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第78話「翼人族とは」

 その後、エヴァンが夜の番を務めるも、何事もなく朝を迎える。


 ゆっくりと白んでいく空。

 あれほどの満点の星空も薄くなっていく。

 焚き火も小さくなり、仄かな焦げた匂いが漂うも、涼しいそよ風が吹き抜ける。


 隣ですぅすぅと寝息を立てる白銀の姫は、穏やかに寝ている。

 もちっとした頬っぺが小さく揺れ、肩はゆっくりと呼吸に合わせて上下に動く。

 しかし、少女を眺めていた青年は思わず目を逸らす。


 豊かな双丘が見えてしまった。


 寝ている彼女の胸を見てしまった罪悪感に苛まれ、消え入りそうなエヴァン。

 ここで眼福だと、気持ちを切り替えられないのが、彼の誠実さにも繋がっているのだろう。


 体温は上昇していき、頬も紅潮する。

 そして、記憶の大部分を柔らかい純白のマシュマロが占領し始める。


 駄目だ、駄目だ……!


 思いっきり頭を振ってその記憶の消去を試みる。

 青年のそんな試行錯誤中、魅了した少女はゆっくりと開眼していく。


「ぅん……」


 小さくなった焚き火が視野に入る。

 その火の小ささで寝ていたという事を確認する。

 遅れて、エヴァンを視界に捉える為、寄りかかった相手の方を向く。


 ああ、この人だ。


 安心する。

 彼は柔らかい笑みを浮かべてくれた。


「おはようエティカ」


「おはよぅ……」


 ふにゃふにゃと蕩けた少女。


 まだこの寄り添ったあたたかさを感じていたい、と我儘な気持ちが膨れ上がるも長旅の途中である事を思い出す。


 ゆっくりと覚醒していく意識の中で、青年と手を握ったまま寝たのを実感する。


 彼は、ずっと握ったままにしてくれていた。

 それだけで、えも言われぬ幸福感に包まれる。

 しかし、心の中にはもっと欲深い感情が渦巻く。

 それを決して見せないよう、ひた隠しにして、体を真っ直ぐ起こしていく。


 離れる事の寂しさが生まれるも、彼と一緒だから、と納得させる。

 起きたのを確認したエヴァンは、エティカへ声をかける。


「準備ができたら行こうか」


「うん……!」


 翼人族の村へ。

 彼らは準備を整え、歩き始めた。




「そういえば、翼人族……? て、どんな人たち、なの?」


 朝日が昇った頃。

 野宿した場所から一時間ほど歩いた先で、エティカは質問をした。

 エヴァンの手を握りながら、見上げるように言葉を投げる。


 翼人族の事を教えていなかったと、行程の説明だけで種族の話はしてなかったと。


「そうだな……。鳥とかの翼が背中に生えた人たち、て言えば分かりやすいかな」


「おぉ、飛べるの?」


「飛べるな。よく朝に郵便物とか手紙を運んでくる人たちがいるだろ、あんな感じで空の運び屋て言われてるな」


「かっこいい……!」


 白銀の少女の瞳はキラキラと輝く。


 空を飛べる、という魅力に「空の運び屋」の言葉のかっこよさに(きら)めく。

 幼き純真な心の持ち主であった。


「ただ、飛ぶのも魔力を使って飛ぶらしいな。だから頻繁に飛んで行くわけじゃないらしいが」


「そうなんだ……」


 常に飛んでいるわけではない。

 そう思うと少女に少しの残念な気持ちが湧き上がる。


「これは俺も聞いただけなんだが」


 目に見えて残念な表情をしたエティカへ、もったいぶるように青年は言葉を繋ぐ。


「翼の大きい翼人族も中にはいてな。その人なら、人を抱えて空を飛ぶことができるそうだ」


「へぇ……!」


 再び光り輝く瞳。

 翼人族に抱えられ、空を飛ぶ。

 それはなんとも夢のような妄想が膨らむ。


 対して、エヴァンはなるべく少女の夢を壊さないようにしたいが、翼人族の性格を思うと後ろめたい気分にもなる。

 言うべきかどうか悩んだが、何かトラブルに巻き込まれてはいけないと思い、口にする事を決める。


「まあ……一応エティカにも伝えとくとだな」


「う、うん……」


 真面目なエヴァンに思わず少女も姿勢を正す。


「翼人族て結構、喧嘩する種族でな……。だからその事を頭に入れておいてくれ」


「うん……喧嘩て、暴力?」


 思わず不安になる。

 そんなに荒い種族とは思わなかったギャップで、少女の夢も(しぼ)んでいく。


「いや、暴力じゃなくて暴言というか……」


 エティカの表情が一変して不安そうになったのを見て罪悪感がエヴァンを襲う。

 しかし、それも仕方ないと腹を括る。


 翼人族の村へ行けば、嫌でも分かるのだ。

 事前に教えておけば、思い描いた理想と現実との差が小さくなっていいだろう。


「暴言?」


「そう。翼はどっちの方が大きいかとか、運べる荷物の重さ比べとか、飛べる距離の長さや荷物を運ぶ速さ比べとか、なんでも争って暴言を言い合うんだよ」


「へぇ……」


「言い方を変えれば誇りを持った種族だな。だから、もし面倒な事に巻き込まれたら――」


「巻き込まれたら……?」


「あいつら火は苦手だから、燃やせばいい」


「エヴァンも、大概だよ……」


 青年も存外、暴力的手段を行使する思考の持ち主であった。


 そんな二人と一頭は一日半程かかる予定だった、村が見えてきて歩みを急がせる。

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