第67話「夏の陽気」
ローナがエヴァンを叩いてから約半年の月日が流れる。
特別に変わった事は起こらず、魔獣も『魔王』も大人しく、被害報告が無いという平和な日常。
エティカとエヴァンも仲良く過ごしていた。
特にエヴァンは、魔獣の被害報告がないので幻生林へ討伐に行く必要が無くなり、見張りの傭兵だけで事足りるようになる。
なので、この半年でエティカを連れ、冒険者組合でストラ領民のコインを発行してもらう余裕ができた。
コインの発行もバルザックの手配でスムーズに終わり、念願のストラ領民にエティカはなれた。
その時の喜びはプレゼントを貰った小さな子どものようであったが、可愛いさは天下一品とも言えた。
はしゃぎ回る事はなかったが、何度もコインを眺めては大事に袋へ仕舞い、取り出しては仕舞う、を繰り返していた。
そんな少女を眺めていたエヴァンも今ではいつものように、黙する鴉で昼食を待っている。
春も過ぎ、梅雨の時期も過ぎ、夏真っ盛りの陽気。
うだるような暑さの中でエヴァンはくたびれていた。
「なんでこんなに暑いんだよ……」
文句が思わず口から漏れ出す。
「エヴァン、暑いの苦手?」
「苦手というか、嫌いだな〜……。暑いと動きにくいし、汗も邪魔だしで良いこともないし」
と、机の上に溶けるように倒れ込む。
対してエティカは平気なようだった。
「エティカは暑いの平気なのか?」
「ん〜、あまり暑いのは、嫌だけど、今日のは平気、かな」
と、桃色の唇に指を添えながら答えた。その姿にはほんの少しの色気がある。
ここ半年しか経っていないが、エティカはその間でもみるみる成長した。
まず、言葉は出逢った頃よりも喋りやすくなったのか、発音もスムーズになっていた。
これは、エティカ自身の努力もあるのだろう。
彼女はよく、エヴァンや他の人の話を集中して聞いていた。
それから、発音の仕方や言葉に感情を乗せることや抑揚の付け方を学んだのだ。
そして、背も大きくなった。
エヴァンの腰より少し大きい程度だった身長も、今ではエヴァンの肩にまで伸びている。
幼少期が短く、青年期が長い魔人族の特徴とも言える成長スピードの早さを実感できる程に。
後は、体つきも大人に近付いた。
出るとこは出始めたし、引っ込むところは引っ込み始めた。
そして、それに伴ってエヴァンはローナを頼る頻度も増えた。
ただ、毎夜一緒に添い寝しているのに、今更とも言えるが。
「はい、エヴァン、あーん」
と、思い出に耽っているエヴァンへエティカは口を開けるよう催促する。
言われるがままエヴァンは口を開ける。
「あーん」
と、エヴァンの口に優しく入ってきたのは、リンゴのコンポートだった。
「甘い、美味い」
「でしょ? 結構、自信作」
「え、エティカが作ったのか?」
「そうだよ、最高、傑作」
と、胸を張る。
それによって強調される胸部に目がいってしまうエヴァンは自制する。
ただ、リンゴのコンポートは甘く爽やかな味わいで、上品な美味しさがエヴァンの味覚を支配する。
「上手だな、エティカは。ローナに似て器用になるし、天才だな」
「もう、言い過ぎだよ、エヴァン」
「なら、私も褒めるべきではありませんか」
と、半袖に衣替えしたローナが二人の元へやって来た。
「ローナが教えてくれたのか?」
「いいえ、教えたのはアヴァンさんですよ、私は味見役でしたから」
「いや、何でお前がデカい顔してるんだよ。ちゃっかり美味しい役まで貰っといて」
味見役とは、美味しい物を食べて、感想さえ伝えればお腹も膨れて、美味しい物も食べられて役得じゃないか、とエヴァンはジト目で睨む。
むしろ、褒められるのはエティカと教えたアヴァンではないか。
「デカい顔とは失礼な、誰がどう見ても小顔ですよ」
「その話じゃねえよ」
この燃えるような暑さの中でもローナは涼しげに冗談を言えるのだから、大したものだがエヴァンの疲れは増していく。
甘いコンポートを食べても帳消しになった感覚をエヴァンは味わう。
「ローナちゃん、ありがとうね。エヴァン、美味しいて、言ってくれた」
エティカはいつも通りではあったが、少し大人びた笑顔をローナへ向けた。
「いいえ、エティカちゃんが頑張ったからよ。偉いわ」
「えへへ」
そう言いつつ、ローナはエティカの頭を優しく撫でる。
半年もの月日は二人の仲をまるで姉妹のように、より親密にさせる期間でもあった。
エヴァンはそれが悲しいという訳では無いのだが、ほんの少しの嫉妬心が湧き上がる。
「ところで、エヴァン」
「なんだよ」
「何ですか、その子どものように拗ねた目は。……まあ、いいですけど」
と、文句を言いつつも、ローナは続ける。
「魔獣も『魔王』も落ち着いている事ですし、一度実家に顔を見せてはどうですか?」
実家、という言葉にいち早く反応を示し、紅色の瞳をキラキラと輝かせたのはエティカだった。




