第6話「背負った重さ」
えてぃかが音を上げるまで何をしていたかは、雑談をしていた。
話をせずにだんまりと歩き続けるのは非常に気まずく、何よりえてぃかがこれから新しい土地に向かうというのに、何も情報を教えないのはいかがなものかと自問自答の末、ストラ領の事や下宿先の話をしていた。
ただ、その話の中でもえてぃかの教育がしっかりされているのか、ある程度の共通認識はあるようだった。
王都ラスティナには王国関係者や王政関係者、貴族階級の者や、それぞれの種族代表が暮らす都。
そこで商いをする者や、宿に泊まる旅人や、冒険者といった人々が活発に行き交う賑やかな都だ。
また、対の魔女もそこに住んでいるらしいが、エヴァン自身会ったことも、話したこともないため、分からないのだが。
それに対してストラ領は、王都に向かう商人や、冒険者が羽を休める場所となっている。
そのため、王都に比べて冒険者や旅人、行商人も多く物流も負けず活気に溢れている。
ただ、王都より物価も安く、賃金も安い、いわゆる庶民の暮らす町だ。
冒険者の暮らしやすい町としても有名で、ある程度の収入さえ確保出来れば、家を建てることができ、宿主と交渉して一部屋を一ヶ月単位で間借りすることもできる。
そういった家賃も安く、エヴァンも親友が引き継いだ宿屋に住んでいるので、生活をする上では特に困らない街だ。
そういった人族の暮らしを、ある程度えてぃかは知っていた。
両親から教えて貰ったとのことだが、その両親も誰かから聞いたそうだ。
なぜ、物価やら暮らしなんかの詳しい話を、魔人族に伝え、それがいったい誰なのか、何の目的かは考えが及ばない。
また、雑談の最中に話の流れを遮って、えてぃかから指摘があり、正しい発音はエティカと。ちゃんと言って欲しいと、拗ねながら言われた。
雑談の中で気になったのだろう。
少し頬を膨らませる姿は可愛げがあったが、痩せた頬が目立ってしまい、少し残念な気持ちも湧いてきた。
訂正もほどほどに。
魔獣に遭遇することもなく、幻生林を抜ける頃にはエティカの足取りは重くなった。
そもそも、体調が万全でない状態で、しかも本人が「大丈夫だから」と言っていたのを過信しすぎたのだ。
エティカは子どもで、充分に体力が回復していない、睡眠不足も相まっておぼつかない不安定な状態だったろう。
配慮が足りていないと反省を心の中でしつつ。
「大丈夫か? もう魔獣は出てこないだろうし、背中に乗るか?」
「だ、だい、じょうぶ……へいき……」
平気じゃないだろ……。と返答を聞いて感じたエヴァン。
肩で息をして、若干の前屈みになっている姿を見てしまうと余計に心配してしまう。
エティカは、「大丈夫」や「平気」と言って、我慢してしまう子なのではないか。そんな風にも感じるエヴァンが、言われるがままに何もしないというのも鬼畜とも呼べる。
小さな女の子なのだ。
幻生林を生き延びたといえど、それは運が良かったとも言える。
か弱い。か細い女の子なのだ。
少し足早に歩き、エティカの前に行くと腰を落とす。
おんぶの体勢。
エヴァンとの距離が近くなったエティカは立ち止まる。
青年は無言であったが、白銀の少女へは意図が伝わったようだ。
確かにエティカは体力がなく、甘えてしまいたいとも思える。
だが、それよりもエヴァンの方が疲れているのではないのか、自分は寝ていたが青年は一睡もしていないはず。
その辛さを押し込んで、無理をしているのではないか。
そんな邪推をフラフラに考える。
すぐに乗りかかってこない事に、小さな溜息をついたエヴァンはエティカの方へ向き。
「一緒にいる。だからおいで」
今までの邪推が吹き飛んだ。
彼には甘えてもいい。
甘え続けるわけにはいかないが、今この時は甘えてもいい許しがでた。頼ってもいいのだ。
その言葉にエティカは甘えた。
目の前の背中は大きく、「よいしょっ」と乗っても丈夫な安心感があった。
夜から鼻腔に残っている、優しい匂いがより強く感じる。
エティカが乗ったのを感じて、しっかり落とさないように注意しつつ立ち上がるエヴァン。
軽い。
エティカは非常に軽かった。
難なく持ち上がり、歩くのも苦じゃない軽さだった。
歩く振動がエティカへ、あまり伝わらないように意識して歩く。
そんな気遣いが伝わったのか、伝わっていないのか、少女は小さな声で、青年へ聞こえるように。
「…………ありがとう」
ポツリ、と。小鳥のさえずりよりも小さな声で。
でも、伝えたい相手には伝わったようで。その相手は少し赤面したようだ。その相手も負けじと小さな声で。
「どういたしまして……」
と返す。
照れているのかエティカからは見えないが、照れているような気がする。
短い時間の関わりでの予想。
なんとなく、そんな気がする。
それだけで充分だった。
心地よい揺れと温かさに癒される。
◆ ◆ ◆
そんなエティカを背負い、数分。
第一の関門に近づいたのか、少しずつエヴァンの歩く道が、均された多くの人が通って、踏みしめられた固い土の道へと変わっていく。
伸び伸びと、膝まで届くほどの雑草も見えなくなり、草原と呼べるほど背丈の小さな草に変わる。
幻生林を抜けた時の日差しにも驚いたが、綺麗な草原や草花を見て、エティカの目は爛々と輝き始める。
目にしたことがない。自然豊かな光景が広がっている。
そんな反応にも思える。
知的好奇心が増し、心拍数も上がってきた白銀の少女ではあったが、キョロキョロと周りを見渡すこともエヴァンの歩く先を見ると、一緒に見つめるようになった。
簡素な木でできた柵、その先にある街。
エティカの興味は街へ向けられていたが、木の柵に近付くと人が立っていて、エヴァンの方に気付くなり走り寄ってきたのだ。




