第86話「木漏れ日の説教」
「「大変申し訳ございませんでした……」」
先ほど強襲してきた黒いローブの二人は、仁王立ちのエヴァンの前で正座していた。
薄暗い木々の隙間を木漏れ日が照らしていく。
しかし、それよりもドス黒い青年の心情が表出しているのか、余計に暗く感じる。
正座の二人ともフードを外し、顔を出している。
一人は女性。もう一人は男性。
その二人とも反省の色が浮かんだ表情をしていた。
「俺が送った手紙は読みましたか?」
「はい……」
女性は苦しそうに言う。
黒髪を短くさっぱりした頭髪であったが、毛先が外ハネしている。
謝罪の色が浮かんだ瞳は漆黒のように黒い。
彼女がエヴァンの母親である。
「手紙は読んだが、あえて襲いかかったと」
「へい……」
男性も大きな体を小さく縮こまった状態で言う。
綺麗な坊主頭でツルツルとした頭部。
瞳は茶色であったが、優しい目元で垂れ目。
彼がエヴァンの父親である。
「はぁ……」
手紙をわざわざ書いて送ったというのに、その意図を汲まなかった実の両親へため息がこぼれるエヴァン。
予想はしていた。
父親はともかく、母親の乱暴な思考回路を知っているからこそ、襲ってくることは重々承知のうえだった。
しかし、それでも。
「可愛い子と一緒だから、と書いたはずなんだが……。怖がらせちゃダメだろ」
「可愛い子と一緒だから、しっかり守れるのかと――」
「あ?」
「すいません……なんでもないです……」
母親の言い訳をたった一言で一蹴する。
そんなエヴァンは初めて見るので、エティカにとっては新鮮であったが本気で怒っていない様子だ。
ただ、心底呆れている様子だが。
ふと、反省中の二人を置いて白銀の少女へ向き直るエヴァン。
「ごめんよ、エティカ。怖かったか?」
「うぅん……びっくりしたけど。エヴァン、カッコよかったよ」
にへへ、と笑う白銀の少女に思わずエヴァンも気勢が削がれる。
照れて、頬をかいてしまう。
その笑顔のおかげか、空気が少し変わる。
「こんな形で紹介したくなかったんだが……。俺の父さんと母さんだ」
「は、はじめまして……。エティカです……」
青年の紹介にペコリと頭を下げるエティカ。
ふわふわの髪が上下に揺れる。
それは雪のような柔らかさがあった。
頭を下げられた二人は切り替えて、穏やかな笑みを浮かべる。
まずはエヴァンの母親が口を開いた。
「初めまして。リラ・アンセムです。気軽にリラと呼んでね」
「は、はい」
「こんなべっぴんさん見たことないべ。お初じゃが、オラはベール・アンセム言うから、簡単にベルと呼んでくれと」
「は、はい……よろしく、お願いします」
女性はリラ・アンセム。
男性はベール・アンセム。
そこで白銀の少女は気付いた。
「あ、あれ? エヴァンと、名前が違う……」
そう、青年と名前が違う。
そこに気付いた少女はエヴァンを見上げると、少し表情が翳る。
そして、両親の表情もかたまった。
「まぁ、色々あってな……。ちゃんと血は繋がってるから」
しかし、エヴァンははぐらかした。
それだけでなにかあったのを察するのは、簡単であった。
白銀の少女の質問には、必ず答えていた青年が初めて答えを濁らせた。
血は繋がってるが、なにか理由があって姓を変えている。
白銀の少女はまだその理由を聞けるほど、踏み込めていないと悔しさが心を濁らせる。
だが、それを追及するほど我の強い子ではなかった。
なにかあるなら言ってくれるその時まで待つ。
ある意味大人びた少女であった。
「そうなんだ……仲がいいんだね!」
「いや、襲ってくるなんて最悪だと思うんだが……」
「あんたが弱いのがいけないのよ」
「母さんは黙っててくれ」
「あら、一丁前に文句言っちゃって。なに、やる?」
非常に母親の血の気は多いようだ。
「やんねえよ。めんどくさいし……」
「そう。なら、早く家に行きましょう。村長さん放ってきちゃったし」
「職務放棄すんなよ……」
正座からさっさと立ち上がると、そそくさ村の方へ向かっていくリラ。
傍若無人の変わらない姿に、思わずエヴァンも溜め息が漏れる。
その沈んだ肩をぽんぽんと、ベールは優しく叩く。
父親も苦労人なのか、エヴァンの心情に共感した表情をしていた。
いや、あんたも共犯者だろ。
その言葉を絞り出す気力はない。
衝撃的な出会いをした両親の後を、ゆっくり追いかける二人と一頭。
ただ、ベールの頭を芦毛のサニーはガジガジ噛んでいたが。




