第74話「木漏れ日」
道なりに進んでいくも、少しずつエティカの足取りは重くなっていた。
それでもストラの街並みや大きな門が豆粒のように小さく見える程にまで歩けたのだから、十歳にしては強靭な足を持っていた。
これも魔人族だからなのか。
しかし、そんな少女を余計に暑くなった日差しが体力を削っていく。
ここまでが荷物を持って歩ける限界だろう。
そう判断したエヴァンは、エティカへ声を掛ける。
「エティカ、大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫……」
少女は息も絶え絶えに。ぜーはーぜーはーと息を荒らげながらも、やつれた笑顔を見せた。
ああ、聞き方を間違えてしまった。
彼女は「大丈夫?」と聞かれると何があっても「大丈夫」と答えてしまうのだ。
例え、自分自身が苦しんでいても無理をしてしまうタイプなのだ。
「そうか、でも息も乱れてるぞ?」
エヴァンは立ち止まる。
それにつられてエティカも立ち止まる。
「うん……でも……」
大丈夫、と言いかけたのを青年は制する。
「エティカ、無理をするな」
白銀の少女を見つめる視線は、太陽よりもあつかった。
その真剣な顔に思わず、エティカも息を呑む。
そんな事など露知らず、エヴァンは大事な話を続ける。
「いいか。こういう旅では絶対無理をするな、特に相棒を連れて歩いていた時は余計に無理をするな」
まだ十歳で旅に出た少女へ、先輩からの言葉を投げる。
「余裕を持って旅をしなきゃ、いつ何が起こるか分からないんだ。急に盗賊が襲ってくるかもしれないし、魔獣に囲まれるかもしれない。そうならない為に、無理はするな」
初心者にありがちなのが、限界が分からず行動してしまう。
どこまで行けるのか、どれだけの荷物を積んで歩けるか、そして体力の限界も。
特に夏の暑い時期。
この時期は特に体力を消耗しやすい。
本来の想定していた行程に足りず、焦って行動した冒険者を野盗は必ずかっこうの獲物として、襲いかかる。
それは人も魔獣も変わらない。
だからこそ、適度に休むのも大事で、無理をしないのが一番大切なことなのだ。
それが理解できたエティカは、ほんの少しだけしおれてしまう。
「ごめん……なさい」
「でも、それにしたってここまで来れるとは、予想より大分早いな。野宿する場所ももう少しで着くし、エティカは凄いな」
反省モードへ入りかける前に、エヴァンは口もなめらかに。
「本当はもっと前に休憩を挟むつもりだったんだが、その必要がないくらいだったからな。凄いなエティカ」
と、しおれかけた少女の頭を撫でる。
その頭は汗で少し濡れていた。
「えへへ、凄い?」
「ああ、荷物を持ったままここまで歩いたのは、俺が知る中でも珍しいな」
「そんなに、エヴァンは、旅しているの?」
「んー、旅というか遠征だな」
「そうなんだ」
ある程度、落ち込みかけた気持ちも戻ってくる。
しかし、休憩は必要だろう。
エヴァンも暑くて落ち着きたい。
サニーも休息は必要だろう。
「ちょっと木陰で休んでいかないか?」
「うん!」
彼女は一筋の汗が垂れた笑顔で答えた。
近くの木陰が見えたので、そこへ向かう。
ほんの少し道から外れた場所に生えた一本の木だが、影はできているので、日除けにはなるだろう。
そこにサニー、エヴァン、エティカは座る。
エヴァンは、汗を垂らしながらドスン、と。
エティカは、汗を手拭いで拭き取りながら、ちょこん、と。
それでも少女は青年の隣をキープしている。
「暑いな……しばらくここで休もう」
「うん……あ、エヴァン」
「ん?」
エヴァンが振り向くと目の前にエティカの顔があった。
端正な顔立ちだが、暑いからか赤くなった頬。
それでも美白とも言える肌はキメ細やか。
まつ毛は長いし、そこから覗く鮮やかな紅色の瞳はエヴァンを真っ直ぐ見つめる。
思わぬ接近で、エヴァンの心臓はドキドキと早鐘を鳴らす。
対してエティカは、ハンカチを取り出しエヴァンの頬を流れる汗を拭いた。
拭き終わると、エティカは近付いていた距離から少し離れる。
「汗、拭かないと。風邪、引いちゃうよ」
「……あ、ああ……! ありがとう」
思わず戸惑ってしまったエヴァン。
いや、これは汗を拭いてくれたというエティカの優しさ。
と、自分を納得させる。
しかし、白銀の少女はそうは思わないようで。
コテン、と。
エヴァンの肩へ小さな頭を乗せ、寄り掛かる。
先ほどよりも近くなった距離。
焦った青年はエティカに質問する。
「エティカ、これはどういう――」
「え? 休憩でしょ?」
「ああ、休憩なんだが……その、それでいいのか?」
エヴァンが尋ねる。
しかし、エティカは。
「ん? じゃあ、こう?」
「おおぉぉおぉ……!?」
エヴァンの腕に両腕を絡ませ、より密着した。
熱愛の恋人がしているという噂の腕組み。
それと一緒に甘い匂いが青年の鼻腔を刺激する。
そして何より、主張しはじめた胸が押し付けられる。
ほんの少し張りがある。しかし、柔らかい部分。
その事がエヴァンの脳内を熱暴走させる。
あたふたと挙動不審になったエヴァンに対して、エティカはうつらうつらと船をこいで、青年の肩を枕に眠りへと落ちていった。
この青年。少女が起きるまで何もしない英雄であり、何もできない意気地無しであった。




