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埼玉タイムリープブルース

作者: 白色矮星

ぼくは時間BARのバーテンダーにいった。

「からかってるの?」


この店でカルピスの原液を三口呑んで、決められてルートで街の中を歩いて、最後に神社で柏手を打てば、任意の過去に行ける? 


「都市伝説相手に期待していたわけじゃないけど、無理がありすぎる」


黄色い防護服に身を包んだバーテンダーが、フェイスプレートの向こうでほほ笑んだ。

「みなさん、そうおっしゃいます。でも、せっかく志木までいらしたんです。試されてはいかがです? そのうえで過去に戻れなければレビューに書き込めばよろしいじゃありませんか?」

この女性がこんな珍妙な服装をしているのは、未来から来たので、現在のウイルス等に免疫がないからだそうだ。


既にスプモーニを三杯も吞んでいたからだろうか。

なにもかも荒唐無稽な話だというのに、彼女のいうことももっともだと感じてしまった。


バーテンダーがいう。

「ただし、戻れるのは九分十二秒のみ。何より、あなたが過去で何をしても、それは現在には影響しません」


「は?」


「パラレルワールドってやつですよ」

彼女がマドラーをカウンターに滑らせた。水の線が一筋伸びる。

「あなたが過去で行った行動より、世界は二つに分岐します」

マドラーが線の中ほどから別の線を伸ばす。

「しかし、時間移動者が戻るのは、元いた世界です。新しい世界の未来にいけるわけではありません」


ぼくは頷いた。

「それでもいいさ」


こうして、ぼくは五年前に飛んだ。


細かい点は割愛するが、定められた手順に沿って儀式をすべてこなした結果、神社で柏手を叩いた次の瞬間には過去の自分の中に入っていたのだ。


隣を、制服姿の川清水さんが歩いていた。

ぼくが高校時代に好きだった相手。あの日、あのときの姿そのままだ。

伏し目がちな瞳に、長い睫。黒髪を後頭部で軽く結んでいる。


頭上の桜並木から、枯れ葉が舞い散り、歩道と並行して流れる玉川上水に吸い込まれていく。


彼女がいった。

「ねえ、どこの大学を受けるか決めた?」


彼女もぼくのことを好いていたのはわかっていた。

それでも、ぼくは一歩を踏み出せなかった。

臆病だったのだ。


「幸人くん、聞いてるの?」と、彼女。


ぼくはタイムスリップの衝撃からすぐに立ち直った。

脳が若いせいだろうか。ありえないことをすんなりと受け入れている。

さきほどまで入っていた酒はすっかり抜けていた。

当たり前だ。この身体は酒なんて飲んでいないのだから。


気合は充実している。高校三年間に追加の五年、八年分の想いだ。

ぼくはすぐさまいった。

「好きだ」


「は? え? いま?」彼女の顔が真っ赤になる。


「うん。いま。ぼくは君のことが好きだ」


長年胸につかえていた重石のようなものが消えていく気がした。

五年越しではあるが、ついに彼女に伝えることができたのだ。


次の瞬間、ぼくは例の神社に戻っていた。


隣にいたはずの彼女の姿は消え、暗がりのなか、賽銭箱がぼんやりと浮かんでいる。

アルコールの回った脳が、必死に現実を認識しようとする。

どうなってるんだ?

いまのは夢なのか?

呑み過ぎて幻覚を見ただけ?


十分ほど歩いて時間BARに戻ると、防護服を着たバーテンダーが「お帰りなさい!どうでした?」と楽しげにいった。


「過去には戻れた、と思う」


「よかったじゃないですか!」


「でも、君が言ってた九分じゃなかった。一分も経たないうちにこっちに帰ってたんだけど」


詳細を説明すると、彼女が頷いた。

「それは、お客さんが目的を達成しちゃったってことですよ」


「でも、ぼくは彼女の返事を聞いてない!」


「そんなのイエスに決まってるじゃないですか」バーテンダーが笑った。「というか、そこまで鉄板な関係だったのに、よく三年間も告白しませんでしたね。向こうも向こうですけど。二人とも引っ張りすぎですよ。わたしが思うに、お客さんの心残りは『好きだ』っていえなかったことそのものだったんじゃないですかね? よかったですね。勇気が出せて」


ぼくはバーテンダーが差し出した水を飲んで、ため息をついた。

「でも、返事は聞きたかったな」


「なら、いまからもう一度告白すればいいじゃないですか?」


「もう一度過去に戻って?」


「違いますよ。お相手の方、亡くなってるわけじゃないんでしょう?」


「でも、五年だよ? しかも、彼女はアメリカの大学に行ったんだ。就職も向こうだったし。もうぼくのことなんて忘れてるさ」


「あのですねえ。彼女があなたを忘れてるか、覚えているかなんて、誰にも分らないんですよ。ひょっとしたら、もう恋人がいるかもしれない。結婚してるかもしれない。子供がいるかもしれない。でも、独身でフリーかもしれないじゃないですか。先代のバーテンダーはよくいってました『過去は変えられない。未来は変えられる』って」


ぼくは頷くと、スーツのポケットからスマホを取り出した。


「未来は変えられる」そう呟きながら、川清水さんのline通話番号をコールした。












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― 新着の感想 ―
[一言] 未来は変えられる。 良いセリフですね!
2022/11/12 16:25 退会済み
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