第87話「救世主の村」
木々に囲まれたけもの道を進んでいく。
ズンズンと先頭を突き進むリラ。
歩く度に弾む毛先。
ただ勇み進む姿はたいへん男らしい。
その後ろをベールが、のそのそとついて行く。歩くと肩が木の枝をへし折っていく。
その姿は猪のようであった。
いや、象のようでもあった。
そして、エティカはエヴァンの手を握って歩く。
握りしめた手には汗がじんわりと浮き出る。
風が吹けば涼しい雑木林。
しばらくの時間。
目の前が徐々に明るくなっていく。
ただ、木々の先は真っ白で輪郭さえ浮かび上がらない。
それほどに陽光が照らした先。
エティカは息を呑んで見惚れる。
新緑で輝く山の麓。多くの家々が点在していたが、なにより田畑の広さ、果樹の一角などとても広大な農地。
収穫前の麦の煌めきが光る。
桃の木々、葡萄のカテーンが遠くでも確認できる。
ストラや途中の翼人族の村とは違い、一目で自然豊かな土地だと分かるほどに。
「ここが、イースト村よ」
自信満々に、誇らしく言うリラ。
それほど眼前に広がる光景は、様々な彩りに包まれていた。
自然の美しさに飲み込まれた少女はただ、一言。
「すごい……」
感嘆を示した。
そこへゆっくりと踏み入る。
視覚での豊かさも感じていたが、近づけば近づくほど匂いも漂ってくる。
草木の独特の青臭さ。
小川のせせらぎの香り。
なにより薄らと桃の匂いがエティカの鼻腔を一番に刺激する。
あぜ道へと進み、そのまままっすぐと道なりに。
田畑での作業中の村人が、エヴァンの姿を確認すると遠くからでも手を振って歓迎する。
作業を中断してでも迎え入れる。
全ての人々は笑顔で青年を見ていた。
それが、白銀の少女にとってはなんともいえない嬉しさに。
心の内がぽかぽかとあたたかくなっていく。
自分のことではないはずだが、この経験も二度目であった。
黙する鴉以外にも帰りを待ち望む者がいる。
隣を歩く青年を密かに見つめる視線が、熱を帯び始めた頃。
目的の豪邸に辿り着く。
大きな別荘のようで、赤を基調としたレンガ造り。
少し色の抜けてきた屋根の四隅には、翼人族の村でエヴァンの言っていた鴉の彫刻が居座っていた。
そして、田舎の山村には珍しい屋敷の隣。
白銀の少女は今まで見たことない奇妙な家屋があった。
一階建て。それも木で組まれた一軒家がぽつんと。
平屋建て。
今まで見たことがなく、この村にも一軒しかない不思議な建築物があった。
それを好奇心の赴くままに観察していた白銀の少女であったが、先陣を切っていたリラが突如振り向く。
「そういやエヴァン、村長さんに挨拶するんでしょ? 荷物はあたし達が運んどくから行っといで」
「え、いいのか?」
荷物をあてがわれた部屋に置いてから、挨拶しようと考えていたエヴァンにとって思いがけない一言。
「いいから、エティカちゃんも行ってらっしゃい」
「は、はい!」
少し渋ったエヴァンの背中をバシッと叩いて、平屋の方へ送り出す。
相変わらず乱暴だと、憎む口になりかけた青年であったが。
「ありがとう」
エヴァンのその一言に、目を見開くリラとベールであったが荷物と芦毛の馬を素早く預かる。
青年と白銀の少女は、手を繋いで平屋へ向かって行った。
残された二人と一頭。
エヴァンの母親と父親は、その後ろ姿を愛おしそうに眺める。
慈愛の、母性と父性の瞳で。
「ありがとう、なんて言えるようになったのね……」
「あぁ、いい人達に出会えたんだべ」
「そうね。お嫁さんも一緒だし、なんだか安心したわ」
和やかなその一幕であったが、サニーは変わらずベールの頭をガジガジと噛んでいなければ、もっと微笑ましい場面であっただろう。




