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第77話「長旅初日終了」

 魔法のお披露目も済み、エヴァンの手伝いもあってかトマトリゾット風は完成した。

 その時には日も暮れ、かまどの火が周りを照らしていく。


 トマト独特の酸っぱい匂いが、温かな湯気とともに立ちのぼる。

 青年の今までの遠征では味わうことができない、干し肉や固いパンやチーズのほんの少しの食事ではない。オシャレな赤み。


 白銀の少女はゆっくりと出来上がったリゾットを、木のボウルへよそっていく。

 トマトと一緒に煮込まれた高級品の米が、木皿を満たしていく。

 米を大胆にも全部鍋にぶち込んだのを見て、エヴァンは驚愕していたが、今では食欲の方が最優先事項になっている。


「はい、エヴァン」


 優しく笑いながら青年へ手渡していく。


「ありがとう」


 それをエヴァンは受け取る。

 ほんの少し、木のボウルは温かく、その温かさも食欲を増していく。


 ここまでのやり取りは新婚の夫婦のようであり、もしローナがこの場にいれば引っ掻きまわしていたことだろう。

 エヴァンへ渡した後は、エティカも自分の分を取っていく。

 そして、二人分の用意ができ、手を合わせる。


「「いただきます」」


 早速、と木のスプーンで掬っていく。


 柔らかい感触とコロコロとした米粒をかき進み、トマトの崩れた果肉と一緒に持ち上げる。

 少女が涙を流しながらみじん切りした玉ねぎとベーコンも同時に。


 スプーンになみなみと盛り付けられたものへ息を吹きかけ冷ましていく。

 ある程度の人肌になったのを予感した青年は、一口。

 その様子をジッ、と不安そうに、でも期待も混じった瞳で見つめる少女。


「うまっ!!」


 エヴァンは感嘆の大声を出した。


「良かった……」


 その様子が見られてエティカも安心し、胸を撫で下ろす。

 ふーふー、と息を吹きかけ一口食べる。


「美味しい……!」


 トマトの甘くも酸っぱい味わいに浸った米。

 独特の食感で、もちもちとしていて、一粒が小さく口の中で転がるのが不思議な感覚となる。外側はほんの少し硬いが、噛んでしまうと中から甘い汁が飛び出る。

 それは麦とは違う豊かな柔らかい甘みだった。高級品だと言われるのもよく分かるほど、食べ応えもあり噛めば噛むほど味が深まっていく。


 玉ねぎもシャリシャリとした食感を残しつつ、ちょっとの辛みがアクセントになり、ほんのりとした甘みも後から出てくる。白銀の少女にとっては、柔らかいとろけたような玉ねぎも好きなのだが、この固くも主役だと主張しない。脇役として他の味を際立たせ、飽きさせないようにアクセントとなる玉ねぎも好きなのだ。


 そして、ベーコンも言うことなし。燻製された独特の匂いがほのかに香るものの、胡椒が文字通りスパイスになって、煙によって押し込められた肉汁と旨みのバランスが奇跡とも言えるほどの美味しさになっている。

 キュッと締まった肉も程よい弾力で、適度に跳ね返る柔らかさがありながら、赤身はほんの少しのかたさが感じられる。脂身から染み出す甘味も、肉に封じ込められた塩味も見事な調和となって、少女の口内を彩る。


 なにより、熟成された肉は味に深みがでて、ステーキにして食べるのとはまた違う楽しみを味わえた。

 それらがお互いに主張しつつも、しっかりと協調している。


 エティカの初の野宿飯は、大成功だった。



 ◆    ◆    ◆



 全てを綺麗に平らげ、後片付けも済んだ二人は肩を並べながら焚き火を眺めて、食休みしていた。


 後片付けも水魔法を使って食器や鍋を洗い、その様子を「便利だね」とエティカは目を輝かせながら、作業を進めた。

 そして、寄り添いながら火の揺らめきを無言で見つめる。


「そういえば……」


 白銀の少女はポツリと。


「ん?」


「出逢った時と、同じだね……」


「……ああ、確かあの時も焚き火眺めてたっけ」


「うん、そして、寄り添ってたの……」


 と、エティカはモゾモゾと体を動かす。

 それは言おうか言わまいかを迷っている少女のようで。


「ね……エヴァン……?」


「うん?」


 優しい瞳でエティカを見ると、頬をほんの少し赤くしていた。


 焚き火の光か、それとも照れているのか。

 青年には判断つかなかった。


「手……繋いでも、いい?」


 昼間に腕組みしていた事よりも、控えめで可愛いおねだりが少女の口から出た。


 違うのだ。


 本当は別のお願いをしたかった。


 しかし、見つめ合ってしまうと引っ込んでしまった。


 この優しい瞳は罪作りだ。

 白銀の少女を嘘つきにしてしまう。

 本心を隠してしまう恥ずかしがり屋に。

 心が翻して、そっぽを向いてしまう。


 そんな自分を責めている心の葛藤を青年は気にせず。

 何も言わず、エティカの手を強引に握る。


 少し意識が逸れたエティカ。

 びっくりして改めて見ると青年は穏やかな笑みを浮かべていた。


「お姫様の仰せのままに」


「もう……」


 茶化されたのを膨れた頬で返す。


 その優しいエヴァンの手は、温かくて大きかった。

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