第70話「一日の翅」
本編開始です。
冬から夏へ時系列が飛んでますので寒暖差にはご注意ください
実家帰省の説明も終わると、エティカとエヴァンも出掛ける準備を始める。
必要な物の買い出しや、エヴァンは冒険者組合に行く必要があった。
エティカは、つばの長い白い帽子を取ってくる。
ノーブルカットの物で、夏に出掛ける時はいつも被るほどのお気に入り。
その帽子と白いワンピースを着てしまえば、どこかの避暑で来た令嬢だと勘違いされる程だ。
その姿を見て、密かに白いワンピースでもいいし、令嬢に見えてしまってもいい位の物を買ってもいいかもしれない、とエヴァンは考える。
ただ、白い帽子と町娘の地味目な格好なのだが。
いつか、着てもらいたい。
そう思いながら、青年も準備を進めた。
準備を終えた、二人が外に出ると突き刺す程の熱線が天より降り注ぐ。
「あっつい……」
「暑いね〜」
まだ比較的優しい暑さの日ではあったが、昼も過ぎ太陽が真上まで来てしまうと直射日光が豪雨のように落ちてくる。
「では、お二人ともお気を付けて」
「うん、ローナちゃん、ありがとう」
「干からびる前に帰るよ……」
見送りに来たローナへ行きの挨拶を程々に。
二人は、冒険者組合へと向かって行った。
この暑さの中でも、手を繋ぎながら。
青年は白銀の少女に合わせて歩きながら。
「あついのは、どっちでしょうかね」
二人の背中を見ながら、ポツリ、と零す。
ローナへの挨拶も済んだので、冒険者組合までにエヴァンはエティカへ説明する。
今にも溶けそうになりながらも。
「ごめんな、暑い中付き合わせて」
「うん? いいよいいよ。エヴァンと、お出掛け、楽しいもん」
と、ふわっと笑顔を向ける。
そして、エティカと足並みは揃っているが、ほんの少しだけ浮ついた気持ちが出ているのか足取りは軽い。
彼女はエヴァンと出掛けるのが大好きだった。
「そか、俺も楽しいよ」
「えへへ」
エティカの嬉しい時、照れたように笑うのは小さい頃から変わっていなかった。
小さい頃と言っても半年前なのだが。
エヴァンは隣の少女の笑顔を見るだけで、暑さが少し和らいだように感じる。
「そんなに時間は掛からないと思うけど、長期不在の報告とか初めてだから、どれくらい掛かるか分からないのがな……」
「初めて、なんだ」
「ああ、実家に帰る事なんて無かったし、休む暇なんて無かったからな〜……」
「ちゃんと、休まなきゃ、駄目だよ」
「う……。さ、最近はちゃんと休んでるだろ?」
「うん、だけど、またあんな顔、されるのは、嫌かな〜……」
「ごめん……」
いたたまれなくなって、エヴァンは謝罪する。
半年前に、王都から帰った意気消沈した、情熱の炎が消えたような、今にも折れそうな状態にならないよう、エティカは心配している。
それは、日常においても態度に表れていた。
エヴァンの隣は基本的にキープしている。
出掛ける時には、着いて行くようになった。
そして、必ず手を繋いで歩く。
エヴァンが夜更かししようものなら、ベッドに無理やり引きずり込んで、出られないようにエヴァンを抱き枕にしながら寝た。
さながらその様子はお互いを溺愛しているカップルのようだった。
「もう、無理しない、ならいいよ」
と、エティカは小悪魔のように意地悪く笑う。
下から覗き込みながら、エヴァンを試すようにいやらしく笑う。
一体どこでそんな仕草を覚えたのか。エヴァンは、疑問に思うも素直に従う。
「ああ、気をつけるよ」
「うん、ならいい」
エティカは希望の返事が聞けたからか、ご機嫌に足を振る。
行き交う人々は、そんなエティカを物珍しそうに見る。
どこかの令嬢のような美少女が歩いている。
白銀の髪は新雪のように柔らかく、美麗な光沢を見せつけていた。
つばの長い帽子から覗く瞳は、情熱の赤みがあるものの穏やかな優しさと、眼差しと瞳の光が清らかで、それが瞳の奥に宿っている。
そして、物静かな慎み深い深窓の令嬢かと思ってじっくり見ると、華奢な印象はなく、健康的で活発で元気溌剌な笑顔を見せていた。
そう、彼女はもう骨と皮だけの今にも折れそうな状態ではないのだ。
だからこそ、その隣にいてエヴァンはこの上ない満足感を得られる。
気力を削ぎ落としにきている太陽が無ければ、もっと得られたのだが。
「ところで……報告て、どんな事を、するの?」
エティカが本題へ戻してくれた。
つい、うっかりエティカの可愛さに本題を忘れていたエヴァンは、質問に答える。
「そうだな、確か……。どれくらいの期間居なくなるのかの日数と、実家の場所とそれまでの行程や、どういうスケジュールで帰って行くのかとか、後は不在の理由と、緊急時の連絡手段とかかな」
「おー……多いね」
「まあ、『救世主』の不在だしな……他にもどの宿を借りるのか、とか。馬の貸し出しが必要なのか、とかあった気がする」
意外と多い事にエティカの目が丸くなっていく。
「それが冒険者組合に提出する奴で、王都へも同じように提出しなきゃいけないのと、ギルド長の認可とか関係者の同意書とか必要だったはず」
この言葉にエティカはノックアウト。
エヴァンに掛けられた制約は途方もない程、面倒臭いものだった。
唖然としたエティカにエヴァンは、助け舟を出す。
「まあ、今日はバル爺もいるからバル爺に無理言えば大丈夫だって」
「そ、そうなの?」
「ああ! 最悪の場合は孫にチクる」
「うわ、悪魔だ」
そんな事を言い合っていると冒険者組合に辿り着いた。




