第71話「カゲロウ」
冒険者組合に入った二人。
中にはそこそこの人数の冒険者がいた。
受付にも多少の列ができている位で、並ぶ時間は少ないだろう。
そう思っていたエヴァン達へ、大声の主が駆け寄ってくる。
「おお!! エヴァンじゃないか!」
数十メートル離れた場所からでも届く声。
そして、走ってくるその声の主を見て、エヴァンの暑苦しさは増す。
懐かしい青年。
ヴェルディだ。
「何しに来たんだ!」
「うるせえな、もっと声抑えろよ」
「おお!! すまんすまん!!!」
抑える事もなく地面を揺らすような凄まじい声量が襲い掛かる。
これにはエヴァンの耳もキーン、と耳鳴りがする。
エティカも苦しそうに耳を抑える。
周りの人々も声の発生源に近い者は耳を塞ぎ、遠くの者は呆然と眺める。
「まあ、遊びはここまでだ」
「人の鼓膜破る遊びするんじゃねえよ、趣味悪いな」
ヴェルディは普通の声量で話すが、凄絶な咆哮を聞いた後だとあまりにも小さく聞こえてしまう。
「エティカちゃんもすまんな! 久しぶりに会うと嬉しくて思わず調整をミスってしまった」
「ううん、声凄いね」
エティカも遠慮がちに言うが、多分まだ耳鳴りがしている事だろう。
「半年くらいだったか、久しぶりだなエヴァン。元気か?」
「久しぶりにしては随分な挨拶だったな……。変わらないよ」
「ならいい! ところで、今日は何の用事で来たんだ?」
「少し実家に帰ろうと思ってな。その為に暑い中来たんだが、お前の暑苦しさに脳が溶けそうだ」
「実家とはまた珍しいな! ふむ、大体何日の予定なんだ? うちの奴らは短くても一週間、長くて一ヶ月くらい貰ってるぞ」
「一ヶ月だな、この時期に祭りもやってたはずだから、エティカにそれを見せようかと」
祭り、という言葉にエティカの瞳は輝く。
夏は暑くて無気力になりがちだが、納涼祭といった祭事が多く、猛暑を吹き飛ばす活力をつける為に行う所が多い。
エヴァンの実家がある村もこの時期に祭りをする風習がある。
それをエティカに見せたい。
その為に一ヶ月という長めの日数にした。
「そうかそうか! エティカちゃんも一緒なのか……。結婚の挨拶か?」
「は?」
ヴェルディの一言にエヴァンは睨むが、エティカは首元から徐々に赤くなる。
「友人を見るにしては酷い目付きだぞ! 実家への挨拶に女の子連れて行くなんて両家の顔合わせみたいだな、て思っただけだ!」
「にしては、凄いこじつけだと思うんだが……。そもそも、エティカは結婚できる年齢じゃないし、俺も結婚できないし」
「だから、冗談だったんだが!」
「もう少しマシな冗談を覚えてこい」
ストラ領の婚姻年齢は女性十四歳、男性十六歳。
エティカはまだ十歳なので四年も先。
何よりエヴァンは『救世主』の子作り禁止令があるので結婚すら出来ない。
だが、エティカは「エヴァンと結婚」という言葉に甘く浸っていた。
「まあ、それはともかくだ! 二人で行くとなると馬が必要になるんじゃないか?」
「うん? ああ、どこかの厩舎で借りようかと思ってはいるな」
「なら丁度いい! うちの馬を連れて行くか?」
ヴェルディの口から願ってもない言葉が飛び出た。
「あ、言っておくがちゃんとした馬だぞ? ただちょっと気難しい子だが……」
「いや、借りられるなら願ったり叶ったりなんだが、そんなに気性の荒い子なのか?」
馬であろうとそれぞれの個性がある。
優しい子もいれば、臆病な子もいれば、気性の荒い喧嘩をすぐに売り買いする子もいる。
借りられるなら助かるが、あんまりにも暴れん坊なら流石にお断りしよう、と思っているエヴァンへ、ヴェルディは苦虫を噛み潰したような表情で伝える。
「半年くらい前か? それくらいに冒険者へ貸して以来、他の奴を乗せようとしなくてな……。そのせいで遠征へ連れて行けなくて留守番している子なんだよ」
半年くらい前?
それは、エヴァンが傭兵馬を借りた時期でもある。
「ふーん、て事は傭兵馬なのか」
「ああ! 走るのが好きな子でな! 人懐っこい子だったんだがな……」
走るのが好きで、人懐っこい子。
その言葉におおよその予想が、エヴァンの脳内へ流れる。
「毛色は?」
「毛色? 毛色まで気にするなんて物珍しいな! 好きなタイプでもあるのか?」
「いや、何となくな……。最近だと鹿毛の子が多いから」
「その子は芦毛だぞ」
恐らく、サニーだろう。
予想が確信へ変わると同時に、その子へ乗ろうとして振り落とされた傭兵に申し訳なさが込み上げてくる。
ある種の謝罪の気持ちか、エヴァンはその気難しい芦毛の馬を借りる事にした。




