第80話「翼人族との出会い」
何軒もの家々と田畑で覆われた村。
そこへ二人と一頭はゆっくりと入っていく。
何人の村人と思わしき男女が道を歩く。
村の人々の特徴は共通していた。
それぞれで色も形も違う翼を携えていた。
大空の綿雲のように白色のもの。
魔人族の角のように黒色のもの。
踏みしめた土のように茶色のもの。
新緑の息吹のように若草色のもの。
業火のように赤色のもの。
様々な形の翼を背中に生やし、談笑をする者、農地で収穫する者、汲んだ水桶を運ぶ者、洗濯物を干す者、商いをする者。
翼人族の村は普通の村と何一つ変わらず、そこにあった。
そして、エティカにとっては初めての村。
それも翼人族。
これが興味を否応なく惹きこむ。
爛々と輝かせた紅色の瞳は、あれやこれやと右往左往に対象を映すが、そのどれもが純真な心を刺激し興奮させる。
「エヴァン、凄い綺麗だね……っ!」
まるで子どものように素直な反応。
思わず、呼ばれた青年も笑みがこぼれてしまう。
「そうだろそうだろ」
まるで自分の事のように誇らしげなエヴァン。
村の中をゆっくりと歩き、ある一つの大きな家を目指す。
行き交う人々も少し興味を惹かれて、視線を向けるも「ああ、旅人さんね」と納得し、各々の作業へと戻る。
村の中央まで二人と芦毛は進む。
中央から北にある一軒の大きな家屋。
その目の前までやって来る。
外に置かれた杭と表札。
名前の書かれた板の下にくくられた鈴を青年は揺らす。
チリンチリンッ。
甲高い音色が響き、それは白銀の少女の耳へ届く。
なんとも聞き慣れない高音は、周りの空気を揺らしていく。
その音から僅かな時間。
大きな扉がゆっくりと開き、エプロンを身につけた女性が出てくる。
「あら! 意外と早かったわね」
女性にしては低めの声が二人へ届く。
その人へエヴァンは頭を下げる。
「お久しぶりです。予定より順調に進みまして、村長はいらっしゃいますか?」
「何事も無かったのならいい事よ! 今、お茶を飲んでゆっくりしてるから、入ってらっしゃい。」
「はい、では失礼しますね」
「あ、お馬さんは裏に小屋があるから、アタシが連れて行くわ」
女性は足音もなく歩いてくる。
ほんの少しだけの甘い匂いが漂わせながら、青年からサニーの手綱を受け取る。
そのまま、裏にある馬小屋へ向かって行った。
なんとも忙しない人ではあったが、白銀の少女は、その女性に翼が生えていないのと、足音が一切しないのを不思議に思った。
しかし、中へ入れと言われていつまでも外に居続けるのも失礼だと思い、二人は大きな家の敷居をまたぐ。
エヴァンの背丈よりも高く、エティカと一緒に入っても難なく入れるほどの扉。
村長と呼ばれた者の家屋は、広大な間取りであった。
中へ入るとキッチンとリビングが一体になった広い空間が、まず飛び込んでくる。
様々な家具があるものの、翼が当たらないように広めな空間。
入って右側がキッチン。
左側がリビングで、座り心地の良さそうなソファーが置かれており、そこへ一人の白髪混じりの茶髪と茶色の翼を畳んだ老人が、茶をすすりながら寛いでいた。
目の前の木目調のテーブルには、焼き菓子が置かれている。
そして、いち早く来客に気付く。
それは、部屋を見渡していたエティカと目が合うのと同時に。
とても鋭い視線が少女へ向けられる。
その視線に怯えてしまいそうになった白銀の少女だったが、姿を確認できた老人は、くしゃっと、笑いジワをつくる。
「おお……! よく来たよく来た。ほら、そんな所におらず前へおいで」
その声は年季を感じるが、非常に優しい声音であった。
「お久しぶりです、村長。お邪魔します」
「お、お邪魔します……」
おずおずと白銀の髪を揺らし、エヴァンの真似をしながらついて行く。
青年は慣れたように進み、村長と呼ばれた者の前のソファーへ腰をおろす。
少女も座ると、あまりの柔らかさと沈み込む体に驚く。
「うわ……っ。ふかふか……!」
その新鮮な反応を示した少女。
これには、思わず老人も可愛さに眺める目線が和らぐ。
「そうじゃろそうじゃろ。翼人族特製の椅子じゃからな、並の物よりも病みつきになるぞ」
「凄い……っ。エヴァン、ふかふかだよっ」
今にも飛び跳ねそうなエティカ。
エヴァンを見つめる視線は、年相応の輝きを秘めていた。
「結構、高い値打ちのはずだからな。欲しいなら買っていくか?」
「いや、高いのは、ちょっと……」
金銭感覚の狂った青年と倹約家な一面の少女。
ふと、二人の目の前の村長は、なにか思いついたように。
「おお、そうじゃそうじゃ、客人に茶を出さんとは失礼をした」
「いや、お構いな――」
青年が言う間に、目の前へコトッと、エプロン姿の女性によってティーカップが置かれる。
いつの間に、と思う間もなく。
「旦那様。また無理をすると、もっと禿げますよ?」
「禿げとらんわぁっ!?」
先程のサニーを馬小屋へ連れて行った女性だ。
素早く、音もなく。
その光景にエティカの瞳はぱちぱちと瞬く。
「はぁ……。無駄口の多い女じゃ」
「まぁ! 人って口は一つしかないんですよ? ご存知で?」
「馬鹿にすなっ! 知っとるわぁ!」
「まぁまぁ! 鳥頭なのによくご存知で!
……ところで、アタシもまだ家事が残っていたのを思い出したので、興奮した旦那様の相手は若いお二人に任せます。少し大人しくしてくださいね旦那様」
「お前はいったい何様じゃ……」
そんな嵐のような女性は、そそくさとキッチンへ向かって行った。
任された二人は、怒涛のやり取りに呆然とし、老人は眉間の皺を深くした。




