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第88話「庭園」

 青年達が向かったその平屋は、今まで見たことがない和風の空間であった。


 木製の柵を押し開き、そのまま庭と思わしき場所へ。


 庭は、砂利で敷き詰められ、苔の生えた庭石が縁側まで続く。小さな池もあり、桃の木があり異質な空間がパノラマのような小ささで広がっていた。


 その庭石が続く先、縁側には一人の着物姿の老婆が湯呑みを持って日向ぼっこしていた。

 目を閉じ、寝ているのかと思うほどゆっくりとした空間。

 その風景を切り取って絵画として飾っても遜色ない。

 それほどに美しい、静かな奥深い匂いがした。


 白髪の老婆は、庭へ入ってきた者がいることに気付く。

 エヴァンと、見たことも無い数々に目を輝かせているエティカを開眼して捉える。


 翠眼(すいがん)。エメラルドグリーンのように明るい瞳。

 しかし、その瞳の中心は白く濁っていた。


「おぉ、エヴァン君。久しぶりですね」


 その声は腹の奥にまで響くような重厚な声質であった。


「お久しぶりです。バイス村長」


 エヴァンはそう言いながら、ゆっくり白銀の少女の手を引きながら近づいていく。

 点在している庭石を飛びながらエティカは進む。


 バイス村長と呼ばれた老人の目の前まで着くと、桃の甘い香りが漂ってくる。


「おや、お嫁さんを連れてきたんですか?」


 そう言い、白銀の少女を見つめる。

 その瞳の奥に優しさをこめたような、目の前の少女へ愛情をこめたような。

 穏やかに目尻を下げた笑みを浮かべながら。


「いえ、俺が保護している子です。エティカと言います」


「エ、エティカです……。初めまして……」


 人見知りが発動しつつも頭を下げる礼儀正しい白銀の少女。

 そのふわふわの髪の毛が揺れるのを眺めたバイスは。


「おや、そうでしたか。いやはや、すっかり目が悪くなってしまいましたね。夫婦のように見えましたので、てっきりお嫁さんを連れて挨拶に来たのかと」


「エティカはまだ十歳なので結婚できませんよ」


「ほぅ……。それにしては丁寧なお嬢様で、エヴァン君にはお似合いだと思いましたが」


「俺は結婚できませんから……」


「それもそうですね。まったく、よく分からない政策で若者の未来を潰して欲しくないものですが……」


 そこで、語りかけた口を閉じバイスは思い出す。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。

 私はこのイースト村の村長をしています。バイス・レイと言います。よろしくお願いしますね、エティカさん」


「は、はい! よろしく、お願いします……」


 ぺこりとバイスの礼には、真っ直ぐと由緒あるものだと感じるほどに洗練されていた。


 思わず、エティカも頭を下げる。

 ふわふわの白銀の髪の少女と、サラサラのロングストレートの髪のバイス。

 少し対照的とも見える場面。


 その二人の挨拶が済むと、老婦は青年へ顔を向ける。


「立ち話もなんですし、よかったら座りなさい。エティカさんも」


 と、自身の隣をぽんぽんと叩いて示す。


 それは少しの配慮にも感じられたが、様々な話を聞きたいという意思表示にもみえた。

 青年と白銀の少女は目が合う。

 エティカがコクンと頷く。

 話がしてみたい、という思いを紅色の瞳に映しながら。

 それを確認できたエヴァンは、村長へ向き直り。


「では、失礼しますね」


 と、隣にゆっくりと腰を下ろした。

 エティカも座ると、目の前の庭の風景と縁側の雰囲気にのまれた。

 なんとも言えない閑寂(かんじゃく)な空気を吸い込む。

 やはり、桃の甘い香りが鼻腔を刺激する。

 少女の大好きな匂いで気分も自然と高揚する。


「さて、エヴァン君」


「は、はい」


 バイスの柔らかい表情は変わらなかったが、なぜだか青年の心が引き締められる。


「単刀直入にお聞きします。エティカちゃんは魔人族でしょう?」


 その一言に引き締められた心が、握りつぶされるようなプレッシャーに支配される。

 それはエティカも同じ様子で、目に見えて驚愕しエヴァンを見つめる視線は悲嘆で包まれる。


 やはり、魔人族であることはいけないことなのだと。

 そう考えてしまうと、頭の上の帽子を強く握ってしまう白銀の少女。


 しかし、それは早計であった。


「あぁ、勘違いさせたらなごめんなさいね。私は魔人族であろうと迫害するつもりはありませんよ。

 ただ、気になっただけで誰彼構わず言いふらすつもりは、ありませんよ」


 先ほどと同じように、エティカへ優しい目元で笑いかける。


「ただ、()()()()()()ので、確認のためにね」


 そうバイスは付け加える。

 白く濁った瞳でありながらみえてしまう。

 例え、術式をかけた帽子を被っていようとも。


「それで、どうでしょうか?」


「はい……。エティカは魔人族です」


 村長のその瞳に救われたことのある青年は、正直に答える。

 その答えが聞けて満足したのか、クシャッと皺を寄せるバイス。


「そう、可愛い子ね。改めてようこそエティカさん」


 その笑顔は愛しい孫娘に向けるような慈しみが伝わってくるものであった。

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