢いよく椅子から立ち上がり否定的な声を張る。


「フローラ、おめでとうと言うところだよ?」


ジョナサンとアナベルは学園の謝罪と説明を受けているので、驚くこともなかった。


「ふふふ、よく頑張りましたね」


「はいっありがとうございます。お祖母様」


「お姉様ってそんなに勉強していたっけ?」


腑に落ちない表情を浮かべたラムダスの声にアルメリアは、自分の行動を思い返してみる。確かに昼間はフィカスに習って茶葉の勉強ばかりしていたが、夜間は受験勉強をしていた。


「能ある鷹は爪を隠すのよっ?」


「はいはい。おめでとうございます」


どうでも良さそうなラムダスの祝いの言葉にアルメリアは眉を下げた。来年の受験に向けて根を詰めるように勉強を頑張っているラムダスには、面白くない結果なのだろう。





食事を済ませるとひとり食堂を出て階段を上がったフローラは、苛立ち声を張る。


「なんでっ?なんでお姉様ばっかりっ」


受験の合格発表までならここまで取り乱すことはしなかった。まさか次席になるとは考えもしない。不正がなければ首席だったかもしれないのだ。


今も食堂で楽しげに家族で団欒しているアルメリアを思うと憎くらしくなる。不意に視線を向けたのはアルメリアの部屋だった。そっと近付いて部屋の中を覗くと、誰も居ない。その部屋の机の上に宝石箱が置いてあることに気が付いたフローラが、断りもなく入室して持ち去った。


「何よこれっ開かないじゃないっ」


宝石箱には鍵が掛かっていて、中身を取り出すことはできなかった。飽きたように宝石箱をベットへ投げ捨てたフローラは、溜息を吐いて部屋の鍵を掛けた。


何も知らずに自室のドアを開いたアルメリアは、フローラの予想に反して無反応だった。翌日も朝食の席で内心ビクビクしていたフローラは、何度もアルメリアに視線を向ける。しかし、アルメリアの口から消えた宝石箱の話は一切なかった。


(偽善ぶらないでよっ)


理不尽な怒りだと分かっているのにやめられない。


それからフローラの盗み癖は悪化していった。化粧品やブローチなどの装身具では満足できなくなったある日、あのリボンに手を伸ばしたのだ。



アルメリアが部屋のドアを叩くとフローラは、訝しげな様子で顔を見せた。アルメリアの手には濃紺色の小箱が握られている。それをフローラは視線だけで確認すると顔を上げた。


「フローラっリボンを返して頂戴っあれは特別なものなのっ」


「何のことか分からないわ」


無理矢理こじ開けた部屋のドアから強引に入室するアルメリアに抵抗するフローラは、廊下に顔を出して叫んだ。


「やめてよっお父様っお母様っお姉様がっ!」


「どうしたんだいっ?」


アルメリアは、部屋の中をひっくり返すように手当たり次第に確認していく。その騒がしさに駆けるように階段を上がってきた両親が、困り顔を向けて尋ねてきた。しかし、頭に血が上っているアルメリアは、返事をせずに開かない引き出しの中を怪しんだ。


「フローラっ此処を開けなさいっ」


「だから知らないってばっ」


「いい加減にしてっ?ゴミ箱に贈り物の箱が捨ててあったのよっもし、盗み出したのが侍女なら箱ごと持っていくでしょうっ?」


侍女を疑うことをしたくなかったアルメリアは、紛失する私物を失くしたと思い込む努力をしていた。だから、家族を疑うなんてつゆほども浮かばない。しかし、それがあらぬ形で裏切られたのだ。憤慨して当然だろう。


「フローラ、引き出しを開けなさい」


話を聞いていたジョナサンが命じてもフローラは、唇を尖らせて拗ねたような態度を貫いた。これにアナベルが、廊下へと視線を向けて階下に声を掛ける。


「エバンスっ鍵を持ってきて頂戴」


「どうしてそこまでするのっ?私を犯人扱いして楽しいっ?」


まるで被害者のような振る舞いのフローラに、些かの躊躇いが生まれる。そんな中でエバンスがスペアの鍵の束を持ってきて引き出しの鍵を解錠した。鍵の掛かった机の引き出しが開くと、見慣れない宝石箱が出てきた。これに顔を顰めたのはジョナサンだった。


「フローラ最後に聞くよ。本当に持ち出していないんだね?」


俯きたフローラが小さく頷いた。


「エバンス、リリーナを呼んでくれ。部屋の中を徹底的に調べる」


「お父様っねぇっやめてっ!」


腕を掴んで懸命に縋るフローラに厳しい表情を向けたジョナサンは、決定的な言葉を発した。


「この宝石箱は、私がアルメリアに贈ったものだ。アルメリアが声を掛けてこないから鍵を渡しそびれてしまっていた」


「えっお父様が?」


流石に驚いた様子のフローラが縋っていた腕から手を離して口元を両手で覆う。


「成人するのだから返すべきだろう?しかし、宝石箱は、フローラの部屋から出てきてしまった」


「‥‥」


その後、エバンスに連れられてやってきた侍女のリリーナが、部屋を隈無く確認すると失くしたと諦めていた化粧品や装身具が出てきた。そしてクローゼットの奥から探していたグラデーションの黄色いリボンが出てきたのだ。丁寧に両手で渡してくれたリリーナから受け取ったアルメリアは、リボンを胸元で抱き締めた。顔を両手で覆っていたフローラが、えへっと茶目っ気に笑い出す。


「ちょっと借りただけよ?お姉様は大袈裟よ」


とても耐えられなかったアルメリアは、部屋を出て行こうとした。そんなアルメリアに手を伸ばしたフローラがリボンの端を掴む。


「私に頂戴?」


「絶対に嫌よっ!」


(借りただけなんて嘘よっ隠したんだからっ)


「なら少しだけ貸して?平等じゃないじゃないっ!いつもお姉様ばかり特別でっ少し‥少し借りただけで大袈裟に騒ぎ立てて私を悪者にしてっ」


ひくっひくっと喉を鳴らし涙を流すフローラに混乱する。絶望感に浸りたいのはこちらの方だ。


溜息を吐いたジョナサンが、フローラの頬を打った。温厚なジョナサンの行いとは信じられずに呆気に取られてしまう。頬に片手を当てて茫然としたフローラが放心したまま顔を上げた。


「フローラは謝ることができないんだろう。アルメリア、今はこれで許してやってくれ。エバンス、アルメリアの部屋には常に鍵を掛けるようにして欲しい。これ以上フローラの盗み癖が悪化しないようにリリーナも目を光らせてくれ」


「はい。畏まりました」


「畏まりました」


エバンスに倣ってリリーナも頭を下げて命令を聞き入れた。


「酷いっ盗み癖なんてっ!私は借りただけよっ」


「断りもなく持ち出したら窃盗なんだよ。家族でも許されることじゃない」


背を向けたジョナサンに顔をくしゃくしゃにしたフローラが、悲鳴のような声を腹の底から吐き出した。


「いやあぁぁぁぁぁーーーっ‼︎」


その場に泣き崩れたフローラは正気を失くした人のように見えて不安を煽る。母のアナベルが肩に手を置いて促すので後ろ髪を引かれるようにして退室する。


「ラムダス‥あんたも無駄よ。勉強を幾ら頑張っても首席になんてなれないわ」


「フローラ、僕は自分の為に続けているんだよ。認めて欲しいからじゃない」


虚ろな目をラムダスに向けたフローラが、ぐすんっぐすんっと泣き出した。フローラの傍にはリリーナが残り、その肩に手を添えて慰めていた。




張り裂けるようなフローラの叫びがいつまでも耳に残って気持ちが塞いでしまう。フローラとあれから会話することがないままアルメリアは、ライラック学園の入学式を迎え二年生に進級していた。


「アルメリア・プリムス嬢やはり納得できません。入学試験で不正があった事実は皆が知っています。それなのに新入生代表の挨拶をするのが自分では‥新入生への祝いの言葉は、貴女が贈るべきです」


「ルーク様っ何度も申し上げておりますが、入学試験で不正があったからと言って結果まで覆るかは甚だ疑問です。生徒会長の貴方のお仕事を私が奪うことも道理ではありません。慎んで辞退いたします」


「アルメリア・プリムス嬢。貴女には何度か苦汁を飲まされているのは事実です」


「苦汁よりアリストロメリアの紅茶を飲んでください」


「はい。毎日美味しく頂いております。貴女が学園の生徒達の生活が向上し潤うようにと寄与した紅茶活動は高く評価しています」


(寄与したなんて大袈裟ね)


「ルーク様、アルメリアと呼んでくださいませんか?」


何度注意しても直そうとする素振りは見せないが、同級生のルークと壁を作れば毎日の生活が窮屈になってしまう。


「‥‥。男女問わず誰とでも親しい振る舞いができる方には理解し難いかと思いますが‥」


「ルーク様は」


「話を遮らないでいただきたいものです」


「ルーク様は、生徒会長なのですよ?誰にでも耳を傾けられるように努力してください」


椅子から腰を上げたアルメリアは、廊下で待つアナイス達と合流して講堂へと移動した。


「アルメリア、今日は驚くと思うわ」


小さく笑んだアナイスの言葉に首を傾げてしまう。


講堂で行われた入学式で新入生代表の挨拶として名前が呼ばれたのはアルフェルト・レガーだった。ライラック学園の入学式では、在校生から叱咤激励が送られて新入生が答辞で応えるのが習わしなのだ。


「アルフェルト様っおめでとうございますっ」


入学式が終わって教室へと戻る生徒達を見送りながら渡り廊下でアルフェルトを待っていたアルメリアが声を掛けると、彼は足を止めて振り向いた。


大きく手を振って微笑むアルメリアを真っ直ぐに見たアルフェルトは、ゆっくりこちらへと歩いてくる。


そんなアルフェルトの腕に腕を絡めたのはフローラである。


「アルフェルト様、首席おめでとうございます。とってもかっこよかったです」


思わずフローラから視線を逸らした。あの事件があってから姉妹の溝は深まるばかりで気不味いのだ。


(きっと、アルフェルト様は何も言わずに教室へ向かうわ)


背を向けたアルメリアは、アナイス達の輪に足を向けた。


「おいっ」


そんなアルメリアに気が付きアルフェルトが呼び止めようとする頃合いでフローラが耳元で何かを囁いた。声に振り向いたアルメリアはふたりの近さに驚いてしまう。胸がズキっと痛む。

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