逃亡!+依頼!
荒れた道を、集団で固まって移動する。一面の岩肌。草木に乏しく、生命の気配はない。統一された防具を纏った集団と不揃いで不格好な見た目の集団が歩を進めている。統一した集団は鱗を纏った獣に騎乗しており、この団体に喧嘩を売るのはそういないぐらい規模はある。
何度か、小高い丘を避けながら進んでいくと、小さい風船のようなものが空に見える。実際の大きさはかなりのものだろう。
偉そうな鎧を着た氏族兵長が部下の報告を聞いて、少し顔を緩ませた。ヨークシャー氏族領域内に入ったのだ。
「よし、このままゆっくり進むぞ。今回は急ぐ必要がな…」
カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!
(この音は、こんなところでか?!面倒な)
阿保みたいに甲高い音が耳にうるさく響く、いやでも耳に残る音を残り、手に汗が滲む。
(嫌な感じの音だな、敵襲かもしくはあれか?)
氏族兵達は、騎獣に乗り込み、走り去っていく。当然のように取り残された盗賊の皆さんは、状況をすぐに把握することが出来ず、まごまごしていたが、とてつもない振動が足元から響いてくると皆逃げ始めた。
「まじかよ!」
「疲れてるのに!」
「ここから走って間に合うのか?!」
野盗崩れが、一斉に文句を言いながら、ヨークシャー氏族の後を追う。もちろん、俺も逃げる。別の方向に。
氏族兵たちは、領土球に向かっていない。おそらく今回は、領土球の真下で生まれるのだろう。新たな大地が。
(俺は、このまま逃げさせてもらうぜ、ヨークシャー氏族に行ったところで、よくて農奴だろうしな)
氏族兵や無所属達とは、別の方向に向かう。他にも、逃げ出している奴がいるが、どうやらヨークシャーの連中にとってもこの事態は予定外のものらしく、逃げ出したやつを追いかける様子もない。
「うむ、落ち着け貴様ら。こちらで予定していたよりも早く、地鳴りが起きただけだ」
氏族兵長は、何事も無かったように冷静に話す。これは、氏族兵に向けたものではなく、無所属連中に向けたものだ。話し終わった後は、落とした荷物や武具などを背負いなおし、再編成を行う必要がある。
「氏族兵長、編成の報告です。本隊の離脱者はいませんが、無所属は、少なくとも100人は逃げてます」
「そうか、ご苦労。副長には、鱗魚の状態を確認するよう伝えろ」
「了解です!」
(明らかに、人数が減っているな、単純におびえて逃げ出したやつらはもちろんのこと、どこかの手先連中も逃げ出されているかな)
部下が離れた後、小さな声でぽつりとこぼす。
(今回の目的は十分達しているし、鮮度の高い地鳴り情報も出せる。しかし、そうなると戻るより、ここでキャンプを作った方がいいか?幸いなことに使いつぶせる労働力もいる)
氏族兵長はヨークシャー氏族の本拠に向けて、伝令を送るよう命令するため、周りにいる護衛と相談し始めた。
その後、ヨークシャー氏族の部隊は、氏族の領域に略奪物資等を送る部隊と地鳴り付近に残りキャンプを作る部隊に分かれた。
領土球とは、反対方向に進む。先ほど地鳴りが起きた場所の風景をよく覚え、寂れた風景の荒野を抜けて、地面が砂状になるところまで行く。途中で、同じく逃げていた無所属の奴と突発的な戦闘に入ったりしたが、危なげなく倒して進んできた。
周りに誰もいないことを確認してから服の裏側に縫いつけた布を破り、中から笛を取り出す。息を吹いても音はしない。が、ある動物には聞こえる代物。
口にくわえて、息を流す。土っぽい味がするが、気にせず息を流す。
すると近くの足元が揺れる、魚のような流線型のフォルムに手足の生えた四足の生き物が砂から飛び出てくる。鯨の先祖みたいな見た目だ。砂場での保護色が基本カラーだが、しっぽの先が青くなっているため、青と呼んでいる。
「ギュッ!」
低いボイスで出てきたのは、土魚と呼ばれている動物。人には懐くし、体力もある危険性もそんなにない。
土魚は、砂の中を移動でき、強靭な手足を使った踏破能力も高い。体高は、俺の腰の高さほど、100cmあるかないかだ。全長は2mはある。
背に手を乗せて、持ち上げて騎乗する。自分の脚を足の動きの邪魔にならないよう折りたたんで、青の体に張り付くように挟む。コバンザメのように張り付き、体が振り落とされないよう専用の紐で縛る。かなり疲れるが、土魚には掴むところがないため、こうしないと滑り落ちる。
青の頭を撫でながら、顔の横を決まったリズムで軽く叩く。出発の合図だ。
合図を理解した青は、ゆっくりと動き始める。土魚の乗り心地は悪くなく、揺れは少ない。
青の鼻にとある匂いの着いた布地をのせる。すると、進む方向を変え、無所属の集落へ向かい始めた。
この世界は此方に来る前に住んでた、地球とはまた違った法則に基づいた世界である。ファンタジー小説みたいな設定が現実に存在している。魔法とかはないが、魔法みたいな現象はある。
そのひとつが大地が生まれる現象だ。デカイ都市の学問の先生たちがこの世界独特の現象として、名前を付けてるかもしれないが、俺の周りでは単に地鳴りとか、大地の雄叫びとか呼ばれている。地震とよく似た現象なのだが、比較的揺れは弱い。代わりに大地が産まれるとしか言いようがない風景を見ることが出来る。此方にきたばかりの頃、1度遠くからその眺めを見たが、空いたが口が開いたままになった。
先程のヨークシャー部族と一緒に巻き込まれたのは、その地鳴りという訳だ。
そして、地鳴りの後には、色々と便利なものが出てくる。
「場所は、正門からまっすぐ進んだところにあるクズ石平野からヨークシャー氏族方面に進んだところにあります。クズ石平野からは歩いてもそんなかからないです」
その色んな便利なものは、例えば、農業を助ける栄養ある土だったり、武器や乗り物などに使われる鉱石資源、飲める水などなど、生きる上で大事なものが出てくる。
まるで、夢の国のような出来事だが、この世界の生きている人にとってそれは当然のことであり、その現象に対する動きはだいたい決まっている。
「あぁ、そこで取れた土を濃度計で確認した限り、嘘はついてないようだな。じゃあ、戦闘員派遣の金だ。地鳴り報告の方は、確認が取れてからだな」
「分かりました、また何かありましたら、呼んでください」
生活以外に充てるような資金がない俺に出来る一番金を稼ぐ方法としては、ツテのある組織にタレコミするってところだ。今回は、盗賊への戦闘員派遣の仕事を出してた無所属集落の自治会連中だ。
無所属は簡単に言うと、氏族に入れないはみ出しもの、追い出されたもの、そもそも氏族とは関係の無い生活してきた連中の総称。まぁ、この世界の社会階級にすら入っていない連中とでも思ってもらえばいい。
しかし、そんな社会のはみ出し者でも集落のリーダー格やその取り巻き連中になると、都落ちした元氏族の連中がいたり、腕一本でのし上がったやつもおり、馬鹿の集まりってわけじゃない。
ここ第五八集落もそのひとつだ。
「それと、地鳴りに関連して頼みたいことがあるのだが土魚に乗って急ぎ各集落に手紙を送ってくれ」
地球的な表現を使うならば、筋肉ムキムキのローマ人が近代的だが、どこか古代感のある軍服を来ている。このキビキビした感じは人物はローエンと呼ばれている。元々は、どこかの氏族のお偉いさんだったらしいが、敵対派閥に負けて、命からがら逃げてきたって、酒場の噂屋が言ってた。
ローエンは、机の上に並べた手紙はやけに硬い紙質をしていた。手紙を送る相手は、大事な相手らしいのが伝わる。
(まあ、余計なことに頭は突っ込みたくはないが)
「分かりました。代わりにはなんですが、地鳴り情報の前金として移動中の食料や道具を融通してもらえないですかね。その分は、差し引いてもらってかまわないので」
「いいだろう。明日の朝、正門に部下を用意しとく、そいつから貰ってくれ」
「それとなんですが、手紙の受け渡し確認はどうしましょうか。宛先の集落は初めて行くところもありまして、集落内に入ることすら出来ない場合もあります」
「それなら、これを見せればいい」
ローエンは、準備していたのか懐から小さな剣を取り出した。本当に小さなものである、玩具の剣だ。
「駄目そうな場合は、使わせてもらいます。じゃあ、自分はこれで」
「まぁ、待て。少し話をしていかないか」
グワッと、此方に近寄り、肩をグッと抱き寄せた。さっかまでの取り繕った顔ではなく、楽しいことあるぞと言わんばかりの笑顔だ。
「うまい飯もある。酒はあまり好きじゃなかったな、良い果実水はあるぞ」
俺も美味い飯のご相伴に、預かれるなら特に拒否する理由もないので、肩組まれながら、ローエンの屋敷に向かった。