不思議な夢
(ん?此処はどこ?)
見知らぬ洋館の一室に自分はいるようだと天井の模様で理解した。
僅かに首を横に倒してみると柔らかそうな布団が自分を包んでいると察した。視界が悪い。
「んっんーっ」
手を出してみようとするが動けない。
(何?どうなのってるの?此処はどこなの?)
動けない自分に手を伸ばし柔らかい微笑みを向けたのは、アルフェルト・レガーであった。
(えっアルフェルト様っ⁉︎)
「リラ、起きたの?」
自分を軽々と抱き上げたアルフェルトは、巻き付いていた小さな布団をごと持ち上げて近くのソファに座る。横抱きにされていることで夢のご褒美だと気が付いた。至福に浸ってしまう。
(ふふふへへへ‥こんな幸せな夢があるのね)
徐に上着を持ち上げたアルフェルトに目を見張ってしまう。
「あっぶぅ〜っ」
【訳】「あぅ駄目よ、そんな‥無防備に私の前で脱いじゃっ」
咄嗟に目を閉じたアルメリアの声は言葉にはならなかった。手で隠そうとした視界にちいちゃな手が映り自分は赤ん坊なのだと理解した。
(この湧き上がるような高揚感はなに?この子が喜んでいるの?)
「お腹空いてないのかな?」
「どうしたんだ?」
「うーん。時間的にそろそろ欲しがると思っていたんだけど。僕、今日も仕事でしょう?だから、足りない分はミルクにするつもりでいたけど‥」
「なら僕があげたい」
(この焦るような心地は何?意地が焼けるわ。泣き出したいわっ)
諦めたアルフェルトが、服を下げてしまうと感じて咄嗟に吸い付いたアルメリアは、満たされていく幸福を味わう。
(大好きな人の腕の中でおっぱいに吸い付くなんて夢って不思議なことでいっぱいねぇ〜。凄く美味しいわ。もっと、もっとっ)
「いてっリラ、今日は吸い付きが強いね?」
「お母様がまた怪我をするから優しく飲むんだぞ?」
さっきから気が付いていたが、ユリアス・ステファニアの声もしている。
(いい気分が台無しだわっ)
「僕もパパだよ?ねぇ〜リラ?」
(いいえ、ダーリンよっ何れ私たちは結ばれて幸せな家庭を築くの。大好きよアルフェルト様っ)
「アルトっこんにちはっ」
「アナイス、いらっしゃい。来てくれてありがとう」
「子供達は預けてきたのか?」
「えぇ、レガー家に用事があって寄ってから来たの。リデル達が子供達と遊んでくれているのよ」
「暗くなる前にジョセフを迎えに行かないとな」
「連れてくればよかったわね」
眉を下げたアナイスにアルフェルトは軽く首を振り否定した。
「ううん。出来るだけ沢山遊ばせてあげたいんだ。毎日、アシルやリラの面倒を見てくれているから、子供らしく伸び伸びした時間を作ってあげないとね」
(アルフェルト様って夢の中でも優しいのね)
「ジョセフはいい子ね。アルト、この商品をエステル領でも販売して欲しいのだけど、いいかしら?」
両手で抱えていた大きめな紙箱を近くのテーブルに置いたアナイスに驚くことも躊躇うことないアルフェルトは了承の言葉を口にした。
「うん。いいよ」
「ありがとうアルトっ」
お強請りが成功して明るく可愛らしい笑顔を向けたアナイスにユリアスが不機嫌そうな声を張る。
「君はまた中身も見ないでっ」
「アナイスがおかしな商品を持って来たことはないよ?」
「そうよっそうよね?なのにユリアスに見せると少し考えさせてくれとか言うのよっ」
「当然だ。利益に繋がらない商品は不要だからな」
一瞥、不満そうにユリアスを見て文句のような言葉を口にしたアナイスは、アルフェルトに状況を説明する。しかし、告げ口されてもユリアスは素っ気ないままだ。
(相変わらずの分からず屋ねっアナちゃんを困らせるなんてっ私が助けてあげるわっ)
どういう訳か自分以外大人の姿の三人にアルメリアが実行したのは片手を伸ばすことだけだ。母乳を飲んでいるのでそれしかできないのだ。
「商品に興味があるのかしら?」
ふふふと笑ったあとでアナイスは、ユリアスに視線を向けた。
「リラは私の味方みたいよ?」
「ふんっもう少し大きくなれば僕に夢中になるんだ。女の子とはそういうものだからな」
「それは予定でしょう?その予定は未定よ?」
アナイスが持ち込んだ箱に視線を向けていたアルフェルトが、何気なく手を伸ばして掴んだのはガラガラである。可愛らしいカランコロンと高い音が鳴る。視線に気が付いたアルフェルトがこちらに見えるように振ってくれる。
(いい音ね)
思わず反射的に手を伸ばして掴んでしまう。
「リラも気に入ったみたいだよ?」
「それね?煮沸消毒もできる素材だから口にしても衛生的なのよ?」
人差し指を立てて嬉しそうに説明したアナイスの隣で素っ気なく目を細めていたユリアスが漸く商品に視線を向けた。
アルフェルトが動いてしまうと口が胸から離れてしまう。
「あぅ〜っ」
残念に思ってしまう。母乳を口にしている間は、まるで漲るような活力を感じていたのだ。再び寝かされてしまうことにも不満だ。まだ眠くない。
「リラ、オムツが濡れてるみたい。変えようね?」
(えぇーっ⁉︎それはっそれは駄目よっ‼︎)
次の瞬間、目を開くとまた見慣れぬ天井があった。
「どういうことなの?」
「アメリア、大丈夫?」
聞き覚えのある声に振り向くとアナベルがベットに腰を落ち着かせながら声を掛けてきた。
「お母様‥私」
「熱を出したのよ?覚えていない?」
そう言いながらサイドテーブルに置かれた銀のボールの水に浸して絞った布をアルメリアの額に乗せてくれる。
「お父様は?」
部屋の中に視線を向けてもジョナサンの姿はない。
(そうだ。侍女が毒を‥)
厳めしい国王陛下と王妃殿下の表情を思い出したアルメリアが、慌てて体を起こす。
「お父様っお父様は無事なのっ?お母様っ?」
「今は大丈夫よ。ただ、貴女の持ち込んだ物の素材にはっきりしない部分があるらしいの。あの人は、咄嗟にプリムス家の試作品だと言ってしまったから質問攻めにあってるみたいよ」
そう説明しながら布団に寝かしつけようとするアナベルにアルメリアは、眉を下げるしかない。
前世の商品は、こちらではまだ未開発の場合もあるしアルメリアでも製造工程は知らないのだ。
(私、途中で倒れたのね)
取調べの際に侍女が所持していた毒物が発見されたと別室で待機していたアルメリアと両親に看守が知らせに来たところまでは覚えている。
服毒用の毒物を使う前に捕縛されたので、足がついたのだ。切り分けられたケーキからも毒物反応が出ているので犯行は認めているらしい。けれど、理由は黙秘していた筈である。
「お母様、あの侍女は理由を話しましたか?」
これにアナイスは首を振るう。その表情は暗い。
両陛下は何としても首謀者を突き止めようとするだろう。もしかしたら、侍女の家族に毒物を与えたり、鞭で打ち強引な揺さぶりをかけるかもしれない。
「お母様、あの侍女と会うことはできませんか?」
「貴女はもう少し寝ていなければいけないわ。明日には王子殿下のお茶会があるのだから」
「私も参加していいんですか?」
「両陛下は必ず参加するようにと仰っていらしたわ」
優しく微笑んだアナベルが意識が朦朧とするアルメリアを寝かしつけようと布団を軽くぽんぽんと叩く。
そんなアルメリアの手には、あのガラガラが握られていた。それに気が付いたアナベルが手にした時、偶然にも部屋のドアが開いてしまう。
「さんっ‥‥さんっ!」
(お願いっ目を開けてっ‼︎)
焦げ臭い匂いがしている。周りが何やら騒がしい。
「また、この夢なのね」
前世でも何度も見ていた夢である。
アルメリアは、ゆっくり体を起こして周囲を確認した。真っ暗な部屋には誰もいない。
頭痛も引いて僅かに体の怠さを感じる程度である。
喉が渇いたアルメリアは、仕方なくベットから降りて近くのサイドテーブルに置いてある水差しの水をコップに移して飲み込んだ。
(お父様は、催涙スプレーの取り調べ中だから仕方ないけれど、お母様もいないなんて変よね?)
そっと部屋のドアに近付きドアを開けてみる。部屋のドアの横には騎士が立っていた。
(なんか物々しくない?犯人の侍女は捕まったのよね?)
(首謀者としてプリムス家も疑われているのかしら?)
仕方なく部屋のドアを閉じて抜け道を探してみる。隣の部屋に続くドアには鍵が掛かっているらしい。窓を開けるとこの部屋は二階だと気が付いた。ベランダからベランダに飛び移れる距離か慎重に考えてみる。もしもの時のために腰にシーツを巻き付けて縛りベランダの格子に先端を括り付けてから移動させた椅子に攀じ登りベランダの笠木の上に立つ。
恐怖心に抗うように目を閉じて呼吸を整えてから、一気に飛び移る。
なんとか隣の部屋のベランダに腕を伸ばししがみ付いたアルメリアは、柵に攀じ登るようにしてベランダの中に着地した。腰の紐を外して隣の部屋に侵入しようとするが窓には鍵が掛かっている。
(王宮のものを故意に壊す訳にはいかないわ)
悩んでしまうアルメリアにできる方法は一つだけだった。
(前々世でもバンジージャンプなんてしたことないのにっ)
しかし、ボーッと待っていられる性格でもない。もう一度ベランダへ飛び移り、そのまま手を離そうとした。
(ハイヤッ!)
心の中で悲鳴を上げながら飛び降りようと目を閉じたと同時に誰かが紐を持ち上げた。
「こらっベットに戻りなさいっ」
子供慣れした騎士のようだ。青ざめたアルメリアは、咄嗟に叫んだ。
「きゃっ!変態っ!」
「へぇ?」
下には巡回中と思われる騎士がいた。何気なく見上げた騎士と騎士が目を合わせて戸惑う。
「ちっ違うっ違うんだっこのお嬢さんは熱があって」
「助けてくださいっ」
「取り敢えず、そのまま預かりましょう。お嬢さんも怖がっているみたいですから」
地上の騎士が両手を広げて受け止める体勢をした。穏やかな口調で身柄の保護を引き受けると伝えてくれた騎士にシーツを握っていた騎士は渋々了承した。
「は、はぁ〜」
無実だと証明不完全な騎士は項垂れてしまう。けれど、ゆっくりシーツを伸ばして地上の騎士にアルメリアを預けてくれた。
アルメリアを抱き抱えた騎士は腰のシーツを外すと横抱きにして歩き始める。
(この聞き覚えのある声は‥‥)
「ねぇさんの手紙の通りお転婆のお嬢さんのようだね?」
「やっぱりっ」
「しーっ気付かれちゃうよ?」
「叔父さんっ戻っていたのね?」
「初めましてアルメリア。叔父のエリオットです。できればおじさんじゃなくエリオットって呼んで欲しいな」
前世でもそうだった。独身のエリオットはおじさんと呼ばれるのを嫌がったのだ。
「初めましてアルメリアよ。エリオットに話したいことがあるの」
「何かな?」
「実はね、私人生をやり直しているの」
耳元に口を寄せて手で隠すように密かに話したアルメリアにエリオットは目を丸くした。
「エリオット、お父様が詰問されているのは私が日本から持ち出した商品なの」
「ニホン?」
「前世の私はその前の人生の記憶がある転生者だったのよ。渡り人と呼ばれていたわ」
「レグザに連れ去られた私に何かと親身になってくれたのもエリオットよ?今回は連れ去りを回避してみせるわ。でも、その前にお父様とお母様を助けなくっちゃいけないのっ」
「何やら複雑なんだな。僕があの部屋の下に居たのは偶然じゃない。君に話を聞くつもりだったんだ」
「ごめんなさい。日本の商品の製造工程は知らないの。恐らくプラスチックが注目されているんだと思うわ」
「拘留中の毒殺侍女にも会って話を聞きたいの。できるかしら?」
「うーん。どんな話をするつもりか聞いてもいいかな?」
「あのね‥」
耳元でコソコソと話したアルメリアにエリオットは小さく頷き人気の少ない場所から城内に入っていく。




