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第96話「分岐ノ回想」

「まずは、エティカさんは能力のことをどれだけ知っていますか?」


「能力、ですか……?」


「ええ、私達が持っているものです」


「えっと……魂みたいな、ものとは……」


 能力というものは、よく知らない。

 エヴァンに救われ、背中へおぶられていた時に聞いた内容しか少女は知らない。

『救世主』という能力も少しだけ。


 それだけしかない自分自身を恥ずかしく思う少女へ、優しくバイスは語る。


「そうですね。魂とも呼ばれるもので、一人一つしか持っていない個性の塊のようなものです」


 産声をあげると同時に獲得する。

 その認識に間違いはないということを優しく伝える。


「しかし、中には例外が存在します。人族の『勇者』、魔人族の『魔王』、そして()()()()()()()()()()()()()()能力がそれに当てはまります」


 一口、湯気がほんのりとのぼる湯のみを傾け、バイスは喉を潤す。


「それらを"原初の能力"と私はよんでいます。神託歴の始まりと同時に獲得した中でも特に異質な能力。それをエヴァンさんは持っていました」


「原初……」


「はい、神託歴という千年の歴史の中でも異常とも言える能力。それが『勇者』、『魔王』、そしてエヴァンさんの持っていた能力なのです」


 隣で手を繋いでいた青年はそんな例外的存在だった。

 少し、驚いてしまうが、よくよく言葉を思い返す。


「持っていた……。今は、ないん、ですか?」


「失ってはいませんよ。今は眠っているだけです」


 そんな、人間のようなものなのか。

 少女は少し疑問が湧く。


「では、一人一つしか持っていないという話に戻ります。例外を除いて魂は一つの体に一つしか収まりません。そんな例外と呼ばれる能力はどのようなものか」


 それは、とバイスは前置きをする。


「いくつもの能力が混ざったものです。混ざって、混じって、混合して、溶けるように混ざりあったもの。それが"原初の能力"です。

 分かりやすく言えば、エヴァンさんは膨大な魂をその小さな自身の体に押し込めていたんです」


 本来、一人一つしか入らない容量の体へ。いくつもの混ざりあった膨大な能力をその身に抑え込んだ。

『勇者』や『魔王』といった特別な存在ではないはずの人間が。

 それがどういうことか。

 白銀の少女には見当もつかないが、普通の人として暮らすことは困難であるだろう。


「そんな文字通りいっぱいいっぱいな状態で、『勇者』の一部とはいえ『救世主』という能力を受け継ぎました。

 それを引き継いだエヴァンさんは、およそ数ヶ月間、目を覚ますことはありませんでした」


「え……」


「能力過多による意識喪失です。魂という重さに体ごと、意識すらも引きずり込まれた状態ですね。

 最悪の場合は、そのまま命が消えてしまう危ない状態です」


 エティカの体も自然と震えはじめる。

 そんな危険な過去を、壮絶な経験をしていて、彼は笑っていた。

 それに何も知らず甘えていた。

 歯がゆく、もどかしく、悔しさが少女を包む。

 思わず叱責しそうな紅色の瞳を、優しい翠眼はその姿を映す。


 託してもいいと思えるほどの意志が紅く燃えていた。


「今、エヴァンさんが普通に過ごせる理由も説明しましょうか」


 そう言うと、バイスは懐から親指サイズの小さな透明な結晶を取り出した。

 夏の日差しを反射する綺麗な輝き。

 長細く、両端を丸く削られたクリスタルカットの結晶。

 そして首からぶら下げられるように紺色の紐がついた、アクセサリーのような美しさ。

 自然にはない、手作りの造形がされていた。


「これは……?」


「これは、不思議な結晶でして、能力を封じ込められるように()()()()ものです。

 そして、エヴァンさんの元々持っていた能力を封じた結晶でもあります」


 ほんの数センチの大きさの結晶に、青年の意識が飛んでしまうような魂が内包されていた。

 透き通ったクリスタルに映る紅色の瞳は、揺れ動く。


「なぜこのようなものが()()()()()()()分かりません。しかし、分かっていることは、私がいつまでもこれを持っているわけにはいきません」


 バイスはエティカへ向き直る。

 真剣な顔で、捉えて離さない瞳は白くなっていても、少女の心を見透かすように。

 思わず、少女も姿勢を正す。


「なので、エティカさん。こちらを預かってくれませんか?」


「えっ……」


 少女が予想していた事よりも重い言葉が投げられた。


「そ、そんな、大事なもの、私が、預かるのは――」


「大事なものだからですよ」


 言い訳しそうなエティカへ被せるように。

 そして、意味を持たせるために。


「エヴァンさんを愛すほど、大切に思ってくれている人へ託したいんです」


 エメラルドグリーンの瞳が燃えるような意志を宿す。

 その気迫に、少女も言い訳さえ引っ込む。


「エヴァンさんの傍にいて、お互いを大事に想い合う人へ託したいんです。しがない年寄りのお願いを聞いて貰えませんか?」


 私では傍にいることはできないから。

 ならば、傍にいつもいてくれる人に託したい。

 彼の魂を。彼と添い遂げてくれる強い意志を持つ人へ。


 その願いはエティカに通じる。

 思い返せば、覚悟は半年前にできていた。


「わ、わかりました……」


 オドオドと。壊れ物に触れるような手つきで結晶を受け取る。

 非常に軽く、そこまで重さを感じないはずなのに、小さな手のひらへ重圧がのしかかる。


 受け取ってくれたことを嬉しく感じたバイスであったが、伝え忘れないよう言葉を繋ぐ。


「その中には、『勇者』を救済できた能力も封じられています。いざという時、その結晶を砕くことで封印されていた能力が本人の元へ戻るでしょう」


「それって……」


「『魔王』を倒す術がその中にあるということでもあります。しかし、それと同時にエヴァンさんの命が、危険な状態へ陥る可能性もあります。

 気をつけてくださいね」


「はい……」


 更に重くなったように感じた。

 ずっしりと。プレッシャーが少女に乗りかかる。

 潰されそうなほどのものを、青年は背負っていたのだ。


「あ、そうでした。肝心のことを言い忘れていました」


 これ以上の事があるのか、構えた白銀の少女へバイスはトーンを変えず伝える。

 それは、核心のような。はじまりのような。


「エヴァンさんの元々持っていた能力は『一日に一度の能力の獲得』という"原初の能力"です」

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