第75話「野宿の準備」
ほんの少しの休憩であっても、その後への影響はなく、順調に進んだ。
本来予想していた距離を余裕で越えられる程に。
やはり、魔人族の体力というのは桁違いなのだと、エヴァンは感じた。
恐らく、他の子よりも栄養失調な時期もあって成長が遅いエティカでさえ、一回の休憩で全回復してそのまま継続的に歩けたのだ。
若さともいえる。
そして、太陽が地平線に近づき始めた時。
青年は白銀の少女へ提案する。
「そろそろ、野宿の準備しようか」
「え、もう?」
まだ日も暮れず、夕暮れでなく明るい空色。
体力も余裕な少女は当然の疑問を投げた。
「ああ、このくらいから準備しとかないと、真っ暗な中寝床の用意しなくちゃいけなくなるからな」
「そうなんだ」
「後は、焚き火の薪とか探さないとな」
「おー、焚き火」
「もう少ししたら、ひらけた場所があるからそこに荷物を下ろして準備しようか」
「うん!」
そうして少し歩いた先、丁度よく誰かが野宿した跡が残った場所で二人は準備を始めた。
エヴァンは背負っていた荷物を置き、サニーの手綱を近くの杭に繋ぐ。
「エティカはご飯の準備をお願いしてもいいか? 俺は薪を取りに行ってくるから」
「任せて……!」
と、袖をまくり力こぶを見せつける。
ぷにぷにな二の腕と少しだけ盛り上がった上腕二頭筋。
餅のような腕を見せ、ふんすっ、と自慢げに青年を見る。
なんとも可愛らしい料理人だろうか。
「じゃあ、なにかあったら大声で呼んでくれ。そんなに遠くに行かないから」
「うん、行ってらっしゃい」
エヴァンは近くの森まで歩いて行くが、数歩進んでは振り返り、また数歩進んでは振り返りを繰り返す。
何かあったらいつでも行けるように。
過保護な姿に少女は呆れ、サニーと目を合わせる。
これには芦毛の牝馬もお手上げ状態。
その様子は近くの茂みに入るまで続いた。
一人と一頭残った。
エティカはとりあえずと、背負っていた荷物を下ろし、その中から道具を取り出す。
薪はどうにかなる。
石で組まれたかまども先人が残したものがある。
少し崩れているが直せば使える。
後は、半年間でアヴァンから学んだ料理の技術を活かす。
ひとまず、と小さな鍋を取り出し、かまどの上へ。
鴉の料理人も元は冒険者。
冒険者と料理人の視点から必要な物をエティカに託してくれた。
それの使い所。
鍋を取り出したので、野菜をいくつか用意する。
「えっと……なるべく、傷みやすいもの、から……。水分の多いものから……」
ポツリポツリと零しながら食材を取り出していく。
「長持ちするものは使う分だけ……」
瓶詰めされたトマト、小さな玉ねぎなどを敷いたランチョンマットの上に置いていく。
アヴァンとも相談した結果の野宿飯は、トマトリゾット風。
玉ねぎを炒め、お米を入れ、トマトを入れれば完成するので比較的簡単。
本当はスープにする予定だったのだが、アヴァンが「ついでにこれも使え、うちでは使わん」と米を渡してきた。
生産量も安定していない米は高級品で、それを野宿のご飯にするとはもったいない、と指を刺されそうなものだが。
だが、折角ならとエティカは遠慮なく使う。
「まずは、玉ねぎを、切らなきゃ……」
玉ねぎを泣きながら切ったエティカ。
薪を集めきった青年が目撃するのは、もう少し後の事だ。




