第82話「カラスの夜」
夕暮れ。
村長宅での夕食も済み、ハーストとフィロソファーは早くに寝床についた。
二人とも翼人族の習性とも言えたが、鷹のハーストに対してフィロは梟のはず。
鷹は昼行性、梟は夜行性。ここから梟の独壇場でもあるはずだが。
本人いわく、「夜起きてるだけなのも暇だし、アタシは混血だから」とあっけらかんと言った。
実際、狩りをする梟なら夜起きているだろうが、翼人族であるなら起きている必要がない。
食料を調達するのも、テリトリーを確保するのも、問題ない。
だからこそ、梟の習性に合わせて起きているのは暇な時間を過ごすだけ。
早寝早起きをして、健康的な翼人生活を送っていた。
そして、残されたエヴァンとエティカはあてがわれた一室にいた。
客人が泊まる部屋としては申し分ない広さで、木材で統一された家具と落ち着ける空間になっていた。
その羽毛ベッドの上。
寄り添って座っている青年と白銀の少女。
エヴァンの肩へ乗せた小さな頭と、ふんわりとした髪が青年の鼻をくすぐる。
砂糖よりも甘い、魅力的な匂いにクラクラしそうだったが、なんとか理性を保つ。
「エヴァン……?」
「うん?」
「ふふっ、なんでもない……」
そう言ってスリスリと頬ずりする。
まるで猫のように。
「そういえば、エヴァンの、実家て、どんなの?」
潤んだ瞳で青年を見つめる紅色。
その瞳と目が合ってしまうと、即座に目を逸らしてしまう。
しかし、不自然にならないよう。
なんとか、言葉を絞り出す。
「あれ、言ってなかったか」
「うん、襲ってくる、としか」
「あ〜……」
それだけしか説明できてなかった事を反省する。
実家へ一緒に帰る相手の対応としては、落第だとローナに突きつけられそうではあった。
どこから説明するか一瞬迷った青年ではあったが、長い話でもいいかと納得させる。
一緒にいられるなら、迷う必要はない。
なら、エティカの興味を惹いてしまおう。
そう思うと少しの高揚感が増すエヴァン。
「じゃあ、ゆっくり言っていくから分からない事があったら、遠慮なく言ってな?」
「うん……!」
まずは、場所について。
「ストラの西。この翼人族の村のもっと西へ行くと、大きな山が見えてくる。その麓にある自然がいっぱいの所だな」
「おぉ……」
「大きな村なんだが、果物とか野菜がたくさん育ててる。今の時期なら桃とかスイカとかな」
「桃……!」
「桃、好きなのか?」
「うん……! 大好き!」
その言葉にほんの少しドキッとしてしまう。
しかし、立て直して言葉を紡ぐ。
この興味津々で、輝いた少女の為にも。
「向こうに着いたらいっぱい食べような」
「うんっ……! えへへ……」
白銀の髪を優しく撫でる。
サラサラとした清流のように指が流れていく。
「後はこの村よりも広いし、家も多い。その中で一番大きな赤色の家が、実家だな」
「豪邸なの?」
「まあ、村長の家に住み込みで働いてるからな。ローナみたいなものと思えば、イメージしやすいかな」
「てことは、凄いんだ」
「いや、うん……。凄いのは凄いな……」
襲いにくる、という点も含めて。
「まあ、村長の家は一番大きいし分かりやすいと思うけど、もう一つ付け加えると、屋根に鴉の彫刻があるのも特徴だな」
「カラスて、ヘレナとアヴァン、とかの?」
「そうそう、翼人族の人と家を建てた時に、守り神として作ってくれたのを飾っているらしい」
「守り神て……?」
「守り神ていうのは、その家も住んでいる人も守ってくれるように、願いを込められた神様だな。
鴉は眼がいいから悪事を見極められるようにと、太陽や神の遣いとも言われるから、そういう悪い事から守ってもらえるように、て願いが込められてる」
「うん……?」
いまいち、ピンときていないエティカは首を傾げる。
魔人族と人族との風習の違いだろう。
神であろうと、動物であろうと、身内を守ってもらえるなら縋りついて、寄りどころにしたいのだ。
神頼みをし、『魔王』からの脅威を退くため。
そんな種族間の違いを感じるも、優しくエヴァンは教えていく。
「エティカがくれたお守りあるだろ? あれと一緒だよ」
「あぁ……! じゃあ、とっても、大切なんだね」
「そうそう、大事で大切なもの――」
ふと、エヴァンは白銀の少女お手製のお守りを握りしめる。
硬い金貨の感触は、温かく伝わる。
大事で大切なもの。それは、青年にとってのエティカともいえた。
どんな困難が待ち受けようとも、この優しき少女を守る。
何度も刻みつけた思いを決意に変えて。
翼人族の村の夜は、緩やかに過ぎ去っていく。




