第79話「【幕間】純潔」
ラスティナ王城、能力研究所。
薄暗い部屋に紅茶の匂いが充満していた。
今回は四つのティーカップが並ぶ。
謙虚。
慈善。
勤勉のいつもの面子の他に、仮面を付けた女性が参加していた。
「では、報告をしてもらいましょうか。純潔。『救世主』の能力は解明できましたか?」
仮面の女性へ勤勉は投げかけるも、あたふたして質問への応答を成さない。
ああ、めんどくさい……。
そんな雰囲気で勤勉は溜め息をつく。
「謙虚、術式を掛けてください。あまり、その声は好きではありませんが、仕方ありません」
「まったく、人使いが荒いわね」
謙虚は手慣れた様子で純潔の魔女の喉元へ手をかざす。
すると、青白い円形の術式が浮かび上がる。
いつものように。
ほんの数秒で発生する。
《ありがとぉ〜、好きよ謙虚ちゃぁ〜ん》
無機質で無感情で起伏のない音声が術式より聞こえてくる。
それは非常に人間味のない、勤勉にとっては面白味のない淡白な声であった。
「おい、そんな事はいいから報告をしましょう」
《あぁ〜、そうねそうだったわぁ〜》
仮面をつけているのに、唇の場所へ人差し指をピンと立てる。
《ぅん〜。端的に言ってぇ〜、『救世主』には膨大な能力の痕跡はあったわねぇ〜》
「ふむ、痕跡ですか」
《えぇ〜、ただぁ、今は『救世主』だけみたいねぇ〜。慈善ちゃんが吐いちゃったのはぁ〜、その膨大な能力の残り香でぇ〜、吐いちゃったんでしょうねぇ〜》
膨大な能力の所持者。
そんな者は聞いた事がない。
魂と呼ばれる能力をいくつも収められるほどの容量が『救世主』にはある、という事だろうか。
そう考えた勤勉ではあったが、重要な事を聞くのを忘れない。
「どんな能力があったか、というのはみえましたか?」
その質問に両手を横に振る純潔。
《そこまではみれないかなぁ〜、だってぇ〜……》
「だって?」
《殺しちゃうよ?》
刹那、空気が凍りつく。
笑うように言った純潔のその一言は、殺してもいいなら殺す、そんな風に聞こえた。
《だってぇ〜、殺しちゃったら勤勉ちゃんも楽しめないでしょぉ〜? 我慢したんだから褒めて欲しいなぁ〜》
「貴方みたいなのを作り替えた私の失敗とも言えますが、なんとも褒めごたえがありませんね。やはり、二人目ともなると自我が強くなるのは未完成だと言えますね……」
《ありゃぁ〜、お母様は褒めてくれないようねぇ〜》
純潔は楽しむように、コロコロと無機質な声で笑う。
それは不気味な雰囲気を作り出し、慈善も謙虚をも飲み込む。
「あまり、冗談を言わないでください。ただでさえ、その声は好きじゃないのですから」
《手厳しいねぇ〜、勤勉はぁ〜》
純潔は仮面がカタカタと、揺れるほどに体を揺らして笑う。
そんな気色の悪い談笑の最中、謙虚は口を挟む。
「おい、そうしたら、今後の計画はどうなるのかしら?」
「そうですね……。純潔のみえた事が本当なら、能力が何かのきっかけで戻る可能性もあります。魂が元の体に戻るまで、様子見ということにしておきましょう。
何かあれば、都合のいい傭兵が教えてくれるでしょうし」
勤勉は一枚の白い便箋をヒラヒラと見せつける。
既に封が開けられている。
「ふん、都合のいい傭兵て、『拡声』の傭兵かしら? あんなのより伝書鳩の方がいいのでは?」
「ええ、拙い天然の人間を信用していませんが、これも一つの余興です。
それに、熱心なんですよ、気持ち悪いほどに。
そんな彼の手紙では『救世主』は一ヶ月間、実家に帰るとの事です。頑張ってきた『救世主』へ、ちょっとした休暇を与えてもいいでしょう」
《休暇ってぇ〜、一ヶ月もねぇ〜。帰ってきたらどうするのぉ〜? 王都に呼び出すのぉ〜?》
こてん、と首が落ちそうになるほど傾げる純潔。
まるで壊れた人形のように。
首のすわらない赤ん坊のように。
「王都には呼びませんが、丁度いいですから幻生林の大規模調査に出てもらいましょうか。その時には、節制に協力してもらいましょう。
ええ、そうですね。節制が能力を受け継いでもいいですし、そうしましょう」
「おい、今の幻生林て『魔王』が休眠してるのでは――」
「だからですよ」
勤勉は妖しく、壊れた怪物のような笑顔を向ける。
どちらに転んでもいいのだ。
そう。『魔王』と接触した『救世主』が死んでも生きていても。
どちらでもいい。
悪魔のように。化け物のように。狂ったように。
勤勉は言葉を紡ぐ。
「例え、『魔王』と接触したとしても節制が、その場にいれば問題ありません。彼女は能力を受け継げるのですから。
なにより『救世主』が死んだとして、計画に狂いは生まれませんし、そこで『魔王』が殺されるなら、願ったり叶ったりです。
そうすれば、世界の均衡は保たれます。
私たちはそれを目的としていますし、いざとなれば作り替えます」
謙虚も慈善も、考えを改める。
純潔が狂っているという話ではなかった。
勤勉の方が狂っている。
それを彼女の瞳が物語っていた。
光を失ったような垂れ目。
その瞳は、空虚の神像を描き見つめていた。




