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第93話「分岐」

 白銀の少女が好物の桃を堪能した次の日。

 朝食が並んだ村長屋敷のテーブル。

 手のひらサイズのパンをちぎって食べているエヴァンへ、リラはまたもや乱暴に語りかける。


「エヴァンとエティカちゃん。早速だけど、今日から祭りの手伝いしてもらうわよ」


「は?」


「エヴァンは設営の手伝い、エティカちゃんは――」


「いやいや、ちょっと待ってくれ」


 あまりにも一方的な決め方をされて、流れを止めるエヴァン。

 エティカもぽかーんとしていたが、止められたリラはあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。


「なによ、手伝うて言ったのに文句あるの?」


「いや、文句はないよ。ただ、いきなりだったからさ」


「当たり前でしょ。祭りまで一週間くらいしかないもの」


「初耳だが?」


「言ってないもの」


 思わず頬が痙攣(けいれん)するエヴァン。

 急に手伝うことは仕方がないと思えた。

 しかし、祭りまで一週間しかないのを今伝えることに頭痛がする。

 しかも、本人は後出しの情報に悪びれないのだ。

 てっきり2週間くらい後かと思っていた二人の予定が、少し狂う。


 といっても、ローゼルのところへ行って収穫作業の手伝いくらいしか予定は無かったが。


「まぁ、いいよ。文句はないけど、もっと早く言って欲しかっただけだよ……」


「今年は魔獣も大人しかったし、本来の日にちに戻しただけよ」


 なぜか、この収穫時期に合わせて魔獣の被害報告が増える。

 幻生林にしかいない魔獣が、わざわざこの離れた土地にまで来ることもある。

 そうなると、収穫時期と重なるように行う予定をズラし開催していた。


 そうしなければ、近隣の村も街も魔獣の対策で余裕がなくなる。

 今年は、魔獣被害もなかったために、本来の日に戻したのだ。


 一週間後。

 元々の祭りとしての役目を果たすため。


「ま、手伝うなら役割分担を言うわよ。エヴァンは設営の手伝い、エティカちゃんはあたしと一緒に仕込みの手伝いをしてちょうだい」


「は、はい!」


 姿勢を正すエティカ。

 真面目というか、厄介事さえ快く引き受けてしまいそうな勢いであった。


「じゃあ、そういうことだから。朝ご飯が終わったらお仕事よ」


「わかったよ……」


 小さなパンを飲み込むエヴァン。

 少し喉に引っかかりながらも、そこそこのスピードで食べ終える。

 エティカとは久しぶりの別行動になった。



 朝食を食べ終えたエヴァンとベールは村の広場に来た。

 硬く締められた土。円形に雑草の一本も生えないほど、丁寧に均されている。

 そこへは既に何名かの屈強な男が、大きなテーブルを運んでいた。


 この炎天下の中、苦手な暑さを受けながら汗だくの仕事をしなければいけないことに溜息がこぼれる。

 自然と目が据わってしまう青年。


 対して父親は久しぶりの我が子との共同作業にウキウキであった。


「さあさあ! やるべエヴァン!」


 ムキッとポージングを決めながら、暑苦しく促してくる。

 こんな鬱陶しい父親だったか?


「威勢がいいのは認めるけど、何をすればいいんだよ」


 少しの不機嫌が混じった声音をベールへ向ける。

 暑いのも、暑苦しい男も苦手なのだ。

 ヴェルディしかり、父親しかり。


「ふむ、そんな大した作業はないべ」


「あ、そうなのか」


 思わずエヴァンの沈んだ気分が浮く。

 一週間前とはいえ、それより先に準備されてるなら大した作業はないだろう。

 なにより、ベールや強靭な肉体を持つ男共がいるのだ。

 最悪の場合は、その人達を頼って楽ができる。

 そう思っていた。


「果樹園からの果物を倉庫へ移すんと、この広場にでっけえ机持ってくるんと、酒樽を二十個くらい運ぶんと、後は――」


「もういいよ、父さん……」


 想像以上の肉体労働が待っていた。

 エヴァンの浮いた気分は地面にめり込むほど沈む。

 男手が必要な理由を痛感し、この作業にあてがった母親を恨む青年。

 そんな男が産まれたての子鹿のような足取りになるのは、そう遠くない。

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