【外伝】聖夜の盛夜と静夜
こちらクリスマス特別限定のお話です。
本編とは関係ない聖夜にパーティーをするお話です。
本編の進行へ影響ありませんので、単品としてお楽しみください。
曇天の寒空。
鼠色で覆われたストラ領、黙する鴉。
底冷えするような寒さが空気を支配し、吐く息は白い霧のように凍えた空間。
『救世主』の青年と魔人族の少女は、酒場の飾り付けをしていた。
今日は聖夜。
エティカが鴉に来て初めての聖夜。
鼻歌交じりにルンルンで体を揺らしながら、男臭い酒場を白銀の少女は飾っていった。
「楽しそうだなエティカ」
「うん! 皆と一緒に、祝うの初めて、だから!」
と、モコモコの暖かそうな衣類に包まれた少女は朗らかに笑う。
冬毛にのりかえた小動物の可愛さを存分に振りまきながら、酒場の壁へ手作りの装飾を施していく。
「ほら、エヴァンも休まずに働いてください」
冬服のローナも作業を進めながら、発破をかける。
心なしか楽しんでいるようにも見える紫紺の瞳。
「はいよ。キビキビ動きますよっと」
そう言いながら、聖夜の思い出をつまみにしつつ飾り付けを進める。
飾り付けまでして聖夜を満喫するのは、今までに無かった事だが、エティカが来てから良い方向へと変わっていった。
彼女を軸に好転している。
それは皆、薄々勘づいている事で、それに甘んじて流されている。
不幸だった少女が幸せに過ごす。
それを皆、願っていた。
朝方から始めたクリスマス用の彩りも昼頃には完成した。
傍から見ると模様替えをしたのかと思うほどだった。
色とりどりの紙で折られたプレゼントボックスの形をした物やトナカイやクリスマスツリーと、色々。
星に切り取られた物など様々。
それが満点の夜空のように天井にも吊るされていた。
ここまで凝った装飾も珍しいだろう。
それだけこの少女は待ちわびていたのだ。
◆ ◆ ◆
そして、エティカとエヴァンは買い出しに出掛けていた。
夜のクリスマスパーティーに並べるお菓子を求めて、二人は手を繋ぎ歩いていた。
今にも降り出しそうな曇り空の下、白銀の少女の指先はほんのりと赤くなっていた。
「パーティー、楽しみだね」
「そうだな、エティカは初めてだもんな」
「うん! すっごい、楽しみ! 頑張っちゃった」
と、鼻息荒くエヴァンへ笑顔を送る。
彼女のやる気はそれはもう凄いもので、冬に入った頃へクリスマスの話をしてから毎夜飾り付けを作ってきた。
そして本番の日を迎えた。
「そういえば、ストラの皆は、クリスマスの、お祝いとか、あまりしないの?」
「ん? してる所もあるはずだけど、ほとんどは小さくお祝いするくらいだろうな。王都にいる貴族とかは盛大にやるらしいけど」
「そうなんだ」
「まあ、王都のクリスマスは楽しいとは違うかもしれないな。社交目的だし」
「じゃあ、負けないように、しなきゃ……!」
握りこぶしを作るエティカ。
彼女の対抗心は王都のクリスマスへ向けられた。
◆ ◆ ◆
そして、白銀の少女とのクリスマスパーティーの時間。
日も暮れ、エティカが招待したバルザック、ヴェルディも酒場に集まっていて、多くの参加者がひしめき合っていた。
大盛況ともいえる。
しかし、まだパーティーは始まっていない。
点在しているテーブルに並べられた料理とお菓子の数々。
それらを今にも食べ尽くさんとする猛獣が至る所へいたが、少女を前にして大人しくしていた。
各所で雑談の花が咲いている頃、白銀の少女はなるべく全体を見渡せる場所へ、飲み物を両手に持ちながら歩く。
エティカは、ふう、と息を吐いて見上げると、酒場の全員が銀色の月のような少女を見つめていた。
エティカにとって初の大舞台。
彼女は目に見えるほど緊張いていた。
耳まで真っ赤になるほど赤面しながら、開始の挨拶をしなければ。
使命感にかられたエティカが口を開く。
「あ、あの……。今日は、集まって、くれて、ありがとう……」
それは小鳥のさえずりのようにギリギリ聞こえるか、聞こえないかの声量。
明らかなプレッシャーに負けた様子であった。
どうしたらいいのか分からなくなったエティカは、エヴァンをタイミング良く見る。
(あ、可愛いエティカがこっち見てる)
と、笑顔で手を振るエヴァン。
それはほんの少しだけ、白銀の少女をムッとさせる。
茶々っと終わらせる、と燃える意思が瞳に宿る。
「今日は、集まって、くれて、ありがとう! 楽しくなるよう、いっぱい、飾り付けしたから、楽しんで、欲しいな」
何か吹っ切れたように言葉を繋いでいく。
そして、それに合わせ、酒場の皆も手に酒樽や、ジュースの入ったグラスをかざす。
それを見て、どうしたらいいのかエティカが悩んでいると、エヴァンがアイコンタクトとジェスチャーで伝える。
(乾杯! て言えばいいぞ)
それはしっかりとエティカに伝わる。
大きく息を吸い込んだ少女は大声で開始の合図を叫ぶ。
「きゃんぱい!!!」
盛大に噛んだ。
エティカが盛大に噛んだ挨拶から一時間程。
パーティーは滞りなく進んでいた。
バルザックの一発芸やヴェルディの讃美歌などを披露していた。
そんな中でも白銀の少女は。
「うぅ……」
「エティカ、よく頑張ったな、ほらこのお菓子美味しいぞ」
「うぅ……あむ……美味しい……」
乾杯の挨拶を盛大に噛んでから、テーブルと同化してしまう程に突っ伏したエティカ。
「よく頑張ったぞ、よしよし」
と、少女の頭を撫でる。帽子越しではあるものの、髪の柔らかさがエヴァンの手に伝わってくる。
「うぅ……お布団にこもりたい……」
「いや、皆楽しんでるから、大丈夫だってそんな背負い込まなくても、な?」
言われた通りに酒場の様子を見ると、ほんの少しだけ荒っぽいものの、あちらこちらで談笑の花が咲いていた。
その様子を遠く眺められる場所。
そこにエティカとエヴァン、ローナがいた。
「全く、エヴァンがエティカちゃんを開始の挨拶役にするから、これだけショックを受けているのですよ」
「いや、まあ、そうなんだが……」
「これは、何かエティカちゃんにお詫びをする必要がありますね」
「は? どうしてそうな――」
「さあさあ、二人とも行きますよ」
と、ローナは無理やりエヴァン、エティカを酒場の外へ放り出した。
バタン、と閉められた扉。
扉の奥からは賑やかな声が聞こえてくる。
それとは対照的に外は静かだった。
仕方なく扉前の段差に腰掛ける二人。
体を震わせる程の寒さ、吐く息は濃霧のようだ。
チラッと、エティカを見るエヴァン。
青年はほんの少しだけ驚いた。
恥ずかしさに伏せていた少女は、曇り空を見上げて笑っていた。
「ねえ、エヴァン」
「うん?」
声音から怒っていないどころか、穏やかな優しさがエヴァンへ伝わる。
「いつも、ありがとう」
「どうした急に」
「服とか、お菓子とかも、そうだし、他にも、可愛い物も、一杯」
「いいんだよ、エティカが欲しい物ならな」
「欲しい物……ね」
と、エティカは突然エヴァンへ視線を変える。
エティカの表情は妖艶な魅力のあるもので、それはエヴァンへと向けられた。
いやらしい。そんな言い方もできる、色気が滲み出たエティカ。
そんなエティカは、エヴァンへ徐々に近付いていく。
「お、おい、エティカ?」
呼び掛けられようとも少しずつ、距離は近づく。
少女から零れる吐息は艶めかしい。
美白の頬を赤色に染めながら。
逃げ続けたエヴァンは、とうとうエティカに押し倒される。
甘い匂いがふわりと鼻腔を刺激する。
そして、押し倒され、密着している為に、エティカの体温が直接伝わる。
それだけでなく、胸も押し付けられ、豊かな胸部が歪む。
何か言いたいが、言葉が出ないエヴァン。
「ねえ、サンタさん……」
対して、エティカはゆっくりと語りかけていく。
「わたしの、願い事、聞いてくれる……?」
願い事はまた管轄が違うと思うのだが、とツッコミの前に、エティカは続ける。
「わたしは、エヴァンが、欲しい……」
エティカは蕩けた表情でエヴァンを見据える。
(これは、そういう事なのか!? でも、禁止されてるし……いや、でも、こんな可愛い子なかなかいないし……そもそも、エティカを護る立場の人間がそんな事駄目だろ、駄目駄目、ひとまず落ち着いてみよう。ああ、胸まで大きくなって――)
エヴァンの思考が乱れる。そんな期待をエティカはすぐに裏切る。
「エヴァンも、皆も、ずっと一緒に、いて欲しい……」
その言葉にエヴァンは安堵する。
良かった……。健全なエティカで、と。
「ああ、ずっと一緒にいる」
そう答えると出会った頃と同じように満面の笑みで。
「うん、ずっと、一緒」
と、言葉を交わしていると、空から小さな結晶が降ってきた。
雪。
ホワイトクリスマスだ。
その降ってくる雪の結晶を手に取るエティカ。
降雪とともに体勢も放り出された時と同じように扉の前へ腰掛けていた。
エヴァンとはほんの少しだけ距離が離れていたが。
降った雪がじんわりと溶けていくのを見て、エティカはポツリ、と零す。
「え、今馬鹿て言った?」
「ふふ、言って、ないよ。 寒くなって、きたし、中に入ろ」
と、急ぎ足で扉を開ける白銀の少女。
その背中を慌てて追いかける。
クリスマスの夜は賑やかに更けていった。




