第84話「羽根」
そんな賑やかな日々もあっという間に過ぎ去る。
村長宅での出来事は喧騒に満ちていて、黙する鴉と似た印象があった。
それほどに翼人族は元気で活気の溢れた種族であった。
旅立ちの朝。
出迎えに来たハーストとフィロソファー。
西に建てられた木で組まれた門の下。
青年と少女、芦毛の馬は薄い青白い空の下で荷を担いでいた。
「では、お世話になりました」
エヴァンが一言。
二人に向けて言うと、ニカッと老人は笑う。
「またいつでも来い」
笑いジワがさらに深くなるよう。
ハーストは心の底から待ち望むように。
しゃがれた声で伝える。
「フィロさんもありがとうございました」
「いいのよ! 賑やかすぎて迷惑をかけてないか心配だったけど、またいつでもおいで」
フィロソファーは主人よりも大きな声で言う。
夜に強いフクロウだからか。
ハーストよりも目が覚めているように感じたエヴァン。
「エティカちゃん」
「は、はい」
そんなエプロン姿のフィロはエティカを呼ぶ。
呼ばれた白銀の少女は、その声の主を見上げる。
ほんの少し上げた視線。
その紅色の瞳に映る女性は穏やかであった。
今まで見せていた般若の表情ではなく、我が子に見せる慈愛の表情を浮かべる。
「本当はアタシの羽根を渡すのが風習なんだけど、混血だから自分のじゃなくてごめんなさい。
だから、代わりにこれを贈ります」
と、茶色のしましま模様のギザギザとした羽根を一枚、少女の被っていた帽子へ刺した。
「アタシのではないけど、翼人族の風習に沿って母親の羽根を贈ります」
不思議そうなエティカであったが、帽子を脱ぐこともできない為、静かにフィロの話に耳を傾ける。
「フクロウとは"不苦労"とも言われています。貴方のこの先の行く末に苦労が無いことを祈ったお守りです。
だから、大切にしてね」
「うん……! ありがとう、ございます」
照れくさかったのか、エティカはモジモジとするも「えへへ……」と笑う。
その様子を眺めていた二人の男。
鷹の老人は、コホンと咳き込む。
「では、ワシからも贈らせてもらおう」
ハーストは一枚の暗褐色と等間隔に白い模様の入った羽根を、エヴァンのローブ左胸へ刺した。
「言わずもがな、鷹の羽根じゃ。少し説教くさいかもしれんが、よく聞け」
手のひらよりも大きなその羽根が刺さる。
「鷹を倒すものは鷹じゃ。己を滅ぼす者は己であることを刻め、『救世主』エヴァン・レイよ」
その言葉の乗せられた羽根が、ズシリと重みを感じる青年。
対して、ハーストは優しい笑みを向けながら。
「全てのものを太陽のように、優しく照らす事を祈っておるぞエヴァン・レイ。鷹のように気高く、誇り高くあれ」
そう、青年を鼓舞した。
なによりも重かった羽根は、なによりも軽い不思議なものとなった。
エヴァン・レイ。
エティカ。
その二人はお世話になった人へ別れの挨拶を済ませ、実家へ向け歩みを進めていく。
翼人族の羽根を携え。
「よかったのか、母親の形見であろう?」
「えぇ、アタシには誇りがありますから」
「そうか……ならよい」
二人の旅人を見送ったハースト。
その姿が見えなくなると、カッカッカッと笑いながら帰っていく。
後ろ姿を追う前に、フィロソファーはポツリと一言。
「どうか……彼らに伸びた影をうち払ってくれますように……」
祈ることしかできない梟は、何もできないことを悔しく思いながら鷹の後ろを歩く。
充分な休息をとった一行は、好調に進んでいく。
そのスピードはおよそ半日ほどで、実家へつくほどに。
お守りの羽根が涼しい風に揺れる。
その追い風の行先。
エヴァンの実家へ向けて、白銀の少女は青年と手を繋ぎ目指していく。




