第83話「あつい二人」
翌早朝。
徐々に太陽が昇りはじめる前。
二人の旅人は寄り添いながら、沈みこんだベッドで寝息を静かにたてていた。
常に一緒である。
それがやましい事ではなく、本人達には当たり前の事で。
夏の蒸されていく暑さでも変わらず寄り添い、時には抱き合って夜を越す。
少女は着実に成長していた。
「お主らは、結婚しているのか?」
朝食で彩られた食卓の中、ハーストの一言がエヴァンに衝撃を与える。
「は……?」
掬おうとした野菜スープが、木のボウルへ落ちていく。
元あった場所へ。
「なんですか……急に」
「いや、昨日から気になっていたんじゃが。いつも一緒じゃなと」
「そりゃ、一緒に旅をしてますし……」
「そうではなくての」
ハーストは豪快にパンをちぎり、口へ放り込む。
「歩けば手を繋ぐ、時には腕も組む。常に隣をキープして、寝泊まりする部屋も一つのベッドで夜を明かす。
これで、結婚してないのならおかしい話じゃろ。少なくとも、恋人のそれじゃと思うが」
「いやいやいやいや……俺には恋人なんて作れませんよ」
「禁止令の事か? あんなのとち狂った奴が勝手に作ったものじゃろ。どうせロドルナの阿呆の暴挙じゃ」
「よくご存知で……」
ロドルナの悪評はこの西へ届いているのか。
それは、ある意味顔も声も有名とも言えるが。そうはなりたくないな、と思うエヴァン。
『救世主』として、様々な視線を向けられたからこそ。
「ふんっ。そんなものに強制力はないんじゃ。黙ってればバレんじゃろ」
村長の発言にしては問題があるように感じた。
「いや、絶対バレますよ。少なくともロドルナの目ざとさは天下一ですよ」
「そうか、いやそれでも。エティカちゃんとは、結婚していないと言うのか」
「えぇ……そもそもエティカはまだ十歳ですし」
「もったいないのう。こんな美少女を置いておきながら、放っておくとは」
「人聞きの悪い事を……。保護者みたいなものですよ」
「ふむ……そうか……」
ハーストは青年の言葉に腕を組んで考える。
その時に背中の翼がピクピクと動く。
それは、この老人の癖で。
「ならキスくらいなら問題ないな!」
「は!?」
ろくでもないことを考えている時の仕草でもあった。
「いや、よくよく考えてみよ。子作りができないというだけであって、恋人もどきの行動はセーフなのであろう?」
「いやいやいやいやいやいや――」
「手を繋ぐ、腕を組む、寄り添い抱き合いながら寝る。これがセーフならば、キスも同じことじゃと思うぞ」
「いや、そんなことは――」
ある。
子孫を残さなければいい。
極論ではあるが、キスまではセーフともいえる。
今まで何も咎められていない。
つまり、キスくらいなら問題ないという可能性があるのだ。
ふと、白銀の少女と青年は目を合わせてしまう。
少女は首まで真っ赤にしながら。
そのぷくりとした桃色の唇を震わせながら。
そこまでの結論にたどり着くと、エヴァンはエティカを直視できなくなってしまった。
二人とも目を勢いよく逸らす。
そんな二人の様子を、豪快に笑うハースト。
「カッカッカッ! まあ、キスで子どもができるわけではないしな!」
「え……」
老人のその一言に、エティカの驚愕がこぼれる。
その反応に思わず固まってしまう。
もしかして……。
そう思い、ハーストは慎重に少女へ言葉をかける。
「エティカちゃん、もしかしてじゃが……」
「……」
「キスで子どもができると思っておったのか……?」
ボンッ。
そんな擬音が出てしまってもおかしくない程に、耳まで真っ赤にしたエティカ。
その様子は一つの答えでもある。
白銀の少女はキスすると子どもができると、純真無垢な心の持ち主であった。
それからは、あまり話題にしてエティカをはずかしめるのは可哀想だと思い、二人は黙々と食べ進めた。
ただ、ハーストはフィロに睨まれていたが。
「旦那様、一つ質問があります」
「なんじゃ」
「なぜ、旦那様は二人が抱き合って寝ているのを知っているんでしょうか?」
ハーストの手からスプーンが落ちる。
だらだらと冷や汗が流れていく。
心拍数も上がっていく。
フィロソファー、二度目の般若の表情。
睨みつける目は鋭利な刃物より深く刺さる。
いたたまれなくなった老人は脱兎のごとく、駆け出し、それを全速力で追いかけるフィロは狩猟者そのものであった。




