第68話「お悩み解決」
「え〜……」
エヴァンは駄々をこねる子供のようだった。
実際、暑さで溶けたジト目をローナに向ける。
「なんですか、本当に子どもなんですか」
「だって……」
だって、実家に帰っても面倒臭いだけじゃないか。
そう言いたかったが、飲み込む。
飲み込んだのは、隣のエティカがこれまた期待の眼差しでエヴァンを見ていたからだ。
「いいじゃないか」
と、厨房からアヴァンが料理を手にしながら提案してくる。
「魔獣も『魔王』も落ち着いている今の時期に行くのが一番だと思うぞ」
「でもよ〜、いつ何が起こるか分からないだろ……」
「それなら、いつ死ぬかも分からないだろ、顔を見せに行けるなら行っておけ」
並べられたテーブル。
美味しそうな匂いとは裏腹に、アヴァンの一言の方がエヴァンの腹にじんわりと伝わる。
ここ数年、というより実家を飛び出してから一度も帰っていないエヴァン。
ホームシックになる暇もなく、ただ依頼をこなす毎日で帰省するタイミングを見失っていた。
「体裁とか気になるなら、休暇て事にすればいいじゃない」
と、次はヘレナまで会話に参戦してくる。
ああ、これは帰省しなければいけない空気になる。
なにより、エティカの熱烈な視線が突き刺さって痛いのだ。
だが、『救世主』が休んでもいいのだろうか……。という悩みと申し訳なさがやって来る。
「いいのか、休んでも……」
「ここ半年休んでるじゃないか」
「ここでぐうたらされるより、実家に帰ってくれた方がありがたいわね」
「根無し草で無駄に時間を過ごすよりいいでしょう」
「いや、お前ら言いたい事言い過ぎだろ」
思いの外、鴉の面々のエヴァンへの評価は厳しめであった。
それでも、悩んだ表情のエヴァンを見かねたヘレナが後押しする。
「顔でも見せたら両親は安心するんだから、悩む前に行きなさいよ。特にあなたはいつ死んでしまうか分からない『魔王』と戦う身なんだし」
『魔王』と戦うという使命を担っている以上、どんな運命になるかは誰にも予想できない。
生きるか、死ぬか。
そのどちらかしかない以上、両親の不安というのは想像を絶するだろう。
我が子が人類を、世界を救う命運を握っている。
それだけで胃に穴が開きそうな程の事態だ。
それは分かっているのだ。
理解している。
だが、いつ『魔王』が魔獣が、襲撃してくるか分からない。
だったら、遊撃として動けるようにした方がいいのではないか。
そう思ってしまうと、エヴァンは休みであろうと動けなかった。
それ故に、幻生林へ一人で野宿する。
どうしたらいいか分からないからこそ、何かしなければ納得出来なかったし、自分を許せなかった。
と、ぐるぐるとタライ回しになる思考。
そんなエヴァンへ溜め息をつくも、ヘレナはエティカへアイコンタクトを送る。
それを受け取るとコクン、と頷く。
「エヴァン」
「ん?」
「エヴァンの、両親へも、挨拶したい」
先程までの溶けた目はどこへやら。
エティカの一言に目を見開くエヴァン。
なにせ、エティカのお願いは文句を言わずに叶えてきたエヴァン。
そして、エティカに上目遣いで見つめられると心臓がキュッ、と掴まれるような感覚が襲う。
紅色の瞳はうるうるとエヴァンを捉える。
エヴァンは大きく息を吸い、吐く。
これには勝てない、と。
「……分かった、行くよ」
その一言にエティカは満面の笑顔になる。
この時点でおおよそエティカの尻に敷かれる事が分かるようであった。
「……でも、エティカも行くのか?」
「当然でしょ、エティカちゃんを一人きりにしてもいいの?」
「よくないな」
エヴァンの隣にエティカがいる。
そういう構図が当たり前になっていて、片方が長期不在となれば酒場の連中が黙っていない。
エティカがむさ苦しい男臭い連中に言い寄られるかもしれない。
こんな可愛い子が他の男と一緒にいる。
それだけでエヴァンは嫉妬心で唇を噛み切れそうだった。
「じゃあ、エティカも一緒に行こうな」
「うん!」
エティカの笑顔は清涼剤のようであった。
こうして、エヴァンの実家へエティカも同行する事となる。
まずは、その為の準備をしなければ、とエヴァンは昼食を食べながら予定を組んでいった。
昼食を仲良く食べ終えたエヴァンとエティカが自室へ帰っていくのを見送るヘレナ。
半年間で二人の距離がもっと近付いたのを嬉しく思っていると、アヴァンが話し掛けてくる。
「エヴァンも相変わらずだな、子どもみたいに手が掛かる」
そう言うものの、本当は心配していて、会話に入るタイミングを伺っていたのをヘレナは知っている。
それに前までのエヴァンなら、実家へ帰る事に激しく反対したはず。
駄々をこねるし、屁理屈も言うし、的外れな理由でのらりくらりと帰らない事を主張するし、『救世主』だから緊急時にいないと駄目だろ、みたいな職権乱用までしていた。
それがエティカとの影響か、幾分か素直になった。
役目を不必要な程、背負い込む事も少なくなった。
ただ、その分エティカと一緒に過ごす時間も増えたが、彼自身が病んでしまわないのならいい。
また、前みたいに何日も食べずに依頼をこなして、倒れるまでを繰り返さないのならいい。
彼も、エヴァンも少しずつ前に進んでいるのだ。
だからこそ、笑いながら。
「いいじゃない、手が掛かっても。子どもは手が掛かるけど、大人は手がつけられないんだから」
と、アヴァンをニヤッと見つめる。
この男も素直になれない手の掛かる子どもなのだと。
そう含みのある視線を送る。
対してアヴァンは、照れくさそうにしどろもどろになるのであった。




