第73話「芦毛と白銀の相対」
挨拶の済んだ二人はゆっくりとストラ領西門へ向かう。
背負ったバッグパックは対して重いと感じなかった。それなりの重量ではあったが、青年と少女はお互いを支え合っている。
そう思うと自然と軽くなる。
エヴァンの実家はストラ領を出て西。
真っ直ぐ西へ行き、幻生林を大外回りで進み、三日程歩いた先。
翼人族の街の近くにある。
ひとまずの行程は、西へ出来るだけ向かう。
幻生林からなるべく離れた場所で野宿をし、そのまま早朝には近くの村まで歩く。
そこまでおよそ一日半程の予定。
何事もなく、無事に着けばそれほどの距離。
しかし、エティカは初めての長旅になる。
何かあってもいいように色々準備はしているし、急な変更があっても大丈夫な用意をしているエヴァン。
それでも、心配なものは心配だった。
我が身の話をするなら長旅というのは、楽しいというより如何に楽をして進むか、という事に尽きる。
荷物の軽量化や魔獣や野盗の警戒。
肉体的にも精神的にも疲れるので、安楽な長旅などは夢のまた夢。
それこそ、行商人は商売繁盛という大層な理由があるので長旅は苦ではないだろう。
しかし、エティカはまだ十歳。
日数は少ないとはいえ、往復もする。
それに耐えきれるか不安でもあった。
「エティカ、大丈夫か?」
「ん? 大丈夫だよ!」
「重くないか? 重かったら代わりに持つぞ? 無理しなくていいからな」
「えへへ、ありがとう。でも、大丈夫……!」
ふんすっ、と握りこぶし。
心配や不安は杞憂にしてしまう程の活力でみなぎっていた。
そうこうしていると西門に辿り着く。
この西門から入ってきた白銀の少女。
今度はその門から外へ出る。
今まではストラの街の中しか歩き回っていなかったが、これから行く場所は文字通りの外の世界。
他の街や村の風土に触れ、風の匂いの違いを実感し、動植物の変化さえ如実に感じられる程、少女にとっては異世界にも近い所へ。
この門の外はそういった世界。
そう思うといつもより大きく門が見える。
その石造りの近く、一頭の白い毛並みの馬と傭兵が待っていた。
エヴァンとエティカはその場所へ近付く。
「おはようございます」
「おはようございます、エヴァン・レイ様、エティカ様」
傭兵は手綱を持ちながらも綺麗に会釈をする。
馬も念願のエヴァンに会えたからか、少し興奮気味。
実際に馬へ会って、エヴァンの予想は的中した。
王都へ向かう際に借りた傭兵馬のサニー。
そんなサニーは真っ先に青年へ近付き、撫でろと催促をする。
エヴァンは優しく撫でつつ、傭兵へ話し掛ける。
「お借りしますね、ありがとうございます」
「いえいえ、やはりエヴァン様に懐かれているようですね」
「この子、あれから人を乗せないと聞いていましたが」
「はい、全く。誰が乗っても振り落とされる始末で……。今回の遠征も留守番でしたし、その内近くの厩舎に引き取ってもらうかもしれませんが」
「そうなんですか、いい脚持ってるんだから、もったいないぞ」
と、サニーへ語る。
対して、ブルルル、と低い声で優しく鳴く。
「もし、乗れそうになければ荷物を積ませてやってください。それでも、難しい場合は西門に戻っていただければ、厩舎の馬を手配させてもらいます」
「はい、多分大丈夫だと思いますが、いざという時は遠慮なく頼りますね」
「いえ、では、お気をつけて」
挨拶も程々に。
傭兵から手綱を受け取るとゆっくりと歩き出す。
その隣に白銀の少女も連れ、西門から外の世界へ。
エティカとの長旅の一歩を踏み出した。
西門をくぐり、しばらく道沿いに真っ直ぐ歩く。
既に太陽は全身を見せていたが、朝は早いのかすれ違う人は全くいない。
それもあってか、空気は夏らしい暖かな陽気で、草木の新緑が一番輝いているように感じた。
若々しい新緑の間を吹き抜ける風はとても心地よく、同時に自然の香りを運んできて、爽やかな朝を届けてくる。
旅立ちの日にしては最良の風と天気。
その中を歩くエヴァンとエティカ、芦毛のサニー。
「エティカ、荷物のせるか?」
と、エティカの体力を考慮したエヴァンが声を掛ける。
「うん? まだ、大丈夫だよ」
「そうか、サニーなら余裕だろうから遠慮しなくていいからな」
「うん。その子、サニーて、言うの?」
ああ、そうか紹介もまだだった、と青年はサニーの紹介を始める。
「そう、サニーて言うんだ。芦毛ていう灰色や白色の毛並みで、走るのが好きな人懐っこい子らしい」
エヴァンのその言葉にサニーもブロロ、と鼻を鳴らす。
「その通り」と言うように。
「へぇ〜。可愛い目、だね」
白銀の少女はサニーの瞳を見た感想を伝える。
その目はつぶらな綺麗な茶色。
まつ毛も長く、馬の中では美人だと言われる美形。
そんな芦毛の馬は、エティカの事が気に入ったのだろうか。
耳を真っ直ぐに立てながら、白銀の少女へ近付く。
大きな体に対して余計に小さく見える少女は近付かれ、どうすればいいか戸惑う。
三者立ち止まり、エティカはあたふたとエヴァンとサニーを見比べる。
そんな様子に助け舟を出す。
「話し掛けながら鼻の近くまで手を伸ばせばいいぞ」
「話し掛け、ながら?」
「ああ、馬は臆病な動物だから、いきなり触るとびっくりしてしまうからな。話し掛けながら自分の手の匂いを嗅がせるのが、好かれるコツな」
「う、うん……」
と、言いながらゆっくりと手を伸ばす。
「は、初めまして……」
おずおずと差し出された手。
その手をサニーは優しく嗅いだ。
少女の友達リストに芦毛の馬が増えた。




