第81話「全能なる森」
女性とのやり取りでより一層老けたように見える老人は、一口、茶を飲んで喉を潤す。
「すまんの、うるさいやつで」
「いえ、相変わらず仲がいいんですね」
「アホ抜かせ、奴の目は鷹のように鋭いんじゃぞ。狩猟者の目じゃ」
心底思っているのだろう。
そんな風味を言葉へつけながら、持ち上げたティーカップを置く。
「そういえば、自己紹介がまだじゃったの、小さな人形よ。ワシはハースト・ベルクール。この村の長をしておる」
「あ……エティカです……」
人見知りの発動した少女は小さくなりながらも、挨拶をする。
「いい子じゃな〜……。さっきのばばあは、フィロソファー・ストリックスと言うが、特に覚えんでもいいぞ。
めんどくさい奴じゃから――」
そうハーストが言い切る前に。
フィロソファーと呼ばれた女性は、いつの間にか村長の後ろで仁王立ち。
その表情は青年と少女にしか見えなかったが、とてつもない形容しがたい。
あえて言うなら、鬼のような形相であった。
憤怒の炎が揺れ動いているようにも見えるが、一番恐ろしいのは音もなく後ろに立つことだろう。
「旦那様……?」
「なんじゃばばあ」
鬼が背後を取っているのに、村長は冷静であった。
冷静に、物静かに、ティーカップを持ち上げる。
その所作は、品を感じた。
カタカタカタカタカタカタッ。
ティーカップを震わせているが。
「お客様の前で失礼のないように、とアタシは言いましたよね……?」
「おう、じゃから今紹介をしていた――」
ハーストが自信満々に体を震わせながら言おうとした刹那。
ブスッ。
「あいたぁぁぁぁぁっぁぁっ!?」
老人の白髪混じりの茶髪の頭部へ、フィロソファーは銀製のフォークを突き刺した。
あまりの衝撃に頭を抱え、床へ倒れこみ、転げ回るハースト。
急展開に白銀の少女は、放心。
青年は呆れた表情を。
「あぁ! すみません旦那様。思わず――」
「主人に対してあまりの狼藉じゃぞ!?」
「思わず、脳天を貫くつもりが加減をしてしまいました」
「お前は主人をなんだと思っているんじゃ……!?」
抜けたフォークを拾い上げると、そそくさと作業へと戻っていくフィロソファー。
なんとなく、暴挙を働く姿はローナに似ていると感じるエヴァン。
いや、ローナは暴言だが暴力を振るわないだけ、マシか。
そう思うが、半年ほど前にビンタされた事を思い出し、痛みを覚えている頬をさする。
老人は、そんなフィロソファーの後ろ姿を恨めたらしく睨むも、どっこいしょと座り直す。
「すまんのう、うるさくて」
「仲がいいことで……」
「何も言うな……悲しゅうなる」
気の利いた言葉も思いつかず、申し訳なくなる青年。
悲壮感漂うハーストは、気を取り直して紹介を続ける。
「続きじゃが、あやつの事はフィロと気軽に呼ぶとよい。何かあれば遠慮なく頼るといいぞ」
「フィロさん……」
エティカはポツリとこぼす。
そして、気になることを質問する。
「フィロさんは、翼人族、なの……?」
翼人族の村。
そう思っていたが、フィロにはその象徴たる翼が見当たらない。
村長のような焦げ茶色の翼もないことが不思議だった。
しかし、エヴァンはその理由を知っているからこそ、気まずくなる。
質問を受けたハーストは、思うところもなく気軽に答える。
「あぁ、あやつは混血じゃからな。混血には、翼が生えないんじゃよ」
「ハーフ……」
「うむ、人族とフクロウの翼人族とのハーフじゃな。じゃから、あいつの足音とか物音が一切しないじゃろ?」
「うん……! 気づいたら、後ろにいて、凄いっ」
純粋な少女は不思議な出来事の数々に、瞳を輝かせる。
それがほんの少し、空気を変える。
「フクロウは音もなく飛ぶからな。じゃからいつの間にか、後ろにおるので、寿命が縮みまくりじゃ……」
「怒らせるような事を言わなければ、いいのでは……?」
「ワシは鷹じゃぞ。梟如きに怯えていては、誇りを示せん」
先ほどのやり取りに誇りは微塵も感じなかったが。
本人も思うところがあるのだろう。
エヴァンはそう思うことにする。
「その、鷹とか、梟とか、の決め方とか、あるの?」
エティカの質問は続いていた。
知的好奇心の強い子だ。
「生まれた家によって決められるな。じゃから、家名は鳥の名前に関したものが多い。
雀の家で生まれたら、どんな羽色であろうと雀の家名を背負う感じじゃな」
「そうなんだ……ありがとう、ございます」
教えてくれたハーストへ白銀の頭を下げる。
それは礼儀正しい好印象を与える。
「どういたしましてな。それで、本題じゃが、何日くらい泊まる予定なんじゃ?」
白銀の少女に向けた優しい視線から一変、エヴァンを見る視線は真面目なものであった。
「だいたい三日ほど泊まる予定です。エティカもこの村を見て回りたいだろうし」
「そうか……大したものはないかもしれんが、分かった。では、泊まる間は空いている二階の部屋を使うがよい」
「え、いいんですか?」
「よいよい、いくらでも空きがある。使わねばもったいないからのう」
ハーストの申し出は意外なものであった。
本来は村への滞在の挨拶をしに来ただけで、泊まる民宿は見繕うと考えていたエヴァン。
この上ない申し出を断ることなく、ありがたく受ける事にする。
「では、ありがたく使わせていただきますね」
「そして、フィロに何かされた時は助けてくれ……」
「貴方はいつも何をしているんですか……」
呆れた様子のエヴァン。
しかし、エティカは新しい環境で、それも他人の家で寝泊まりすることへの期待に満ち溢れていた。




