第72話「長旅へ」
書類関係は滞りなく進み、一時間程で片付いた。
エヴァンの予想通り、実家へ一ヶ月間帰るだけで、相当の理由が必要だと言われたが、バルザックを頼る事で何とかなった。
本来ならば一週間の内の何日かを休む必要があるのだが、エヴァンは休まずに働いていた。
だからこそ、一ヶ月間の休暇は必要だと。
何かあれば、緊急で呼び出せばいい。
それまでは、ストラの傭兵で対応する。
そういう感じに話がまとまった。
バルザックの孫を人質にしなくて済んだ。
そんなエヴァンとエティカは冒険者組合を抜け出し、買い出しも済み、夕食を平らげ、自室でのんびりしていた。
エティカは、必要な物をバックへ詰め込み。
エヴァンは、実家への手紙を書いていた。
そんな様子をチラチラと見ていた白銀の少女は、質問してみる。
青年の真剣な表情をもっと眺めていたかったが。
「エヴァン、誰宛の、手紙?」
「ん? 実家への手紙。帰ることを教えとかないと」
「そうなんだ」
エヴァンもやはり楽しみなのだろうか。
そう思うとエティカは嬉しくなる。
「教えとかないと、奴らに殺されかねん」
「え、そんなに、やばい人たち、なの……?」
エヴァンの目は自然と遠くの一点を見つめる。
対して少女の瞳はパチパチと瞬きを繰り返す。
「やばい人たちだな。襲いかかってくるから」
「エヴァンの、家族て、原始人なの……?」
例え身内であっても襲いかかってくる家族とは、原始的な生物か、好戦的な動物なのかもしれない。
そう思うと、エティカの目線も疑いの意味が強くなる。
本当に帰って大丈夫なのか、と。
「猿みたいな奴らだけど、手紙を読む知能はある……はず……多分……きっと」
「多分なんだ……」
「いや、大丈夫大丈夫。手紙にも【襲ってくるな、可愛い少女を連れて行くから】て書いてるし」
雀の涙程の期待しかなかったが、読んでくれると信じてその一文を書いた。
何とかなれ、の精神で。
あの、猿どもに届けと。
「可愛い、だなんて、えへへ……」
対して可愛い少女は照れて体をくねくねと揺らしていた。
そんなこんなで、準備も終わり、手紙も書き終え。
実家帰省の当日。
二人は早朝の朝焼けの中で、黙する鴉で荷物を背負っていた。
出立には丁度いい程の晴れた日。
その朝日を浴びながら、二人は見送りへ起きた鴉の面々に行きの挨拶をする。
「じゃあ、行ってくる」
「おう、気を付けろよ」
「気をつけてね、エティカちゃんも無理しないように。いつでもエヴァンを頼りなさいね」
「うん! ありがとう」
アヴァン、ヘレナはいつも通り快く送り出す。
対して、ローナは。
「エティカちゃん」
妹分の白銀の少女へ声を掛ける。
その瞳はほんの少しだけ揺れるように見える。
「お土産待ってるわ」
「うん! 楽しみに、してて」
お土産を真っ先にねだるのか、とも思えたがローナの無表情に不安の影が差す。
妹のような少女が初めて長旅に出るのだ。
それはとても不安で、心配になるのだろう。
それが無表情の奥に映る。
エティカは、何を思ったかローナをジッ、と見つめた後、抱きついた。
「え、エティカちゃん……?」
驚いたローナの胸に沈み込む白銀。
そのまま匂いを覚えるように擦り寄る。
ローナは、エティカの頭を優しく撫でる。
「待ってるわ、楽しんできてね」
「うん、行ってきます」
姉妹同然。
いや、血の繋がりなんて関係ない。
姉妹は、抱き合い、別れを惜しんだ。
必ず帰ってくると約束を交わした。
そんな鴉たちを陽光が導くように照らした。




