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第90話「強制と要請」

 話も済んだ二人は屋敷へと手を繋いで帰っていく。

 その後ろ姿を。弾む白銀の髪を見つめながら。


「勤勉の魔女よ。あなたは『魔王』よりも恐ろしい。あの二人をわざわざ舞台にあげる必要はないでしょう……」


 と、バイスは照らしていく太陽を仰ぐ。

 それがとても憎く、目の前の理不尽をただみることしかできないことを悔しく、涙が頬を伝う。




 屋敷での夕食時。

 豪華絢爛(ごうかけんらん)とは呼べなくても、小広い艶のでたテーブルを重ねるように、清潔な白いクロスがシワ無く伸ばされている。

 小さなシャンデリアを反射し、それは純白の雪明りのように少女の瞳を刺激する。


 その上へ几帳面に並べられている銀製の食器や、折り畳んだナフキンも眩しく小さな鏡のようであった。


 目の前の光景が、今までに感じたことのない(きら)びやかさ。

 思わず、エティカはその空気に飲まれて萎縮(いしゅく)する。


 普段手馴れたスプーンの使い方も、ひとつひとつの動作を確認しなければいけないほどであった。

 スープをぎこちなく掬う少女が心配なエヴァンへ、同席しているリラは思い出したように言葉をかける。


「……そういえば、エヴァンは祭りまでいるのかしら?」


 幼子をみつめる父親の目の青年は、その表情のまま声の主へ向く。


「あぁ、そのつもりだけど……」


 ただ、その一言でリラの顔が嬉しそうに歪む。

 あ、嫌な予感が。

 そう思うも、言ってしまったことは覆らない。


「ならちょうど良かった! 人手が必要なのよ、祭りの準備を手伝いなさい」


「え、なんで……父さんもいるし大丈夫じゃないのか?」


 ベールの方を向くと、小さな椅子に大きな体を詰め込んでいた。

 そして、エヴァンの視線に気づくとフンッ、と両腕をあげ力こぶをつくる。

 パンパンに張った服の上からでも分かるほどの上腕二頭筋が盛り上がる。


 ダブルバイセップス・フロントの形だが、そんなことをして服を破って怒られたのをベールは忘れているようだ。

 筋肉をピクピクと動かしながら。


「オラの体は1個しかねえべ」


「全部任せたいけど、それだと相当な負担でしょ? だから男手は多く欲しいのよ」


 二人してエヴァンをみつめる。

 その青年は隣の少女をうかがう。


 エティカはニコッと、はにかむ。


「わたしは、大丈夫だよ?」


「あ、エティカちゃんも手伝ってもらうわよ」


「え……」


 白銀の少女は目が点になる。

 蚊帳(かや)の外だと思っていたが、いつの間にか人数として数えられていた。


「当たり前でしょ?」


 そして、二人を捉えて離さないよう睨む。

 その後ろで炎が立ちのぼっているほどの剣幕。

 まくし立てるようにリラは。


「ただでさえ、限界集落の若者が少ないこの村だもの。使えそうな若者が帰ってきたのに、ぐうたらと過ごされてあたし達だけ働くなんてありえないでしょ」


 そのプレッシャーに押されてしまう青年と白銀の少女。

 エヴァンは、ぐうたらにエティカと過ごして村の観光をして、美味しいものをいっぱい食べさせるつもりだったのに。

 予定が崩れていく。


「なにより、あたしの前で働かないなんて許さないわよ」


「村長放って襲いにきたのに、何言ってるんだよ」


「それはそれ、これはこれよ」


 リラは万能な言葉を吐き出す。

 そして、乱暴にも決めていく。


「というわけだから、人助けと思って二人とも祭りの手伝いをしなさい」


 その言葉はなによりも破壊力があった。

 人助け。

 エヴァンもエティカもその言葉に弱い。

 仕方なく、やれやれといった感じに青年はつぶやく。


「はぁ……わかったよ」


「よろしい。エティカちゃんもいいわね?」


「は、はい」


 実家でぬくぬくと過ごす予定は、祭りの人員として働くことに置き換わった。

 しかし、疲れた表情の青年に対してエティカは、密かに高揚感が湧き上がっていた。


 初めての祭りへの期待だけでなく、頼られているという信頼がなによりも嬉しかった。


 こうして、イースト村の納涼祭(のうりょうさい)へ向けて準備が進められた。

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