第95話「分岐ノ翠眼」
「じゃあ、そろそろ休憩しましょうか」
「は、はい……」
白銀の少女が燃え続け二時間ほど。山のように積み重なった野菜や肉の中、ようやく休憩時間の号令がかかった。
一心不乱に切っていたのだが、その間リラはただ椅子に座っていた。
ふんぞり返って、少女の捌き方を観察していた。
もし、青年がこの場にいれば文句を垂れていただろう。
そんなリラは立ち上がり、エティカの肩を優しく叩く。
「よくできたわね。最初こそ危なかったけど、後半はとっても丁寧で素早くできていたわよ」
「は、はいっ」
パァっと咲くような笑顔を魅せるエティカ。
エヴァンの母親に認められた。その事がなによりも嬉しかった。
「そういえば、村長さんから作業が終わったら、エティカちゃんと話をしたいそうよ。離れにいるはずだから、休憩がてら行ってらっしゃい」
「え、村長さんが……?」
「そうよ、直々のお呼び出しよ。だから早く行きなさい」
「は、はいっ」
急かされるように、エプロンを椅子へ掛け、急いで向かう。
ふわふわと弾む白銀の髪を見送るリラは、ん〜と伸びをしてエティカが立っていたところまで歩く。
恐らく、話は長くなるだろう。
目の前の新鮮な食材を睨む。
おおよそ調理場から人とは思えない声が屋敷中に響いた。
促された通りに村長のいる平屋へたどり着く。
先日と同じように、しかし一人なので静かに庭へ入っていく。
朗らかとした涼しげな空気の中、少女を呼び出した老婦は縁側に座り、日光浴をしていた。
白髪がキラキラと光る。
そして、初めて会った時と同じようにいち早くエティカへ気づいて、顔を向ける。
白く濁ったエメラルドグリーンの瞳が少女を捉えて、クシャッと笑う。
「突然、呼び出してごめんなさい」
重みのある声がエティカを揺らす。
「い、いえ……」
少女は戸惑う。
こういう時、どうすればいいかの経験値がない。
思わず、立ち尽くしキョロキョロと挙動不審なエティカへ、優しくバイスは声をかける。
「お隣へどうぞ、気持ちいいですよ」
「は、はい……」
しずしずと。庭石を渡り、バイスの隣へ腰掛ける。
緊張感からか手汗がしっとりと濡らす。
隣に座ったのを確認した老婦は、早速と喋り始める。
「どうですか? このイースト村は」
「あ、その……」
「ふふ、何もなくて退屈でしょ」
「そ、そんなことはっ。綺麗で、のどかで、わたしは、好き、です……」
モジモジと、拙いながらも思ったことを伝えていく。
ストラのような石畳と人だかりのせわしなさもいいのだが、のどかで閑寂な雰囲気もとても好きなのだ。
その事がみえたバイスは穏やかに言葉を紡ぐ。
「なら、良かったです。最近の子は王都といった都に行く子が多いですから、田舎は老人の住処かと思っていたもので」
「そ、そんなこと、ないです」
「ふふ、ありがとうございます。本気で思っていませんから、気にしないでくださいね」
なんとなく不思議な雰囲気を醸し出すバイス。
それが少女は気になるも、嫌悪感はない。
むしろ、心地よい。穏やかな空間に飲まれる。
そんなバイスは、さて、と前置きをする。
「呼び出したのは、他でもありません。エヴァンさんの事と、エティカさんの事です」
ピリッと真剣な顔つきになった老婦。
思わずエティカも息を呑む。
「まずは、エティカさん。貴方はエヴァンさんの事を愛していますか?」
「え!?」
驚愕の声が飛び出る。
少女の予想とは、かけ離れた一言に大きな声が出てしまい、口を手で閉じてしまう。
「愛しているとは言わなくとも、好きですか? 家族へ向けた愛情ではなく、一人の異性へ向けた特別な感情でしょうか?」
淡々と口からヒラヒラと出てくる言の葉に、白銀の少女は頬を真っ赤にする。
エヴァンの事をどう思っているか。
答えはただ一つ。
好きで、大好きで、愛している。
家族へ向けた慈愛のものではなく、一人の異性へ向けた恋情。
いつか、もし、いつかがくるなら。添い遂げたい。
そんな希望さえある。
まるで林檎のように紅くなった少女は、小さくとも答える。
「す、すき、です……」
消え入りそうな、恥ずかしさで包まれた少女の言葉はバイスにちゃんと届いた。
そして、そんな心情さえみえたので、人知れず胸を撫で下ろす。
それだけで呼び出した意味があった。
確認できたバイスは、イタズラをした子どものような笑みを浮かべる。
「分かっていたんですが、ちゃんとエティカさんの言葉で聞きたくて、恥ずかしい思いをさせてごめんなさい」
「い、いえ……」
早鐘の鼓動は身体中に響き渡る。
とてもうるさく、なによりもの証拠でもあった。
「では、そんなエヴァンさんのお話をしましょうか。この間、言えなかったエヴァン・レイになる前の彼の話を」




