このお話は幽霊オチです
「じゃあまあ、えー、まずはかんぱーい!」
「おー」
「うぃー」
とある夏の夜。集まった三人。彼らは中学時代からの友人。しかし、進路や仕事の都合で中々会うことはなく、こうして二十歳を越え、酒を酌み交わすのは今回が初。どこか喜びと気恥ずかしさを覚えていた。
「と、さっそく始めちゃいますか! な!」
「えー? いや、言ってもこの三人で会うの久々だしさ、まずは世間話とかさ。なあ? いや、お前、ペース速いな!」
「んー? ふふふふふへへへへ」
「はははっ、そうそう。酔いが回らないうちにさ。さ、さ、越野、お前から頼むよ」
「なんで俺が一番手なんだよ。お前が言い出しっぺなんだからお前が話せよ」
「そもそもなんだっけぇ?」
「はーい! 怪談話たいかぁぁぁぁーい! 開催です!」
「いや、雰囲気」
「ああ、そうだったそうだったぁ」
「いいからいいから、さささ、どうぞどうぞ」
「まあ、俺もちゃんと用意してきたからいいけどさ」
「いいねいいね! あ! ちなみにネットからそのまま拾ってくるのはなしだって言ったよな? 大丈夫だよな?」
「わかってるよ。さすが作家さんはその辺厳しいなぁ」
「んー、作家ぁ?」
「ほらこいつ、中学生の時になんか賞貰ってただろ。ホラー系の短い小説で」
「あー、あったっけなぁ」
「それで、今はなんかのホラー漫画の原作をやってんだろ?」
「へぇー、すげえじゃーん」
「いやいやいやマイナー雑誌のちょっとした漫画だよ。単行本も出てないしさ」
「またまた謙遜しちゃってさ。まあ、いいや。プロは後でってことなら俺から行くぞ」
「いよっ!」
「フゥー!」
「雰囲気でねえっての、まあいいか……話すぞ」
ある高校生たちが住んでいる町の山にある祠に夜、肝試しに行ったんだ。
で、なんてことはなかった。みんなどこかひんやりと冷気は感じていたが、まあ、山の中だしな。気にしなかった。
……でもな。次の日、学校に行くとその、Kのやつがなんかよそよそしいんだ。一緒に肝試しに行った連中は不思議がった。でも、その理由を聞く間はなかった。Kのやつが、学校に来なくなったんだ。何日も、何日もな。
心配になった彼らはKの家に向かった。ああ、心配っていうのは自分たちの身のこともな。そう、Kのやつは呪われたんじゃないか、そう思ったんだ。次は自分の番かもしれない。事情を知りたい、少しでもいいから情報が欲しい。その想いで彼らはKの家に上がり、部屋のドアを叩いた。すると……Kは言った。
『お、俺に構うな! 構わないでくれ!』
ひどく怯えていた。構うな、と、しかしそうはいかない。彼らは口々に訊ねた。
『どうしたんだ!?』『あの夜、お前何か見たのか!?』『今、なにかいるのか!?』『おい、ドアを開けろよ!』
ドンドン、ドンドンドン! ドアを叩いた。するとKは言った。
『お、俺だけ生き残ってごめん……でも構わないでくれぇ……』
そうあの夜。足を滑らせてK以外の連中は……。
そして、俺たちはもう……と、気づいた彼ら。
より一層激しくドアを叩いた。ドンドン、ドンドンドン、ドンドンドンドン……と。
「と、どうだ? へへへっ、あんま時間かけないで作ったにしてはまあまあだろ」
「いや、いいよ! いい、いい!」
「へへ、そうか? いやー、作家先生にそう言われるとちょっと嬉しいもんだなぁ」
「ははは、だから作家先生じゃないってぇ」
「ははは、嬉しそうじゃねえか。お前はどうだった? 俺の話」
「ん? 本当にまあまあだね」
「え、お、おう。そうか……」
「てかさ、本当に怖いのは人間じゃない?」
「あー、うん?」
「幽霊よりさ、生きてる人間のほうが怖いでしょ。幽霊だってもともと人間だったわけだしさ。やっぱ怖いのは人間の悪意だよ」
「うー、うん、まあ、うん……じゃ、じゃあそれを踏まえて次、早川、お前な!」
「おれぇ? おれはいいよ。ほら作家先生、頼むよ」
「え? いや、俺はまだいいよ。じゃあ……」
「え? また俺? は?」
「まあまあまあ、今の話も最高だったしさ! 頼むよ!」
「おぉ、まあ、いいけどさ……」
幼い子供がいるある家の話だ。ある日、母親がその子にこう訊ねた。
『ね、ねえ、誰とお話してるの?』
そう、その子は何もない空間にひとり、話しかけそして笑っていたんだ。その子はこう答えた。
『おじいちゃん!』
母親はその夜、夫にその事を話した。でも、おじいちゃんというのは二週間前に亡くなった彼の実父であり、べつにそう怯える必要もないだろうと、むしろ目に涙を潤ませ喜んでいるようだった。孫のもとに来てくれたってな。
だから正直、気味が悪いと思っていた母親もそう悪くは言えず気にしないように努めることにした。
……で、ある晩。晩酌中に父親が息子に訊ねた。
『おじいちゃんは今いるかい?』
『いるよ』
その回答に父親はそうかそうか、と顔を綻ばせた。
『でも、怖い人に連れていかれるよ』
その瞬間、電気がチラつき、父親は悲鳴を聞いた気がした。
「……と、まあ、短いけど」
「いや、いいよいいよ、フォオオオオウ!」
「いや、テンション! いいって言うなら怖がれよな。……で、お前はどうだった?」
「うん? さっきより出来が悪いんじゃない? やっぱさぁ、怖いのは生きてる人間でしょ。その母親が祖父の幽霊に何かしてたとかならよかったんじゃない? 生前、嫌っててさぁ」
「おー、うん……じゃあ、次はお前が話してくれよ」
「だから、おれはいいって。あ、作家先生ぇ。ビールのお代わり貰える?」
「おう、いいぞ。じゃあ、次もまた」
「また俺!? まあ、まだあるからいいけどさ……」
あるシングルファザーの家の話だ。その父親は子育てに悩んでいた。なにせ、息子がいうことを全然聞かないんだ。
で、ある時こんなことを思いついた。
『おい、早くお風呂に入らないとサブローくんみたいになるぞ』
『サブローくん? それだれー?』
『親のいうことを聞かない悪い子さ。サブローくんはな、全然お風呂に入らないものだから、怒ったサブローくんのお母さんが首を掴んでお風呂の中に沈めちゃったんだ。サブローくんはな、すごく苦しんでなぁ』
と、その父親はおどろおどろしくサブローくんの話をした。まあ、当の父親からしたらそれは苦し紛れ。俺は何をしているんだと、どこか冷めた気持ちでいたが、なんと効果てきめん。子供はすぐにお風呂に入るようになった。
で、味を占めた父親はことあるごとにサブローくんの話をするようになったんだ。
『言われても歯を磨かなかったサブローくんはな、お母さんに歯ブラシで鼻を突き刺され』
『早く寝ないから、たくさん顔を叩かれて』
『後片付けをしないサブローくんは、オモチャを口の中に詰め込まれて』
と、サブローくん効果とでも言うのか、子供はどんどん父親の言うことを聞くようになったんだ。
でも、ある夜……。
『ねえ、ぱぱ』
『うん? どうしたんだ?』
『サブローくんは悪い子なの?』
『ん? そりゃそうだよ。親のいうことを全然聞かないからなぁ』
『でも、サブローくんに酷いことするのも悪いことなんじゃないの?』
おっと。父親はサブローくんを出しにできるのもここまでかと思った。我が子が知恵をつけてきたな、とどこか嬉しくもあった。だが……
『サブローくん、泣いてたよ。いっつもいっつも、ひどい目にあわされるって』
『え?』
『僕にこんなことするのも悪い人だって。すごく怒ってたよ。ほら、そこ。サブローくん。ぱぱに話があるって』
息子が指さす先。曇りガラスの向こうの小さな人影。その顔は見えないが確かに殺気に満ちたものが……
「と、まあ、こんな感じで」
「ブラボーブラボー! アモーレ!」
「いや、だからいいなら怖がれよ! ……で、お前はどう思った?」
「ん? クオリティ? 普通以下じゃない? それにやっぱり怖いのは幽霊じゃなく現実のにんげ――」
「それやめろや!」
「お、おい、どうしたんだよ急に」
「いや、こいつ、さっきからずっとそればっかじゃん! 絶対、怪談話の感想で言っちゃいけないやつでしょ! 幽霊より生きてる人間のほうが怖いってよぉぉぉぉぉぉ!」
「おい、おい落ち着けって……」
「ダメだこいつ。ぶっ殺してやる」
「いや怖いよ。お前も証明しちゃってるじゃん。生きてる人間のほうが怖いって……。ほら、早川。謝っとけよ」
「……と、いうか無理だよ」
「あぁ? 無理ってなんだよ。やってやんぞボケカスクソゴミがぁ……」
「だからやめろって! お前も煽るなよ! カーペット張り替えるの大変なんだぞ! 死体の処理だって――」
「だから無理なんだよ。だって……おれはもう、死んでるんだから」
「は……? え、お前、あ、あ血が、あ、あ」
「う、うああ! あああ、ああああああおおおおおお! ああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
「……ふふっ、嘘だよ。はははははっ! これ血のりね。用意してたんだよぉ。ははははは!」
「お前、なんだよもう、はぁ、ビビったぁ……。というか、お前はビビり過ぎだったぞ。こっち若干、冷静になったわ」
「あ、おう……いや、床汚すなよ! 血って全然落ちないんだぞ! あーもう!」
「だから血じゃなくて血のりだってば。ふふん、生きてる人間が怖いって、合ってただろ?」
「ふぅー、やられたよ。で、そろそろ作家先生が話してくれよ。とっておきの怖い話をさ」
「え、いや、俺はいいよ……」
「なんだよ。もったいぶるなよ、ほら、話せって」
「いや、いいって俺の話は。次、お前また頼むよ」
「俺ばっかりじゃねえか! 審査員気取りかよ!」
「てか、お前、作家ってマジなの?」
「ん? 別に不思議な話じゃないだろ。お前だってこいつが中学の時になんか賞貰ってたの覚えてるだろ?」
「でもあれって、こいつが彼女かなんかに書かせたやつだろ?」
「え? そうなの?」
「マジマジ。暗い子でさ。何年か前にたまたま町で会った時、聞いてもいないのに実はあの話、彼のために私が書いたんだぁってさ。今も関係が続いてるって」
「え、今もって、それ」
「ああ」
「ゴーストライター……」「ゴーストライター……」