第85話「家族襲撃」
翼人族を後にした二人と一頭は、ゆっくりと西へ伸びた草原にできた踏み慣らされた道を進んでいく。
そのまま、進んでいけばエヴァンの実家であるイーサム村に辿り着く。
照りつける太陽に汗を垂らしながら歩く。
進んでいくと立ち塞がるような木々に囲まれる道。
その先は、薄暗く不気味な雰囲気が漂っていた。
そこを突き抜けた先に青年の実家がある。
そして、同時にここまで何もなかったことが余計な不安を煽る。
本来、襲ってくるはずだった者が襲ってこない。
それだけで嫌な予感がヒリヒリと肌を刺す。
少しの足踏み状態であったが、二人は意を決して中へ踏み入る。
日差しが強いところから樹木のカーテンの中へ。
「涼しいね、エヴァン」
「だな、少し休むか?」
「うぅん。大丈夫、まだ歩けるよっ」
エヴァンを見ながら力こぶをつくる。
ふんすっ、と息を吐きながら。
「なら、もう少し歩こうか。この先を抜けたら俺の村だから」
「うんっ、楽しみ……!」
青年のその一言で、ルンルンと足取りも軽くなる白銀の少女。
やはり、体力は相当有り余っている様子。
しかし、一瞬。
ほんの少しの一秒にも満たないその刹那。
エヴァンへ冷たい視線が刺した。
「……!」
突如、臨戦態勢で構えたエヴァンにびっくりするエティカ。
青年の瞳は、殺意にも似た視線を向けられた先。
鬱蒼とした木々の隙間。
とても肉眼では視認できないほど遠く。
そこを睨んで離すことはない。
先ほどまでの穏やかな二人を包み始める不穏。
どうすればいいか分からないエティカであったが、ひとまず青年の後ろにつくことを選択する。
ただ、エヴァンの邪魔をしてはいけない。
そう思ったからこその選択。
息を殺し、静かに短く息をする。
初めての出来事に対しての反応としては、正解にも近かった。
だからこそ、魔獣のいる幻生林で生き延びられたのだろう。
エヴァンはそう思う余裕があった。
今まで何度も見られた馴染みのある視線だったからこそ、エティカにも気を配れた。
しかし、視線の主はそんな慢心を許さなかった。
エヴァンの構えとは真逆の方向。
背中側から一本の矢が風を切りながら迫ってくる。
ヒュッ……。
青年の頭部。ほんの少しでも左へ傾ければ頭を矢で貫かれるほどの真横を掠める。
躱せる。そう思ったのもつかの間。
本来の目的は別にあった。
「うおぉぉぉっぉぉぉぉぉぉ!」
エヴァンの正面から筋肉で盛り上がった大きな塊が、大声を上げながら突進してきた。
黒いローブで身を包んではいるが、筋骨隆々な肉体が不自然に浮き出たその身体。
矢に意識が向いたその一瞬の内に距離を詰め、今まさに青年へタックルしようとしていた。
「キィエエェェェェェッ!」
そして、矢が飛んできた方向からも奇声を上げ飛び掛ってくる。
複数構えでの奇襲。相当な手練の戦法であった。
矢が当たればいい。
当たらなければ意識を逸らせばいい。
その隙で攻撃を当てればいい。
それも当たらなければ、背後から飛び掛った一撃が当たればいい。
エヴァンの背後から前のめりに飛び掛った奇声の主。
正面から突進する大声の主。
それに挟まれた青年は万事休すの状態。
「「くたばれえぇぇぇぇぇっ!」」
息もピッタリな言葉と同時に二人の攻撃が炸裂する――
ゴンッ!
――ことはなく、二人の頭部が勢いよくぶつかった。
「「いたあぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!?」」
額合わせになった二人はそのまま地面へ落下。
エヴァンを倒そうとした勢いはお互いの頭部への衝撃によって、相殺された。
地面をのたうち回り、ぶつかった額を抑え獣のようなうめき声をあげる。
それを眺める青年の白い目は、白銀の少女が見た中でも随一の冷たさを誇った。
奇襲する側としては、申し分ない勢いと戦略性ではあった。
しかし、相手が悪かった。
奇襲される側も予め奇襲されることを知っていれば、対処できる。
今回は、前と後ろの二つの方向しか攻撃が来なかったため、横に飛べば躱すことができる。
エティカを抱え、右へ跳躍すればいい。
難なく可能な動作で、攻撃を躱すには充分であった。
あくまでも相手が驚き、体がかたまったところを襲う戦法。
そんな奇襲戦法は失敗に終わった。
そして、波乱の幕開けではあったが、これがエティカとエヴァン両親の初の顔合わせとなる。




