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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
エーデルワイス(大切な思い出・勇気・忍耐)
28/93

小さな希望

「お姉様っ馬車の用意は済んでるよ?」


支度を終えて庭に出るとこっちっこっちっと手を振るラムダスが見えた。彼の言う通り、馬車は既に準備されていて御者台にはリクシーの姿も見える。


「ラムダスありがとう」


祖母フィカスに促された翌日、レガー家に手紙を出して用件を伝えた。速達で送った手紙の返事は直ぐに返されて本日、アルメリアはひとりでレガー家の屋敷へ向かうのだ。


(アルフェルト様に手紙を送っても返事の相手は執事のエルフィーかアナちゃんなのよね)


「お姉様、アルフェルト様と婚約しなくてはいけない理由があるのですか?」


「え?」


「お姉様にも幸せになって欲しいと思っています」


気遣うようなラムダスの言葉にアルメリアは、眉を下げる。ラムダスが何を心配しているかは見当が付くからだ。両陛下にアルフェルト・レガーとの婚約を願った際に両親は難色を示した。その理由は、アルメリアが大切にされないかもしれないという危惧を抱いていたからだ。今のラムダスは同じことを考えているのだろう。


「ありがとうラムダス。私は何れプリムス家を出て行くから貴方がしっかりしていてくれると嬉しいわ。お父様も心強いはずよ?」


「はい。お姉様‥気を付けて」


「えぇ、暗くなる前に帰るわ。何か欲しいお土産はない?」


「大丈夫です」


困ったように笑んだラムダスに小首を傾げてから馬車に視線を向ける。気不味そうなラムダスに経験から悪戯を疑ったアルメリアが、馬車の踏み板から天井を眺めても不自然な場所は見つけられなかった。


「お姉様、早く帰ってきてくださいね?」


(小さな頃は悪戯ばかりしていたけれど、最近は大人しいものね)


見送るラムダスに頷いて返してから馬車のドアを開いて「リクシー、お願いします」とアルメリアが声を掛けると御者台で帽子を持ち上げるのが見えた。そのまま踏み板を踏んで馬車に乗り込み座席に腰を落ち着ける頃合いで馬の嘶きと共にゆっくりと走り出す。


暫く、窓の外を眺めて流れていく景色を楽しんでいた。石を弾いたのだろう。馬車が大きく揺れた。その際に、椅子の下から叩くような振動を感じて腰を上げる。違和感から椅子の座面を持ち上げて空洞になっている筈の荷台を確認すると、金髪の巻毛が確認できた。


「フローラ、出てきなさい」


呆れてしまう。ラムダスが手を貸したのだろう。


「フローラ、悪いけど今日は大切な話があるの。屋敷に戻るわね。リクシー引き返して頂戴」


「降ろしてっ降ろしてよっ!」


「こんなところに置いていけないわっ」


性別を問わずに貴族というだけで悪漢に目を付けられ襲われる場合もあるし、か弱い令嬢なら身代金目的で連れ去られる危険も脳裏に過る。アルメリアには、例え臍を曲げたとしてもフローラの要求は非常識だとしか思えない。


「いいわよっなら飛び降りるから」


立ち上がったフローラは、剥れたような顔をして走っている馬車のドアの取っ手を掴む。


「フローラっリクシー止めて頂戴っ」


本気だと顔を見れば分かる。無茶をさせて体に残るような怪我でもしたら大変だ。ステファニアでは、傷がある令嬢は婚礼の機会を逃すと言われている。フローラにはまだ婚約者がいない。


馬車が緩やかに停まるとフローラは、道端に降りてしまう。この辺ならプリムス家の屋敷近くを走る辻馬車が通る筈だ。


「これを持って行って?寄り道せずに必ず屋敷に帰るのよ?」


仕方なく財布を差し出したアルメリアからお礼を言うこともなく受け取ったフローラは、道端で外方そっぽを向く。念を押しても返事をしない仏頂面のフローラを残して馬車を発車させるしかないアルメリアは、眉を下げるしかない。




レガー家に馬車が到着した際に偶然、庭に出ていたアルフェルトを見つけてアルメリアは声を掛けた。


「こんにちは、アルフェルト様。少しお時間をくださいませんか?」


「‥‥」


踏み板を踏んで馬車を降りるアルメリアに視線だけを向ける。アルフェルトは口数が少ない。なのでいつも通りの対応なのだ。


「今日は大切なお話があります。お時間は取らせません。少しの間、お話をさせてください」


視線を向けたアルフェルトは、感情が読みにくい表情をしていた。眼差しからは温もりは感じない。無感情とでも言えばいいのだろうか。


「十五歳の誕生日は家族と過ごすのか?」


「えぇ、恐らくそうなると思います。アルフェルト様のお誕生日には、アリストロメリアの花束を送りますね」


(呼ばれてもいないのに行くのはね)


ステファニアでは十五歳で成人と認められる。本来なら婚約者と過ごしたい特別な日なのだ。


(前世ではレグザで過ごしたからステファニアで祝ってもらえるだけ良かったわ)


軟禁状態のアルメリアのそばに居たのはレグザの第三王子アスレットであった。恐らく気の毒に思ったのだろう。十五歳の誕生日だと知ったアスレットは、気を利かせてケーキやステーキなどを朝から用意してくれた。しかし、予想以上に重い朝食であり、「紳士は淑女にリボンの一つでも贈るものよっ?」と叱ったりしたものだ。


(しっかり平らげたけどね)


朝昼晩とステーキを食べ続けたアルメリアは、お残しをしなかった。これにはアスレット達も唖然としていた。思い出したら笑えてしまう。小さく笑んでからアルメリアはアルフェルトへと視線を戻す。


「アルフェルト様は、私との婚約を白紙に戻したいとお考えでしょうか?」


暗い顔はしたくない。今日は婚約解消をするのではなく、アルフェルトの気持ちを確認する為に来たのだから。


「‥‥」


(この間は何?)


一瞬呆けたように見えた。


「好きにすればいいだろう。そもそも言い出したのはそちらだ」


眉間に皺寄せたアルフェルトは、背を向けてしまった。


(いつも背中に話し掛けているみたいな気がするわ)


アルメリアは溜息を飲み込んだ。乙女ゲームのアルフェルト・レガーは好意を突っ撥ねる男なのだ。しかし、アナイス・レガーは、オドオドしていない普通の貴族令嬢に育ったのに何故その弟のアルフェルトは、シナリオに則った育ち方をしてしまったのか。疑問でしかない。


(大きな問題があったようには思えないんだけど‥)


ゲームのシナリオに準じるなら近々アナイスとユリアスの婚約発表がある筈だ。水面下で思惑が渦を巻くのが貴族の世界だとしても、王子の婚約者なら候補者として事前に名前が広く知られていく。友人のアナイスなら何かあれば話してくれると思うのだが、最近会った彼女に思い悩むような素振りはなかった。


(天音秀くんは優しくって穏やかな人だったのよね。アルフェルトになっても変わらずに優しく接してくれたわ)


豊城澪香事アルメリア・プリムスが愛した天音秀事アルフェルト・レガーはこの世界には居ない。それが少し淋しくなる。


(私、ゲームのアルフェルト・レガーも好きだっけど、心を開く前の彼とどう向き合えばいいのか分からないわ)


向き合おうとしてもアルフェルトは遠ざけるばかりでゲームのように親密になれる時間を与えてはくれない。


(これが現実ってやつなのかもしれないわね)


第二作目の主人公であるアルメリア・プリムスとアルフェルト・レガーのシナリオはない。


(どうしてもシリーズの障壁は越えられないのかしら?)


突然、駆けてきた誰かに背中を押されてふらつく。


「アルフェルト様っ会いたかったわっお姉様ったら酷いの。私を道端に置いていくのよっ?」


ふらついたアルメリアが体勢を整えている間に涙ぐみながらアルフェルトの胸に頬を寄せたフローラが甘えた声を出す。そんなフローラの言葉を鵜呑みにしたのだろうか。彼女の肩を掴んだアルフェルトは、不機嫌な表情を向けてくる。


(怒っているみたいね。いつものようにフローラの肩を持つなら仕方ないわ)


これに溜息を零したアルメリアは、フローラのドレスのポケットから見えている財布に手を伸ばす。


「フローラ、私のお財布を返して?」


ふんっと財布を向けたフローラから受け取った財布は思うより軽かった。ムッとしたアルメリアが、その場で中身を確認するととぼけるようなフローラを睨み付ける。


「フローラっ何に使ったのっ?家に帰ったらきちんと返してよね?」


「アルフェルト様の前でやめてよっ見っともない」


「先に見っともない真似をしたのは誰っ?」


「そもそも、お父様からもらったお小遣いでしょうっ?お姉様のお金じゃないわ」


「フローラ、確かにお父様から頂いたお金も含まれているわ。でも貴女が使っていいお金ではないのよ?」


「可愛げのない態度ばかり取るから嫌われるのよっ」


「私は帰るわ。帰りはアルフェルト様に送ってもらいなさい」


「ご機嫌ようアルフェルト様」


淑女の礼で別れの挨拶をすると、顔を顰めていたアルフェルトが、フローラの手を振り払って背を向けてしまう。


「待ってアルフェルト様っ!」


アルフェルトの胸の中で余裕の歪んだ笑みを浮かべていたフローラは突き放されると、慌てて追いかけていくが、彼が足を止める様子はない。


その後、裏庭でウロウロしていたフローラをアナイスが保護して侍女のイザベラと一緒に馬車で送り届けてくれた。すっかり剥れたフローラはアナイスにお礼を言わずに部屋へと戻ってしまうので、代わりにアルメリアが頭を下げた。


「アナちゃん、ご迷惑をお掛けしました。送り届けてくれてありがとうございます」


「いいのよ。気にしないで」


「イザベラも久しぶりね。ニーナに会って行って?」

 

ソワソワとしたイザベラがチラリとアナイスを窺うと彼女は頷いて返す。


「‥なら、少しだけ」


そう言うとイザベラは、嬉しそうに使用人区域になっている方向へと足早に向かっていく。今の時間ならニーナは自室で勉強中であろう。多くの使用人が働いている時間なので周りを気にせずに仲良くお喋りができる筈だ。


「アルフェルトがごめんなさい。何故、貴女にあんな態度を取るのか分からないの。でも、手紙は大切に保管しているみたいだし‥今の態度は本心ではないと思うわ」


お腹で手を合わせたアナイスが、申し訳なさそうにしょんぼりする。


(私の手紙を保管しているの?)


思わず目をしばたたいたアルメリアにアナイスは、しっかりとした口調で告げた。


「アルフェルトは家族にも壁を作る子なの。誰にも本心なんて言ったことないんじゃないかしら?でも、アルメリアには甘えられのよ、きっと」


思わぬ言葉にアルメリアの脳内は大混乱である。ずっと、シスコンだと思っていたアルフェルトが、心を許せる筈のアナイスにさえ本心を明かさずにいる理由が分からない。


(窮屈でしょうに‥)


「お父様のこともレガー伯爵と呼ぶし、お母様のことも伯爵夫人と呼ぶのよ。家族なのに家族じゃないみたいで‥」


俯き気味に話していたアナイスがぐずっと泣き出した。そんな、アナイスの手を取ってアルメリアは、一階の客間へと案内した。外はもう真っ暗だ。


「今日は泊まっていく?」


客間のドアを閉めつつアナイスへと声を掛けるが彼女は首を横に振った。既婚者のイザベラを伴っているので、できれば帰りたいのだろう。ニッケと結婚後もイザベラはレガー家の屋敷で寝起きしている。だが、あくまでも既婚者だ。世間体の悪い行いは控える必要がある。


「いいえ、大丈夫よ」


「なら帰りは護衛をつけるわね?」


プリムス領とレガー領は遠く離れている。女性だけで馬車を走らせるのは危険な時間になる。この申し出にアナイスも素直に頷いた。


「私、アルフェルト様は私にだけ冷たいんだと思っていたの。勝手に婚約したことを怒っているだと思っていたわ」


テーブルを挟んで向かい合う椅子を手で案内したアルメリアが、対座に腰を落ち着けながら口を開くと、椅子に座ったアナイスは視線を向けてきた。


「そんなことないと思うわ。貴女の五歳のお誕生日の日も嫌がるような素振りは一切見せなかったの。本当はおめでとうって言いたかったんだと思う。でも、素直になれなかったんだと思うの」


「お父様もお母様もアルフェルトにどう接したらいいのか悩んでいるわ。アルフェルトは騎士になるつもりも伯爵を継ぐつもりもないみたいなの」


胸の前で両手を合わせ視線を落としたアナイスの表情は暗い。


「今は勉強にも身が入らないようで心配だわ。親しい友人がいる訳じゃないから、おかしな交友関係を心配する必要はないわ。でも、もう少し誰かに興味を向けたりするものじゃないかしら」


(かなり深刻な状況なのではないかしら?)


「お父様もお母様も大人になれば自分の立場を理解すると言っていたわ。でも、もう大人よね?」


不安そうな表情で伺うような視線を向けてくるので、反応に困ってしまう。ステファニアの常識で考えればもう直き成人する貴族男性としては心許ない。普通なら夢を語ったり、外の世界に興味を向けたりするものだ。家族でなくても心の内を打ち明けられるような友人を欲しがるものだろう。


「アルメリアが離れていってしまえば、アルフェルトはひとりになってしまうわ。お願いだからもう少し時間をくださいっ」


椅子に座ったまま頭を深く下げたアナイスが必死なのは伝わってくる。思わずアルメリアは腰を上げる。


「私はアルメリアにもアルフェルトにも幸せになって欲しい」


涙をこぼしながら伝えてくれた言葉に勇気づけられたアルメリアは、絨毯の上に両膝を突いてアナイスの握り締めていた手を両手で包み込んだ。普段から口数の少ない大人しいアナイスには、とても勇気の必要な言葉だったに違いない。だから素直に嬉しかった。


「ありがとうアナちゃん」


自分から助けを求められる人ばかりじゃない。勿論、手を差し伸べるのは容易いことではない。それに伴うリスクを背負うこともある。だから、助けてくらい言って欲しい。そのくらいの勇気は見せるべきという考えも理解できる。でも、窮地の中で誰かに声を掛けてもらえるのを必死に耐え凌ぎながら待つ人もいるのだ。


(アナちゃんを見ているつもりで、彼女のサインを見逃していたのかもしれないわね。きっと、アルフェルト・レガーにも何かあるのよ)




あれからアルフェルトを追いかけて馬小屋まで向かった。そんなフローラを一瞥もせずにアルフェルトは、馬の背に跨ると去っていった。


「アルフェルト様っ」


「お前も帰れよ」


誰も寄せ付けようとしないアルフェルトの態度に不満を滲ませるフローラは、唇に力を入れて堪える。ひとり残ったフローラに声を掛けたのは、ニッケという冴えない馬丁の少年で妻のイザベラが事情を聞いて馬車の手配をしてくれた。とても惨めで恥ずかしかった。


「お姉様の所為で私まで嫌われるわっ」


暗い部屋の中で親指の爪を噛んだフローラは憤りを持て余す。


「アナイスもアナイスよ。私にあんなことを言うなんてっ」


「私は、貴女を認めないわ。アルフェルトにはアルメリアが必要なの。貴女じゃないのよフローラ」


帰りの馬車の中で告げられたアナイスの言葉にフローラは、黙っているしかなかった。アナイスに嫌われてしまえば、恋の障壁になることは明白だからだ。

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